2021年10月01日

過疎地において自動運転サービスは持続可能か(上)~レベル3の最前線・福井県永平寺町の取組みから~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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地元の交通事業者にメリットがある形で新しい交通サービスを導入。交通事業者の育成にもつなげる

坊: 自動運転に限らず、新しい交通手段を導入する時に必ず大きな問題になるのが、既存の公共交通との関係です。例えば全国に普及したコミュニティバスにしても、既存交通と競合して乗客を奪ったり、あるいは共倒れになったりという場合がある。永平寺町のケースでもすごく気になったのは、自動運転の走行ルートの近くを、路線バスの京福バスが走っていることです。この二つの棲み分けは、どういう整理をしているのでしょうか。
 
河合町長: そこはばっちり。最初に自動運転の実証実験に手を上げたときに、ゆくゆくは地元で運営、運行していかないといけないという思いがありました。ただ、行政が運行主体になることはなかなかできないので、まちづくり会社「ZENコネクト」を作ったんです。そこには地元の交通事業者、タクシーや京福バス、えちぜん鉄道、商工会、農協の方々に出資して頂き、町から運行業務を委託する形にしました。実証で得られた知見は、出資した皆さんで共有しましょうと。京福バスなど既存の交通事業者もちょうど人手不足が問題になっていて、走らせたくても走らせられない路線が出てきていましたので、ゆくゆくは新しい技術で補完できるのではないかと関心を持ち、参画して頂きました。この町では、既存の交通事業者さんの協力を得て、一体となってやっています。

今年、交通事業者の皆さんと作る「永平寺町地域公共交通会議」が、地域公共交通優良団体として国土交通大臣表彰をもらいました2。そういったものを頂くと、今取り組んでいることに自信を持って、さらに積極性を持って取組んでいくことができます。
 
坊: 実際に、路線バスの乗客は減ってないのですか。
 
河合町長: 実証実験で無料運行していた期間に影響を調査しましたが、自動運転の運行を原因とした路線バスの乗客減少は見られず、寧ろ、バスや鉄道を使って自動運転に乗りに来る人がいました。町では、自動運転を本格導入する前にも京福バスさんに相談に行きましたが、実証中は無料だったので、本格運行で有料にするなら、なおさら路線バスへのマイナス影響は無いだろうということで、了承してもらえた。今後も路線バスと自動運転の相乗効果が出るように、円滑に乗り継いで利用してもらえるような対策を、今相談しているところです。
 
坊: 既存の交通事業者にもメリットを生む形で、新しい交通手段を導入している点は面白い。地域の交通ネットワーク全体の持続性につながる工夫です。
 
河合町長: 2019年度から取組みを始めた「近助タクシー」にしても、今は地域の住民の皆さんが半分ボランティアで運転手をやってくれていますが、いずれ高齢化が進んで、運転手をする人がいなくなったら交通事業者さんに入ってもらうことも考えていかないといけない。住民の方にやってもらえる方が、福祉や防災の観点では望ましいですが、地域の状況によっては、例えば「何曜日と何曜日は事業者さんに委託」というようなやり方も考えないといけないかもしれない。

だから今、地元の交通事業者さんを守っていかないと、ゆくゆくは近助タクシーもできなくなって、住民の皆さんが不便な思いをしてしまう、ということです。交通事業者さんの活性化のためにも、新しい交通手段を導入して仕事を全部取ってしまうのではなく、どういうふうに参入してもらい、収益を得て地域の足としても活動してもらうか、そのバランスをしっかり考えないといけないと思っています。
 
2 2021年7月、受賞。地域住民や団体、県内外の関係者らが「永平寺町MaaS会議」を立ち上げて移動課題を議論していること、観光客からの収入を基盤とした自動運転や、地域で支え合う乗合タクシー「近助タクシー」などに取り組んで、公共交通の利便性を向上させたことなどが評価された。

自動運転を持続可能な移動サ-ビスとするために

自動運転を持続可能な移動サ-ビスとするために、他地域へも導入を目指す。人と環境に優しいスローモビリティのモデルとして観光利用の増加も狙う。

坊: 自動運転という移動サービスの持続可能性について議論したいと思います。冒頭で、従来の町運営のコミュニティバスについて「空気バス」と言う話がありました。今、歳を取ってバス停まで歩くのが難しいという高齢者が増えていると思いますが、そういう方にとっては、車両が自動運転になったところで問題は同じで、停留所まで歩くのは難しいのではないでしょうか。
 
河合町長: 難しいです。町全体が車社会の作りになっているし、バス停まで歩くという習慣もないですから。「バス停まで歩くのがしんどい」と言う声が多い地域には、自動運転ではなく、デマンド型の乗合タクシー「近助タクシー」の導入ができるよう、地域と相談していきたいと思っています。
 
坊: 地元の高齢者の方の利用が難しいとなると、乗客数をいかに確保するのかという課題が出てきます。これは、過疎地で自動運転をやっていく上で、最大の課題になると思います。昨年度は、コロナの影響もあって乗客数は限られたかと思いますが、今後はどうやって増やしていくのか。そこでカギとなるのが観光客。永平寺町の自動運転サービスは、国は「過疎地モデル」に分類していますが、実は観光客が多い永平寺までの区間を対象としているので、観光地モデルでもある。人口2万人もいない町なので、経済を回していくために、交流人口を活用するという考え方は大変興味深いです。ただ、観光利用の場合でも、低速走行というのは一つのネックになると思います。カートは安全基準が緩和されているので、今後も走行速度を上げるのは難しいと考えられます。であれば、観光向けにスローモビリティとして打ち出すなど、別の方向性が必要になると思う。現時点で、何か考えていらっしゃるコンセプトはありますか。
 
河合町長: スイスの観光地、ツェルマットがそうでしょ。環境のことを考えて、電気自動車や自転車しか入れない。これから国内でも、永平寺町だけではなく、いろんな観光地で、ああいった車しか入れいない時代がくるかもしれない。自動運転カートは、電気自動車よりさらにコンパクトで、排気ガスも出さない、環境に優しい乗り物です。もちろん地域の皆さんの足でもあるので、利便性にも配慮しないといけませんが、人と環境に優しい観光地の移動手段として、「こういうものもありかな」と一つのモデルを探っていければいいと思います。
 
坊: 次に、技術面です。先ほど、交通事業者が人手不足になっているというお話もありましたが、人手不足を補うためには、自動運転区間を延長したり、導入エリアを増やしたりして、効率を上げていかないといけない。現在は、国道や農道との交差部の無い荒谷から志比までの2km区間のみを、ドライバーのいないレベル3で運行していますが、ゆくゆくは路線全体の6kmに延ばし、また他のエリアにも広げていかないといけないのではないでしょうか。
 
河合町長: 今は、北側の4kmの部分は小学生が下校に使っていますが、事業採算が取れるほど住民の方の利用は多くないので、運行エリアも含め、利用しやすい形を検討していかないと、持続性については課題があると思います。まずは、技術面でもソフト面でも、残り4kmを含めた全区間をレベル3で運行できるようになれば、他のエリアにも導入できるようになると思います。また、国では引き続き、レベル4に向けて実験をしているので、国とも連携してやっていきたいと思います。
   
(この対談は、2021年8月26日、福井県永平寺町山の「永平寺町四季の森複合施設」旧傘松閣(絵天井広間」で実施しました)
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

(2021年10月01日「ジェロントロジーレポート」)

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