コラム
2020年08月04日

「ワーケーション」「二地域居住」定着のカギは地方のモビリティ~ウィズコロナ時代の新しい働き方に応じた交通インフラ整備を~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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新型コロナウイルスの感染拡大は多くの企業にテレワークを広げ、ワーカーたちが働く場所を見直すきっかけになった。そこで注目が集まっているのが、地方の観光地で休暇を取りながら仕事もこなす「ワーケーション」や、都市と地方の両方に拠点を持って仕事をする「二地域居住」である。これまで当然のように都市部のオフィスに通っていた人も、一部業務をテレワークでできるようになれば、観光地へパソコンと通信機器を持ち込んで、休暇を楽しみながら、従来通りに仕事をこなすことができる。あるいは、自然豊かな地方に生活拠点を増やし、週に数日は地方で働くことができる。満員電車のストレスから解放され、通勤時間を節約でき、リラックスした環境で仕事ができれば、作業効率が上がる人もいるだろう。さらに、地方で新しい交流が生まれれば、これまでにない発想もわいてくるかもしれない――。ただし、この動きが広がり、定着するためには、乗り越えなければならない壁がある。それは、マイカーを持たずに来訪したワーカーたちの、地方における移動手段をどう確保するかという問題である。従来から大きな課題となってきた、交通インフラの問題である。
 
地方では、マイカーがないと生活が成り立たないケースが多い。電車や路線バスは、路線や本数が限定されており、こちらの都合に合わせた利用は難しい。それではタクシーはどうかというと、車両数も少なく、地方に出張して駅に着いたらタクシーがなくて困った、という経験をした人も多いだろう。採算が合わずに事業者が廃業したり、営業所が撤退したりした地域もある。働き方を全面的に見直して地方へ移住するワーカーであれば、新たにマイカー購入を検討する人が多いかもしれないが、一時的に滞在するワーケーションや、仕事の都合に合わせて都市部と地方部を行き来する二地域居住の場合は、そうはいかない。どうしても、現地において移動手段が必要となる。
 
従来からIターンやUターンを誘致してきた地方の自治体にとっては、新型コロナの影響により、地方に深く関わる「関係人口」を増やすチャンスが生まれたが、このチャンスを生かして活性化に結び付けるためには、改めて地域の移動手段を確保、拡充し、モビリティ向上を目指さなければならない。筆者は、その解決策の一つが、地方で多くの住民が所有しているマイカーを活用した「自家用有償旅客運送」制度だと考える。地元住民が登録ドライバーとなり、都市部からテレワークをするために訪れたワーカーらを対象に、マイカーで輸送サービスを行うというものである。マイカーを用いて他人を有償で輸送することは、道路運送法で原則禁止されているが、自家用有償旅客運送は、事前に自治体の首長や交通事業者等が合意することや、ドライバーが通常の1種免許に加えて大臣認定講習を受講して安全を確保したりすることを条件に、例外的に認められている。新型コロナウイルスが感染拡大する以前に、国は、自家用有償旅客運送を地方におけるインバウンドの移動の受け皿とする目算を立て、今年の通常国会で導入を円滑化する法改正を行った。想定外の新型コロナによって、インバウンドは一時的に姿を消しているが、代わりに地方で増えつつあるのが、都市部から仕事の拠点を移そうとするワーカーたちである。
 
筆者は研究員の眼「新型コロナ対策で見えてきた高齢者向けモビリティサービス~貨客混載×自家用有償旅客運送と地方版MaaSへの可能性~」(2020年5月21日)の中で、地方において、この制度の導入を進めるべきだと主張した。そして、高齢者向けに飲食料の宅配サービスを実施したり、中期的には他の交通情報や観光情報、宿泊施設情報とも連携してシステムをデジタル化し、将来的にMaaS(Mobility as a Service)への昇華を目指したりすることを提案した。このコラムの中では、移動に困難がある地域の高齢者らに焦点を当てて述べていたが、都市部から地方を訪れるワーカーたちにとっても、同じサービスを実施することが利便性を高めるために有効だと考えられる。
 
ここで、自家用有償旅客運送の問題点を押さえておく必要がある。この制度は、従来から過疎地等における公共交通の補完手段とされてきたにもかかわらず、導入が進んでこなかった要因の一つには、登録ドライバーが受け取る収入が少ないため、担い手が少ないことがある。この制度では、輸送の対価はタクシー料金の半額程度が目安とされているためである。しかし、ワ―ケーションや二地域居住のように、都市部から来訪するワーカーたちが乗客となれば、改善が期待できる。これまでのように地域の高齢者らを主な乗客と想定した場合、輸送範囲は自宅からや薬局、役所など近距離が多いと考えられたが、都市部から訪れるワーカーが乗客となれば、空港や近郊の観光地、人里離れたエリアの宿泊施設など、輸送範囲がより広範になると予想される。輸送距離が延びれば、ドライバーの収入が増え、担い手確保が今よりも容易になると考えられる。ただし、今後の推移を見守り、導入のハードルが依然高いようであれば、さらなる制度の見直しが必要となるだろう。
 
インバウンドの激減により稼働率が低迷するホテル、旅館などの一部は、既にワーケーション向けプランを販売し始めている。しかし、ワーカーたちに中期的・繰り返し滞在してもらうためには、ホテルや旅館が所有する専用車両だけでは移動ニーズに応えきれない可能性がある。そこで、もし地域に自家用有償旅客運送が導入されれば、地元のホテルや旅館などと連携した企画が可能になり、リピーター確保につながるかもしれない。そしてワーカーたちが地域の観光地や飲食店などで消費すれば、地域経済が潤う。
 
ワーケーションや二地域居住などの新しい働き方は、ウィズコロナ、アフターコロナの一つのキーワードになっている。その拠点となる宿泊施設やシェアハウス、シェアオフィス等の整備は企業などが先行して行っているが、ワーカーたちが実際にその地域で生活していけるかどうかは、拠点外での移動手段が整っているかどうかにかかっている。その対策は、一企業、一個人で取り組むことは難しい。自治体が主導し、地域の住民や企業と協力することが必要不可欠である。ウィズコロナの新しい働き方から生まれた地方活性化のチャンスを定着させるカギは、地方の関係者が連携してモビリティ向上を急ぐことにあると考える。
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

(2020年08月04日「研究員の眼」)

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