2021年09月28日

アセットオーナーとESG投資~GPIFのESG活動報告を読む~

金融研究部 取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長   德島 勝幸

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1――ESG推進に必須なアセットオーナーの取組み

年金運用を担当するエンティティーは、一般的にアセットオーナーとアセットマネジャーの二層構造になっているものと理解される。時として両者を兼ねている場合もあるが、二つの立場を分けて考えると理解に役立つ。アセットオーナーは、現在及び将来の受益者等ステークホルダーから運用を受託して資産配分やマネジャー選択を決定し、必要な運用利回りの獲得を目指す。また、資産運用以外の機能も有し、年金制度全般の維持をミッションとすることが珍しくない。アセットマネジャーは、アセットオーナーからの委託を受けて実際の資産運用に取組む。日本の年金運用のほとんどにおいては、アセットオーナーが自家運用を行っておらず、諸外国の大規模な年金基金とは運用形態がやや異なる。CalPERS(カリフォルニア州公務員退職年金基金)などを見ると、アセットオーナーが十分な人材と組織体制を備えた上で自家運用に取組み、専門的な領域について外部マネジャーへ運用を委託している。時に、運用手数料水準の高さや透明性が懸念されることもあって、日本の一般的な年金とは異なった体制である。アセットマネジャーに委託している部分も含め、アセットオーナーが投資方針を明確に掲げることで首尾一貫した運用が行われる。

投資方針においては、加入者等のためにのみ運用を行うことが求められており、意識される対象となるのは現在の加入者のみではなく、将来の加入者・受給者をも含めた関係者すべてである。しかも、短期的な利益ではなく中長期的に安定した利回りを確保することが要請される。こうしたアセットオーナーの負う受託者責任(フィデューシャリーデューティー)の一環として、ESG投資の推進が求められており、ESG投資については投資方針の中に明記することが要請される。

つまり、単純な見た目では、アセットマネジャーがESG投資に一生懸命取り組んでいるよう見えるものの、真に求められるのはアセットオーナーの取組み姿勢である。ところが、少なくない数の年金基金(特に、多くの企業年金基金)は、ESG投資に対して積極的な姿勢を示すことに躊躇している。明確なステークホルダーからの強い要請が見えない状況で、必ずしも短期的に超過収益の源泉になると保障されないESG投資に注力することは、難しいかもしれない。しかし、ESG投資が中長期的に善なるものであると確信するアセットオーナーが全世界的に増加している中では、敢えて抗うべきではないだろう。今後は、外部からの漠然とした圧力だけでなく、海外のアセットオーナーからESG経営を求められている企業の取組みを受け、同様にESG投資への積極的な取組みを求められているアセットマネジャーからの要請も強まることだろう。年金運用におけるESG投資は、アセットオーナーによる積極的な関与が必要であり、徐々に周囲から外堀を埋められつつあると認識すべきである。

2――GPIFによるESGへの取組み

2――GPIFによるESGへの取組み

ESG投資について議論する際に、過去によく耳にした批判は“余裕のある企業と余裕のある投資家によるものである”といった類である。これらの背景に存在する発想については、企業が必死に収益を追求し経済全体が成長を優先していた高度経済成長期を思い返せば、頷けるものかもしれない。余裕のある企業ほど、次の事業展開を見据えた準備が容易であり、当座の成長や収益を多少犠牲にしても将来に向けた広い意味での投資行動が可能だったのである。バブル経済の華やかな時期に日本企業で多く言われたのが、メセナでありフィランソロフィーであった。概念に若干の違いはあるものの、余裕ある企業の世論を意識した短期の利益獲得外の行動とでも理解すれば良いだろうか。ただし、直接的な利益に結び付かなくとも、企業のイメージ向上に役立つ可能性は十分にあった。山に木を植えたり、体育・文化施設を本社や工場の所在地付近に建築するといった企業は、高度経済成長期からも普通に見られていた。企業の業績が厳しくなると抱えていたスポーツチームの閉鎖を余儀なくされたりのである。これらは、必ずしも地に足の着いた活動ではなかったために、後にまで継続しているものは必ずしも多くないかもしれない(逆に、その後も残っているものは、本物であると評価できるだろう)。

投資家によるESG投資という意味においては、一つはGの側面からの議決権行使や株主に対する還元要請といった動きは古くから見られていたものの、重要なマイルストーンとして、国連の責任投資原則(PRI原則)を挙げることが出来る。2006年当時のアナン事務総長が提唱した原則は任意のものであり、当初は必ずしも広く受容されていなかった。日本でも一部の運用会社等が早い段階から署名したものの、大きなトレンドとはなっていない。ところが、2015年にGPIFの運用執行理事に水野弘道氏が就任し、同年秋にPRI原則に署名した頃から、大きく日本の年金運用においてPRI原則の受容が、特にアセットマネジャーで一般的なものとなったのである。

ESG投資は、投資ポートフォリオ全体を包み込むことが可能な概念であり、運用方針やその上位にある基本理念・投資原則1に書き込むべきものと考えられる。GPIF及び国家公務員共済組合連合会等の厚生年金等積立金を運用する公的年金の運用主体に対しては、「積立金の管理及び運用が長期的な観点から安全かつ効率的に行われるようにするための基本的な指針」において、運用資産全体においてESGを考慮して投資するよう求めている2
 
1 GPIF投資原則(4)「投資先及び市場全体の持続的成長が、運用資産の長期的な投資収益の拡大に必要であるとの考え方を踏まえ、被保険者の利益のために長期的な収益を確保する観点から、財務的な要素に加えて、非財務的要素であるESG(環境・社会・ガバナンス)を考慮した投資を推進する。」
同(5)「長期的な投資収益の拡大を図る観点から、投資先及び市場全体の長期志向と持続的成長を促す、スチュワードシップ責任を果たすような様々な活動(ESGを考慮した取組を含む。)を進める
2 積立金基本指針を受けて、例えば、地方公務員共済組合連合会の厚生年金保険事業の管理積立金に関する資産運用の方針において、「実施機関は、実施機関積立金の運用において、投資先及び市場全体の持続的成長が、運用資産の長期的な投資収益の拡大に必要であるとの考え方を踏まえ、被保険者の利益のために長期的な収益を確保する観点から、財務的な要素に加えて、ESG(環境、社会、ガバナンス)を含めた非財務的要素を考慮した投資を推進することについて、個別に検討した上で、必要な取組を実施する。」としている。

3――GPIFによるESG活動報告

3――GPIFによるESG活動報告

GPIFは他の年金基金と同様に毎年『スチュワードシップ活動報告』を公表している。年によって異なることもあるが、2月から3月と年度末の押し迫った時期に公表される。その中では、スチュワードシップ活動に絞った観点からのGPIFの取組みや運用受託機関による取組みと課題、今後の対応といったものが取り上げられている。また、足元では新型コロナウイルス感染症の影響から、やや取組みが低下しているように見えるが、企業との対話の促進に向けた取組やグローバルなイニシアティブへの参加など、幅広い取組みを紹介している。

しかし、GPIFの取組みに関しては、この『スチュワードシップ活動報告』だけではなく、2018年8月から毎年公表されるようになった『ESG活動報告』にこそ着目したい。公表されるタイミングが早いことに加え、ESG投資に絞った内容であり、年金運用を受託するアセットマネジャーのみならず、他のアセットオーナーに参考になる内容も少なくない。この8月に公表された『2020年度 ESG活動報告』の主なコンテンツを見ると、

第一章 ESGに関する取組み
・ESG指数の選定とESG指数に基づく運用
・株式・債券の委託運用におけるESG
・スチュワードシップ活動とESG推進
・指数会社・ESG評価会社へのエンゲージメント
・オルタナティブ資産運用におけるESG
・ESG活動の振り返りと今後について

第二章 ESG活動の効果測定
・ESG指数のパフォーマンス
・ポートフォリオのESG評価
・ESG評価の国別ランキング
・日本企業におけるジェンダーダイバーシティ

第三章 気候変動リスク・機会の評価と分析
・気候関連財務情報の開示・分析の構成と注目点
・ポートフォリオの温室効果ガス排出量等の分析
・Climate Value-at-Risk等を用いたポートフォリオの分析
・移行リスクと機会の産業間の移転に関する分析
・SDGsへの貢献を通じた収益機会に関する分析

といった構成になっている。GPIFによるESG投資関連の取組みの中でも顕著なのは、ESG指数の検討・採用であり、更には、グリーンボンド等SDGs債の検討・購入といった直接的な投資の面のみならず、企業によるESG情報の開示に関する調査等幅広い領域にも及んでいる。すべてのESG指数に基づく運用が必ずしも短期的にはベンチマークとする市場インデックスを上回るパフォーマンスを得られていない中でも、シャープレシオ等の投資効率指標の改善とESGリスク低減の両立が確認できるとしている。また、GPIFは、2018年にTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)への賛同を表明しており、今年に入って国家公務員共済組合連合会や地方公務員共済連合会が賛同表明したのと比べると、2年以上早い。報告の第3章では気候変動リスク関連の評価と分析を行っており、今後、TCFDへの賛同を検討する他の年金基金にとって、参考になるものと期待される。なお、広く知られているように、GPIFは複数の専任担当者を含めた所管組織として市場運用部内にスチュワードシップ推進課を設けている。他の運用機関より遥かに充実した体制を構築しており、率先した取組みが出来るのは当然なのかもしれない。

4――その他のアセットオーナーによるESG投資への取組み

4――その他のアセットオーナーによるESG投資への取組み

ユニバーサルオーナーであり、超長期投資家であると自らを規定するGPIFが、ESG投資を率先するのには、与えられた使命であるという崇高な意識すら感じられる。それに比べると、毎月や四半期単位での運用成果に汲々とし、専任の担当者を置くこともままならず、時価評価の結果が母体企業の財務諸表に影響を及ぼす企業年金とでは、ESG投資に対する取組み姿勢が異なるのも無理はない。

しかし、ESG投資の根源は、受益者・加入者からのアセットオーナーに対する直接及び間接の要請への対応である。それが明示的なものでないならば、忖度と解釈することもできるだろうし、マネジメントにおけるエージェンシー問題の表れと考えることもできるだろう。年金制度においては、アセットオーナーは受益者に対するフィデューシャリーデューティーを負うと考えられており、ESG投資はフィデューシャリーデューティーの一部を構成するものと考えられる。フィデューシャリーデューティーの中で最大の要請は、必要なリターンの還元であり、ESG投資の推進は、時に、リターン獲得という最大の要請とコンフリクトを生じる可能性がある。短期でのコンフリクト発生を忌避するのは理解できるが、中長期の観点であれば、利回りの獲得とESG投資の推進は両立するものと期待できるし、その場合にはコンフリクトを意識しなくても済む可能性が高い。

日本におけるESG投資は、欧米に遅れる形で公的年金の主導によって進みつつある。これが今後、地に足の付いた取組みとなるだろうか。それでも、収益獲得という最大の要請が優先される中で、劣後した地位に置かれることになるのだろうか。経済成長の鈍化から株価の永続的な上昇が維持できないと見通される局面で、改めてESG投資の位置付けが問われることになるだろう。特に、日本の年金運用において未だに確実には根付いていないESG投資が将来に向けて定着できるのか、これから正念場を迎えようとしているものと考えられる。
 
 

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金融研究部   取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長

德島 勝幸 (とくしま かつゆき)

研究・専門分野
債券・クレジット・ALM

(2021年09月28日「基礎研レター」)

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