2021年08月10日

森林火災リスクの高まり-火災のモデル設計をどう進めるか

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

森林火災の被害が世界中で多発している。2020年には、8月~9月にアメリカのカリフォルニア州で大規模な森林火災が多発した。焼失面積の大きさで、同州の歴代1位と4位~7位にあたる火災が発生し、10,000平方キロメートルを超える森林が焼失した1。2021年7月には歴代2位となる火災も発生している。また、ブラジルのアマゾン川流域では、2020年7月に過去13年で最多となる6,800件以上の火災が発生した。さらに、2019年11月には、オーストラリアのニューサウスウェールズ州で、54,000平方キロメートル2に及ぶ森林被害を伴う大規模火災が発生した。火事は年末年始も続き、翌年2月の豪雨によりようやく鎮火した。

2021年には、これまでにアメリカ、カナダ、ロシア、トルコ、ギリシャなどで大規模な森林火災が発生している。こうした火災は、近年、毎年のように発生している。その背景には、気候変動に伴う地球温暖化の影響があるとみられている。森林火災の多発は、損保の火災保険等で、給付支払いの増大につながる。本稿では、森林火災の状況と保険への影響についてみていくこととしたい。
 
1 歴代3位の森林火災は、2018年に発生。歴代10位までのうち、9つが2012年以降に発生している。(“Top 20 Largest California Wildfires”(カリフォルニア州森林保護防火局, 2021年8月9日現在)より)
2 これは、九州と四国を合わせた面積に相当する。
 

2――森林火災とその影響

2――森林火災とその影響

森林火災とは、森林や草原などの自然地域で発生する制御不能な火災をいう。落雷や強風による枯葉の擦れ合いなどの自然現象により発生する。

森林火災の発生原因は自然現象だけではない。人為的な原因からも多く発生する。2000~2017年に米国で発生した森林火災のうち、約85%は人為的なものであったとされる。たとえば、キャンプファイヤーの残り火の放置、タバコのポイ捨て、ごみの燃えかすの不始末、放火などが原因で、森林火災が発生したという3

日本でも、2019年の林野火災の63%が、たき火、火入れ、たばこ等の人為的原因から発生している。
図表1. 日本の林野火災の原因内訳 (2019年)
また、火災は、強風下で樹木に接触する送電線など、人工物によっても発生する。場合によっては、人が自然火災の抑制に取り組んだために、植物が成長し、それが乾燥して多くの燃料を供給する形となり、結果的に制御不能な大規模火災の発生につながってしまうこともある。

森林火災の影響は、住民の人命喪失やヤケド等のケガ、家屋の焼失等の経済的損失、生態系や生物多様性の変化、森林の劣化、大気汚染など、広範囲に及ぶ。
 
3 “Wildfire Causes and Evaluations”(National Park Service website, Nov. 27, 2018)より。
 

3――森林火災の発生要因

3――森林火災の発生要因

森林火災の発生要因には、さまざまなものが考えられる。ただ、近年の森林火災の多発は、従来の要因だけでは説明しがたい。林地開発に伴う、人間社会の拡張が背景にあるとの考え方が出ている。
1WUIでの開発が森林火災多発の要因とみられている
落雷などの自然現象は、ランダムに発生する。多くの場合、人口密集地から離れた森林や草原の真ん中で火災が発生する。火災が一定の範囲にとどまっていれば、人間社会への脅威は比較的小さい。

一方、社会の拡大とともに「野生の土地と都市の境界面(WUI4)」で開発が進められている。住宅をはじめ、さまざまな施設が建築され、人々が移り住んでいる。アメリカでは、WUIの面積は1990年には米国本土の7.2%だったが、2000年には8.5%、2010年には9.5%へと拡大している。人口の3分の1はWUIに居住しており、この20年間でWUI地域内の住宅数は1270万戸(30.3%から33.2%)、WUI居住人口は2500万人(29.4%から31.9%)増加している。1990年から2010年の間に新築住宅の約43%がWUIに建設されており、WUIにおける住宅密度も増加している。
図表2-1. WUIの面積/図表2-2. WUIの住宅数/図表2-3. WUIの居住人口
このような地域は森林火災の被害を受けたり、逆に森林火災の原因を生み出してしまったりする可能性が高い。

森林火災問題に対する解決策として、WUIの開発自体を禁止としてしまうことが考えられる。しかし、自然に近い場所で、手頃な居住価格で暮らすことができるWUIの環境は、とても魅力的であるため、人々の移住ニーズは根強い。
 
4 WUIは、Wildland-Urban Interfaceの略。
2WUI以外の要因にも注意が必要
森林火災には、WUI以外にも多くの要因が関係している。低湿度、高温、強風などの環境条件は、発火の確率を高め、森林火災を悪化させ、拡大させる可能性がある。火災が起こった場合、焼失する建物のほとんどは、火災の最前線での延焼ではなく、風によって運ばれてきた飛び火によって燃えるといわれる。飛び火が燃え移ることで、新たな火災を引き起こす5

干ばつが、火災の発生に影響することもある。アメリカ・カリフォルニア州のシエラネバダ山脈の森林では、干ばつにより、大量の樹木の枯死が起こっている。これらは乾燥しており、可燃性がある。つまり、森林火災の温床ができあがっている。そのため、今後、森林火災が起こる可能性は大きいとみられている。
 
5 2016年12月に新潟県糸魚川市で発生した大規模火災では、折柄の強風による飛び火により、火点が分散したことが、延焼拡大の一因になったとみられている。
 

4――森林火災への対策

4――森林火災への対策

森林火災は繰り返して起こる脅威である。行政では防火計画をつくり、日常からの備えを行っている。一方、保険会社は、モデルを設計して、森林火災による被害想定を精緻化しようとしている。
1防火計画は、火災危険区域の詳細なマップ作成がカギ
森林火災が多発するカリフォルニア州政府は、州全域で火災と戦うための戦略的防火計画を策定している。たとえば、住民を教育し、財産を保護するために、州消防局などに専門機関を設置している。

2018年の戦略的防火計画には、森林火災の危険の特定、防火のための地域計画の策定支援、住民の防火意識の向上、防火や鎮火に必要な資源の決定などの目標が含まれている。併せて提供されている資料として、各郡の火災危険重大度のゾーンマップがあり、リスクの程度に応じて、異なる色で描かれている。これは、土地の可燃性物質、地形、天候を考慮した火災ハザードモデルに基づいている。

多くの都市には、火災危険区域の詳細なマップと表示を備えた独自の地方機関がある。これらの都市では、火災危険重大ゾーン(Fire Hazard Severity Zone)内に新しい建物を建築する前に、建築基準に準拠した建築許可申請書を提出する必要がある。一般に、こうした建築基準は、建物の周囲(防御可能な空間の創造)から可燃性物質を除去し、建物の建築に火災抵抗素材を用いることを要求している。

州のマップは2007年、地域のマップは2008~11年に作成された。その後、これらのマップは更新されている。マップの更新は、WUIの変化を加味した上で、森林火災リスクについて理解を促すものとなっている。

連邦緊急事態管理庁 (FEMA) は、WUIで住宅を建築するためのガイドを提供している。このガイドでは、森林火災が発生した場合に、建物が難を逃れる可能性を高めるための建築設計や建築方法について、詳細な推奨事項が提供されている。また、同庁は、地域の水資源や緊急車両のアクセスなど、地域社会のインフラを重視している6
 
6 各都市の都市計画や建築設計の所管部署は、最新のFEMA WUI建築勧告を確認する必要がある。
2森林火災のモデル設計基準は未確立
保険会社は、災害リスクの管理にあたり、20年以上にわたって、ハリケーンや地震のシミュレーションモデルを使用してきた。これらに比べると、森林火災のモデル設計は、より困難とされている。

森林火災危険への曝露(エクスポージャー)や、火災発生時の損失の大きさは、土地によって大きく異なる。森林火災の危険にさらされる地域を、広範囲に特定することはできる。しかし、火災の際に、ある建物が焼失し、他の建物は延焼を免れるなどと、個々の建物ごとに理由付けしてモデル設計を行うことは、簡単ではない。

人為的な発火原因をどのように組み入れるかという点は、モデル設計を、さらに複雑にする。多くの要因と状況が考えられ、その違いにより、発生する保険損失の大きさは異なってくる。一般に、森林火災のモデル設計では、発火、燃料源、温度、湿度、季節的な風、土地利用と土地被覆、WUI、残り火と煙の影響、火災の検知と抑制能力、建物の構造と材料、保険契約条件など、さまざまな要因を考慮する必要がある。

森林火災モデルは、一般的なモデル設計の基準が、まだ確立していない。つまりハリケーンによる損失予測に用いられているような、事例研究に裏打ちされた信頼度の高いモデルがまだ整備されていない。このため、保険会社は、過去の地域ごとの損失実績に大きく依存している。どの規制機関のモデルも検討が不十分であり、現在は、その整備段階にあるといわれる。
3|森林火災のモデル設計にはさまざまな困難が伴う
他のモデル化された災害と同様に、森林火災のモデルの推定値には、大きな不確実性がある。森林火災のモデルごとに、予測結果に大きな幅があるのが現状である。通常、災害モデルの設定には、多くの仮定が含まれている。以下は、森林火災のモデル設定を困難にしている障害の一覧である。これらの中には、気候リスクの潜在的影響のように、最近みられるようになったものも含まれている。
図表3. 森林火災のモデル設計が困難な点
予測結果の幅が広いからといって、どのモデルも不正確で、信頼性が低いというわけではない。しかし、予測結果の幅が広いことで、保険の顧客、規制当局、保険会社の経営陣に懸念が生じる恐れがある。継続的、定期的にモデルを使用することで、こうした懸念を軽減していくことが考えられる。
4火災の多発がモデル設計を促進する可能性も
1992年のハリケーン・アンドリューがフロリダ州とメキシコ湾岸に及ぼした壊滅的な影響は、保険業界がハリケーンのリスクを評価する新たな方法を模索するきっかけとなり、最終的にハリケーン・モデルを広く採用する動きにつながったといわれる。

これと同様に、近年のカリフォルニア州における森林火災が、保険業界での森林火災リスクのモデル設定に対する理解を深めることに役立つのではないか、と期待する声もある。

モデル設定が進まない背景には、詳細な給付支払データが欠如していたこともあげられる。ただし、これについては、近年の森林火災で、多くの給付が行われており、データが整備されつつある。

各州は、森林火災リスクのモデル設定の確認プロセスに、十分な注意を払う必要がある。国全体の規模で確認を行うことで、モデルの信頼性を効果的に高めることができるためだ。

森林火災については、カリフォルニア州が中心であることから、同州の規制当局が受け入れられるモデルとすることが重要となる。現在のところ、同州は、地震とそれに伴う火災の危険性について、複雑な災害モデルを使用することしか認めていない。森林火災を含むその他の危険については、保険会社は、過去の複数年にわたる事象の長期平均を用いて、災害対策を策定することとされている。しかし、過去の損失の長期平均は、現在の森林火災リスクを正確に反映していない可能性が高い。近年起こっているような重大な事象が発生した場合には、損害率の不安定性を助長してしまう可能性がある。規制当局は、森林火災モデルの利点を理解し、それに精通していくべきといえる。
 

5――立法措置と保険会社の対応

5――立法措置と保険会社の対応

カリフォルニア州では近年の森林火災多発の結果、保険に関して、多くの規制や立法措置がとられた。立法にあたり、3つの目標――(1)保険の利用可能性と適切な保険料率を消費者に保証すること、(2)保険会社が保険加入者を公平に取り扱うこと、(3)保険会社の支払余力を促進すること、が掲げられた。これに従って、具体的な立法作業が進められた 。
図表4. カリフォルニア州での立法措置(主なもの)
今後、保険会社は、他の自然火災が発生しやすい州での保険販売を検討する際、カリフォルニア州での動向を参考にすることとなるだろう。また、他の州の規制当局も、カリフォルニア州での森林火災関連の立法の動向に関心を示しており、その結果が自分の州の予測因子となり得るかどうかを検討することとなるだろう。
 

6――おわりに (私見)

6――おわりに (私見)

気候変動問題を背景として、森林火災のリスクは、アメリカだけではなく、全世界で高まっている。各国の保険会社は、アメリカでの動向を参考にしつつ、損保契約の見直しを検討することが考えられる。その前提として、すべての利害関係者 (消費者、保険会社、規制当局、立法者) は、将来の出来事に備えるために、近年の森林火災による災害について、精査しておく必要があるだろう。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2021年08月10日「保険・年金フォーカス」)

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【森林火災リスクの高まり-火災のモデル設計をどう進めるか】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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