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アセットオーナーとESG投資~GPIFのESG活動報告を読む~

金融研究部 常務取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 サステナビリティ投資推進室長 德島 勝幸
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1――ESG推進に必須なアセットオーナーの取組み
投資方針においては、加入者等のためにのみ運用を行うことが求められており、意識される対象となるのは現在の加入者のみではなく、将来の加入者・受給者をも含めた関係者すべてである。しかも、短期的な利益ではなく中長期的に安定した利回りを確保することが要請される。こうしたアセットオーナーの負う受託者責任(フィデューシャリーデューティー)の一環として、ESG投資の推進が求められており、ESG投資については投資方針の中に明記することが要請される。
つまり、単純な見た目では、アセットマネジャーがESG投資に一生懸命取り組んでいるよう見えるものの、真に求められるのはアセットオーナーの取組み姿勢である。ところが、少なくない数の年金基金(特に、多くの企業年金基金)は、ESG投資に対して積極的な姿勢を示すことに躊躇している。明確なステークホルダーからの強い要請が見えない状況で、必ずしも短期的に超過収益の源泉になると保障されないESG投資に注力することは、難しいかもしれない。しかし、ESG投資が中長期的に善なるものであると確信するアセットオーナーが全世界的に増加している中では、敢えて抗うべきではないだろう。今後は、外部からの漠然とした圧力だけでなく、海外のアセットオーナーからESG経営を求められている企業の取組みを受け、同様にESG投資への積極的な取組みを求められているアセットマネジャーからの要請も強まることだろう。年金運用におけるESG投資は、アセットオーナーによる積極的な関与が必要であり、徐々に周囲から外堀を埋められつつあると認識すべきである。
2――GPIFによるESGへの取組み
投資家によるESG投資という意味においては、一つはGの側面からの議決権行使や株主に対する還元要請といった動きは古くから見られていたものの、重要なマイルストーンとして、国連の責任投資原則(PRI原則)を挙げることが出来る。2006年当時のアナン事務総長が提唱した原則は任意のものであり、当初は必ずしも広く受容されていなかった。日本でも一部の運用会社等が早い段階から署名したものの、大きなトレンドとはなっていない。ところが、2015年にGPIFの運用執行理事に水野弘道氏が就任し、同年秋にPRI原則に署名した頃から、大きく日本の年金運用においてPRI原則の受容が、特にアセットマネジャーで一般的なものとなったのである。
ESG投資は、投資ポートフォリオ全体を包み込むことが可能な概念であり、運用方針やその上位にある基本理念・投資原則1に書き込むべきものと考えられる。GPIF及び国家公務員共済組合連合会等の厚生年金等積立金を運用する公的年金の運用主体に対しては、「積立金の管理及び運用が長期的な観点から安全かつ効率的に行われるようにするための基本的な指針」において、運用資産全体においてESGを考慮して投資するよう求めている2。
1 GPIF投資原則(4)「投資先及び市場全体の持続的成長が、運用資産の長期的な投資収益の拡大に必要であるとの考え方を踏まえ、被保険者の利益のために長期的な収益を確保する観点から、財務的な要素に加えて、非財務的要素であるESG(環境・社会・ガバナンス)を考慮した投資を推進する。」
同(5)「長期的な投資収益の拡大を図る観点から、投資先及び市場全体の長期志向と持続的成長を促す、スチュワードシップ責任を果たすような様々な活動(ESGを考慮した取組を含む。)を進める
2 積立金基本指針を受けて、例えば、地方公務員共済組合連合会の厚生年金保険事業の管理積立金に関する資産運用の方針において、「実施機関は、実施機関積立金の運用において、投資先及び市場全体の持続的成長が、運用資産の長期的な投資収益の拡大に必要であるとの考え方を踏まえ、被保険者の利益のために長期的な収益を確保する観点から、財務的な要素に加えて、ESG(環境、社会、ガバナンス)を含めた非財務的要素を考慮した投資を推進することについて、個別に検討した上で、必要な取組を実施する。」としている。
3――GPIFによるESG活動報告
しかし、GPIFの取組みに関しては、この『スチュワードシップ活動報告』だけではなく、2018年8月から毎年公表されるようになった『ESG活動報告』にこそ着目したい。公表されるタイミングが早いことに加え、ESG投資に絞った内容であり、年金運用を受託するアセットマネジャーのみならず、他のアセットオーナーに参考になる内容も少なくない。この8月に公表された『2020年度 ESG活動報告』の主なコンテンツを見ると、
第一章 ESGに関する取組み
・ESG指数の選定とESG指数に基づく運用
・株式・債券の委託運用におけるESG
・スチュワードシップ活動とESG推進
・指数会社・ESG評価会社へのエンゲージメント
・オルタナティブ資産運用におけるESG
・ESG活動の振り返りと今後について
第二章 ESG活動の効果測定
・ESG指数のパフォーマンス
・ポートフォリオのESG評価
・ESG評価の国別ランキング
・日本企業におけるジェンダーダイバーシティ
第三章 気候変動リスク・機会の評価と分析
・気候関連財務情報の開示・分析の構成と注目点
・ポートフォリオの温室効果ガス排出量等の分析
・Climate Value-at-Risk等を用いたポートフォリオの分析
・移行リスクと機会の産業間の移転に関する分析
・SDGsへの貢献を通じた収益機会に関する分析
といった構成になっている。GPIFによるESG投資関連の取組みの中でも顕著なのは、ESG指数の検討・採用であり、更には、グリーンボンド等SDGs債の検討・購入といった直接的な投資の面のみならず、企業によるESG情報の開示に関する調査等幅広い領域にも及んでいる。すべてのESG指数に基づく運用が必ずしも短期的にはベンチマークとする市場インデックスを上回るパフォーマンスを得られていない中でも、シャープレシオ等の投資効率指標の改善とESGリスク低減の両立が確認できるとしている。また、GPIFは、2018年にTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)への賛同を表明しており、今年に入って国家公務員共済組合連合会や地方公務員共済連合会が賛同表明したのと比べると、2年以上早い。報告の第3章では気候変動リスク関連の評価と分析を行っており、今後、TCFDへの賛同を検討する他の年金基金にとって、参考になるものと期待される。なお、広く知られているように、GPIFは複数の専任担当者を含めた所管組織として市場運用部内にスチュワードシップ推進課を設けている。他の運用機関より遥かに充実した体制を構築しており、率先した取組みが出来るのは当然なのかもしれない。
4――その他のアセットオーナーによるESG投資への取組み
しかし、ESG投資の根源は、受益者・加入者からのアセットオーナーに対する直接及び間接の要請への対応である。それが明示的なものでないならば、忖度と解釈することもできるだろうし、マネジメントにおけるエージェンシー問題の表れと考えることもできるだろう。年金制度においては、アセットオーナーは受益者に対するフィデューシャリーデューティーを負うと考えられており、ESG投資はフィデューシャリーデューティーの一部を構成するものと考えられる。フィデューシャリーデューティーの中で最大の要請は、必要なリターンの還元であり、ESG投資の推進は、時に、リターン獲得という最大の要請とコンフリクトを生じる可能性がある。短期でのコンフリクト発生を忌避するのは理解できるが、中長期の観点であれば、利回りの獲得とESG投資の推進は両立するものと期待できるし、その場合にはコンフリクトを意識しなくても済む可能性が高い。
日本におけるESG投資は、欧米に遅れる形で公的年金の主導によって進みつつある。これが今後、地に足の付いた取組みとなるだろうか。それでも、収益獲得という最大の要請が優先される中で、劣後した地位に置かれることになるのだろうか。経済成長の鈍化から株価の永続的な上昇が維持できないと見通される局面で、改めてESG投資の位置付けが問われることになるだろう。特に、日本の年金運用において未だに確実には根付いていないESG投資が将来に向けて定着できるのか、これから正念場を迎えようとしているものと考えられる。
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2021年09月28日「基礎研レター」)

03-3512-1845
- 【職歴】
・1986年 日本生命保険相互会社入社
・1991年 ペンシルバニア大学ウォートンスクールMBA
・2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社に出向
・2008年 ニッセイ基礎研究所へ
・2025年4月より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
・日本ファイナンス学会
・証券経済学会
・日本金融学会
・日本経営財務研究学会
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【アセットオーナーとESG投資~GPIFのESG活動報告を読む~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
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