- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 社会保障制度 >
- 医療保険制度 >
- 新型コロナ 集団免疫論の是非-ワクチンがなくても、集団免疫は確立できるか?
新型コロナ 集団免疫論の是非-ワクチンがなくても、集団免疫は確立できるか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
日本では、11月以降、新規感染者や重症者の数が増加している。11月下旬には、一日の新規感染者数が2500人を上回って過去最多を更新する日も出ており、冬季の感染拡大が強く懸念されている。政府は、地域活性化・需要喚起策である、Gotoトラベル・イートの運用見直しを表明している。
これまでに、世界全体で感染者数は5842万5681人、死亡者数は138万5218人。日本の感染者数は13万2358人、死亡者数は1981人(横浜港に停留したクルーズ船を含まない)に達している。(11月23日現在/世界保健機関(WHO)の“WHO COVID-19 Dashboard”より)
こうした中で、9月に、ある研究報告が公表された。ブラジルの一部地域では、社会に感染が広がったことで免疫を持つ人が増えて、「集団免疫」を達成して感染が自然に終息に向かうというものだ。自然感染に委ねることで、本当に集団免疫は確立するのだろうか? 少し考えてみたい。
◆ ワクチンがない中での「集団免疫論」
新型コロナに限らず、感染症の拡大防止には、「集団免疫」が重要とされている。これは、集団内に免疫を持つ人が多ければ、感染症が流行しにくくなることを利用した感染拡大防止の考え方を指す。具体的には、ワクチンの予防接種等により、集団内の免疫保持者を一定割合にまで高めておくことを意味する。
感染症の感染力をみるうえで、「基本再生産数」という概念がある。これは、ある感染症にかかった人が、その感染症の免疫を全く持たない集団に入ったときに、直接感染させる平均の人数を表す。新型コロナの基本再生産数については、これまでに諸説あるが、WHOは、暫定的に1.4~2.5と示している。
仮に、基本再生産数が2.5だったとしよう。この場合、10人の感染者から2.5倍の25人に感染が拡大する。もし、この25人のうち、15人以上が免疫を持っていれば、感染するのは残りの10人以下に抑えられるだろう。10人から10人以下に感染、すなわち徐々に感染させる人数が減っていけば、いずれ終息するはずだ。
このように、25人のうち15人以上、つまり60%以上の人が免疫をもっていれば、感染は終息する。免疫を獲得するにはワクチンの予防接種が必要だ。だが、残念ながら新型コロナのワクチンはまだない。
そこで、こんな考えが出てくる。予防接種を打たずとも、実際に新型コロナにかかって免疫を獲得してしまえば、同じ効果があるはずだ。3密回避などの予防策を一切とらずに、多くの人が感染すれば、集団免疫が機能して、いずれ感染は終息に向かう──これが、自然に集団免疫が確立するという「集団免疫論」の考え方だ。
◆ ブラジルは集団免疫が確立しつつある
※ 論文名“COVID-19 herd immunity in the Brazilian Amazon”
ブラジル全体の感染状況をみると、毎週30万人の新規感染者、7000人の死亡者が出ていた7月のピーク時に比べると、その勢いは減じている。しかし、10月以降も毎週10万人以上の新規感染者が出ており、11月中旬には1週間に3000人以上の死亡者が出るなど、流行が下火になったとは言えない。
この論文は、別の専門家による査読前の段階で発表されており、科学的な真偽については精査が必要だ。だが、真偽のほどは別にして、この集団免疫論は内容がセンセーショナルなだけに、多くの物議を醸した。
現在、世界各国で感染拡大の防止措置と、経済活動の再開をどのように並行して進めるかが議論されている。そんな中で、感染を放置して集団免疫が自然に確立すれば、感染拡大防止措置は不要となり、経済活動に邁進できるという集団免疫論に期待する声も少なからずあるのは事実だ。
しかし、この集団免疫論には、否定的な見解も数多く寄せられている。いくつかみていこう。
◆ 再感染や重症化リスクをどう捉えるのか
感染して抗体ができても、数か月経つと減ってしまうというのだ。抗体が減ってしまえば、再感染する可能性が出てくる。実際に、新型コロナの患者が一旦回復した後、再感染した事例が各国で複数報じられている。
これに対して、一部の専門家からは、ウイルスの特徴は免疫細胞に記憶されるため、抗体が減っても再感染時に免疫が働くとの見解が出されている。また、感染を重ねると、免疫が強化されて症状が軽くなるといった見方もある。
このように、再感染や重症化についての免疫の働きについては、専門家の間でまだ結論が出ていない。ただ、新型コロナは「一度かかってしまえば二度とかからない」というほど単純ではないことは確かなようだ。
◆ 集団免疫獲得までに生じる「多くの犠牲」
先ほどの論文によると、調査対象のマナウス地域では、住民1000人に1人が死亡するとの死亡率がみられている。死亡者数が世界最多となっているアメリカでも0.6人程度、日本では0.01人ほどであることを踏まえると、この死亡率の高さは、とうてい受け入れ難いだろう。
加えて、死亡には至らなくても、重症患者が多発して医療体制が崩壊する恐れもある。そうなれば、新型コロナ以外の病気を抱えた患者にもその影響が及ぶこととなる。
WHOは、集団免疫論について否定的な見解を示している。感染拡大を放置して集団免疫の獲得を目指すのは「科学的にも倫理的にも問題がある」との警告だ。
◆ 感染拡大はコントロールできているか
それでは、感染者数が最も多い東京で、濃厚接触者など、感染疑いのある人を中心に行ったPCR検査の結果はどうか? 検査した人のうち陽性判定を受けた人の割合、すなわち陽性率は、検査数が限られていた4月には30%を超えたこともあったが、検査数が増えたここ数か月間は10%未満で推移している。
このことを踏まえると、すでに国民のなかに潜在的な感染者が多数存在しているといったことは考えにくいだろう。依然として、新型コロナの免疫をもっている人は、限られているはずだ。
現在、日本では感染拡大が急速に進む懸念はあるものの、欧米やブラジル、インドなどのような爆発的な感染拡大はみられていない。これまでのところは、感染拡大をある程度コントロールできているとする見方が一般的だ。
この状況で集団免疫論に従い、60%以上の人が免疫をもつことを目指して、感染拡大防止措置を取りやめるというのはどうみても無謀だ。やはり、ワクチンの開発・導入を待って、予防接種による集団免疫の確立を目指すことが防止策として適切な方向といえるだろう。

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
篠原 拓也のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/04/28 | リスクアバースの原因-やり直しがきかないとリスクはとれない | 篠原 拓也 | 研究員の眼 |
2025/04/22 | 審査の差の定量化-審査のブレはどれくらい? | 篠原 拓也 | 研究員の眼 |
2025/04/15 | 患者数:入院は減少、外来は増加-2023年の「患者調査」にコロナ禍の影響はどうあらわれたか? | 篠原 拓也 | 基礎研レター |
2025/04/08 | センチネル効果の活用-監視されていると行動が改善する? | 篠原 拓也 | 研究員の眼 |
新着記事
-
2025年05月01日
日本を米国車が走りまわる日-掃除機は「でかくてがさつ」から脱却- -
2025年05月01日
米個人所得・消費支出(25年3月)-個人消費(前月比)が上振れする一方、PCE価格指数(前月比)は総合、コアともに横這い -
2025年05月01日
米GDP(25年1-3月期)-前期比年率▲0.3%と22年1-3月期以来のマイナス、市場予想も下回る -
2025年05月01日
ユーロ圏GDP(2025年1-3月期)-前期比0.4%に加速 -
2025年04月30日
2025年1-3月期の実質GDP~前期比▲0.2%(年率▲0.9%)を予測~
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2025年04月02日
News Release
-
2024年11月27日
News Release
-
2024年07月01日
News Release
【新型コロナ 集団免疫論の是非-ワクチンがなくても、集団免疫は確立できるか?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
新型コロナ 集団免疫論の是非-ワクチンがなくても、集団免疫は確立できるか?のレポート Topへ