コラム
2017年07月03日

感染症の拡大防止-感染症を収束させるには、どうしたらよいか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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はるか昔から、人類は、感染症にさいなまれてきた。公衆衛生が向上し、予防接種が浸透している現在でも、多くの感染症が発生している。感染症の中でも、毎年、世界的な拡大を見せるのが、インフルエンザだ。日本では、秋から冬にかけて、感染者が増加する傾向がある。
 
疫学の研究者の間では、感染症に関する数理モデルが研究されている。その中で、感染症を定量的に分析する手法がいくつか示されている。そこで用いられる、概念・用語を見ていこう。
 
まず、「基本再生産数」がある。R0という記号で、英語ではアール・ノート(R naught)と呼ばれる。ある感染症にかかった人が、その感染症の免疫を全く持たない集団に入ったときに、直接感染させる平均の人数を表す。R0が1より大きいと、感染は拡大する。1より小さければ、感染はいずれ収束する。ちょうど1なら、拡大も収束もせず、その感染地域に、風土病のように根付くことになる。
 
過去に発生した感染症のR0の値は、どのくらいなのだろうか。これについては、医療や公衆衛生関係の研究機関で、様々な分析が行われている。例えば、アメリカ疾病予防管理センターによると、はしかは12~18、天然痘やポリオは5~7、おたふくかぜは4~7などとされている。また、別の研究では、1918年に発生して世界的に流行したスペイン風邪(インフルエンザ)について、R0は2~3だったとのレポートもなされている。なお、1つ気をつけなくてはならない点がある。それは、R0 は、感染症が発生した時代背景、社会、国、病原体などによって、異なるということである。
 
実際に、R0を計算するには、どうしたらよいだろうか。これについては、分析対象の感染症について、「1回の接触での感染確率」、「単位時間あたりの接触の回数」、「感染症が感染性を保つ平均時間」の3つの要素を、測定や推測によって求めて、これらを掛け合わせて算定することが知られている。各要素の測定や推測の方法については、様々な研究が行われている。
 
感染症の拡大予防には、「集団免疫」が重要とされている。これは、集団内に免疫を持つ人が多ければ、感染症が流行しにくくなることを利用した感染拡大防止の考え方を指す。具体的には、予防接種等により、集団内の免疫保持者を一定割合まで高めておくことを意味する。
 
例えば、ある集団で、R0が3である新たな感染症に備えることとしよう。この集団では、まだ誰もこの新たな感染症に、かかったことがない。外部から感染症にかかった人が、この集団に入ったとする。1人の感染者から、平均して3人が直接感染する。そこで、もし、この集団の1/3の人が免疫を持っていれば、感染は、平均して2人に抑えられる。もし、2/3の人が免疫を持っていれば、感染は、平均して1人に抑えられる。もし、2/3を超える人が免疫を持っていれば、感染は、平均して1人未満に抑えられて、この感染症はいずれ収束することになる。
 
このように、感染症のR0の大きさに応じて、集団内の免疫保持者の割合を、(R0-1)/ R0 よりも大きな水準にまで高めておけば、集団免疫が働いて、感染症は収束に向かうことになる。
 
ただ、実際には、予防接種を受けたからといって、全員が、免疫を獲得できる訳ではない。ここで、「免疫獲得率」という考え方が出てくる。集団免疫を機能させるためには、上記の免疫保持者の割合を、この免疫獲得率で割り戻して得られた水準にまで、予防接種の接種率を高める必要がある。
 
以上のR0や集団免疫などの考え方は、感染症の数理モデルの、最も基本的な部分とされている。数理モデルは、①感染しておらず免疫を持っていない人(今後、感染・発症する可能性がある人)、②既に感染している人、③感染から回復して免疫を持っている人、の3つのグループに集団を分けるなどして、それぞれのグループ間の人の推移を方程式で表示して、より複雑な分析につなげていく。(こうした数理モデルの詳細については、専門書に譲ることとしたい。)
 
なお、感染症に関する数理モデルについては、次のような限界があるとの指摘もある。
・性別や年齢などの違いによって、感染の仕方が異なるはずだが、モデルはこれを無視している。
・感染して発症した人は、医療施設に入院したり、自宅で療養したりするため、他の人との接触の機会が減るはずだが、そうした点をモデルは加味していない。
・本来、感染経路によって感染確率は異なるはずだが、モデルは感染経路を1つに限定している。
こうした数理モデルの限界をよく認識した上で、感染症を分析し、理論的に、感染症に備える取り組みが、進められるべきと考えられる。
 
日本では、毎年、秋になると、インフルエンザの予防接種が勧奨される。また、定期的に、乳児・幼児向けに、BCG、水痘、日本脳炎など様々な予防接種が行われる。一方、65歳以上の人向けには、肺炎球菌ワクチンの予防接種が行われる。しかし、ワクチンの種類によっては、接種率がなかなか高まっていないものもある。こうした場合、集団免疫の理論を含めて、予防接種の重要性をPRすることにより、接種率の向上を図ることも、一策と思われるが、いかがだろうか。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

(2017年07月03日「研究員の眼」)

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