2021年07月28日

ESGのGとは-重要視されるコーポレートガバナンス

金融研究部 企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 梅内 俊樹

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1――ESGは着実に普及

図表1 PRIの署名機関数および資産残高の推移 ESGという言葉が世の中に知れ渡るきっかけとなったのは、国連が2006年に公表した責任投資原則(PRI:Principles for Responsible Investment)である。これは投資の意思決定プロセスや株式の保有方針にESGに関わる問題を組み込むことや投資先の企業に対してESGの課題についての適切な開示を求めるなどの投資原則であり、その普及に向けた協働を機関投資家に呼びかけたものである。PRIが公表されて以降、PRIに署名する年金・保険などのアセットオーナーや運用機関などの数は着実に増加してきたが、ここ数年は増勢が加速し、直近の署名機関数は3,826機関に達している(図表1)。また、署名機関が管理する資産残高は121兆ドルを超える規模にまで拡大している。

他方、企業においてもESG課題に積極的に取り組む姿勢が見られ始めている。背景には、環境や社会に係る諸課題に対する関心が世界中で急速に高まっていることがある。以下では、投資や企業経営において重要視されつつあるE(環境)、S(社会)、G(ガバナンス)のうち、G(ガバナンス)のテーマについて概観する。
 

2――重要視されるG(ガバナンス)

2――重要視されるG(ガバナンス)

ESGを構成するE(環境)、S(社会)、G(ガバナンス)の3つの要素のうち、ガバナンスを最も重視する機関投資家が多いことは各種調査で明らかになっているが、同様の傾向は企業サイドにも見られる。
図表2 上場企業のESG活動における主要テーマ 公的年金を運用するGPIFが公表する「第6回 機関投資家のスチュワードシップ活動に関する上場企業向けアンケート集計結果」によれば、ESG活動における主要テーマとして「コーポレートガバナンス」を挙げる企業が最も多く、調査対象企業の71.7%がその重要性を指摘している(図表2)。このアンケート調査は、環境、社会、ガバナンスに係る合計25のテーマを提示した上で、最大で5つまで重視するテーマの選択を求める形式であり、環境、社会、ガバナンスの3つの要素を単純比較した調査ではない点に注意が必要だが、機関投資家と同様、企業においてもコーポレートガバナンス(企業経営における監視・統制等により企業を統治する仕組み)が重視されていることは興味深い。

ではなぜ、ガバナンスが重視されるのだろうか。その理由としてガバナンスならではの2つの特性を挙げることができる。1つ目は、コーポレートガバナンスが企業経営に係わる課題であり、あらゆる企業に例外なく認識される課題であることだ。環境や社会に係るテーマの場合、各テーマの重要性が企業によって異なるのに対して、コーポレートガバナンスが全ての企業に共通の課題となっていることは、図表2のアンケート集計結果にも少なからず影響している可能性がある。2つ目は、ガバナンスが環境や社会の諸課題に対処する上での大前提として認識されていることである。健全なガバナンスなくして、環境や社会の諸課題に対処できないとする考え方で、ガバナンスが機関投資家の関心を集める要因の一つになっていると推察される。

環境や社会に係る課題に比べ、ガバナンスは世間における話題性に欠く面は否めないが、ガバナンスへの取り組み次第で、今後のESG課題の行方が左右されかねないという意味で、ガバナンスは極めて重要性の高いテーマと言える。
 

3――コーポレートガバナンスとは

3――コーポレートガバナンスとは

1コーポレートガバナンスの主な目的
ESGのG(ガバナンス)の中核的なテーマとなっているのが、コーポレートガバナンスである。様々な意味を持つ概念だが、「会社は経営者のものではなく、株主のものとの考え方のもとで、企業経営の健全性の確保と効率性の実現を通じて株主に還元する利益を最大化するための仕組みや体制」と考えることができる。

従来は、不正会計、データ改ざんなどの不祥事が相次いだことを受け、不祥事の防止などにコーポレートガバナンスの主眼が置かれることが多かった。しかし、欧米の企業に比べ日本企業の収益性が低い状況が長らく続いてきた中、最近では持続的な成長や中長期的な企業価値の向上のための方策としてコーポレートガバナンスが強く意識されるようになっている。コーポレートガバナンスに求められる機能はその時々の社会や経済情勢によって変わり得るが、中長期的な企業価値向上という観点で、ESG課題に対応することが求められるようになっていることは、最近の特徴的な傾向と言える。
2コーポレートガバナンスの主なテーマ
コーポレートガバナンスの範囲は広く、課題は多岐にわたるが、企業経営の健全性の確保や効率的な企業価値向上の観点では、その実効性を高める役割を担っている取締役会への注目度は高い。中でも機関投資家やESG評価機関の関心の高いテーマとして、「取締役会の独立性」と「役員報酬の有効性」の2つが挙げられる。

前者は経営全般に対する取締役会のモニタリングが機能する体制となっているかを問うもので、独立性を確保する方策の一つとして、社外取締役の導入・増員が注目されている。社外取締役とは社外から迎い入れる取締役のことである。他の取締役や社内との間に利害関係がない立場であり、主な役割として各種経営課題に対する客観的な判断が期待されている。経営判断の客観性や企業価値向上の効率性を高める上で、社外取締役の増員が効果的と考えられているのは、そのためである。

後者の「役員報酬の有効性」は、報酬体系の設計や支給額の決定プロセスの透明性が確保されているか、経営者の報酬水準が妥当か、企業の持続的な発展に向けたインセンティブとなるような報酬体系となっているかを問うものである。インセンティブの例としては、中長期の企業価値の向上に連動するような役員報酬の導入などがある。

上記に代表されるようなコーポレートガバナンスに係わる課題は、形式を整えればよいというものではなく、実効性を伴っているかどうかが重要となる。このため、中長期的な企業価値向上のための取り組みや、実効性に係わる取締役会の独立性や役員報酬の有効性などの情報は、その背景となる考え方を含めて開示し、株主をはじめとするステークホルダーの理解を得られるように努力することが重要であり、コーポレートガバナンスの重要な課題の一つとして認識されている。
 

4――ESG課題への踏み込んだ関与が求められる可能性

4――ESG課題への踏み込んだ関与が求められる可能性

気候変動などの環境課題や格差拡大などの社会課題が深刻化するなかで、株主のみの利益を最大化する考え方では社会的な理解が得られ難くなっている。こうしたなか、「企業は、環境や従業員、顧客、取引先、地域社会など、株主以外のステークホルダーにも経済的な利益をもたらす責任がある」とするステークホルダー資本主義といった考え方に焦点が当てられはじめている。

従来より、株主以外のステークホルダーにも配慮した経営が実践されてきた日本企業はもとより、株主至上主義を貫いてきた米国においても、ステークホルダーに配慮する経営が広まることになれば、必然的に、ESG課題への一層の取り組み強化が要請されるようになる。その場合には、中長期的な企業価値向上のための手段としてのESGを経営戦略の中で明確に位置づけ、ESG関連のモニタリングや意思決定に取締役会が積極的に関与し、ESGに係わる目標達成度に応じた役員報酬を導入するなど、より踏み込んだガバナンスが求められるようになる。ESGに対する世の中の意識が強まるなか、コーポレートガバナンスにおけるESG課題の重要性は今後一層高まるであろう。
 
 

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金融研究部   企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

梅内 俊樹 (うめうち としき)

研究・専門分野
企業年金、年金運用、リスク管理

経歴
  • 【職歴】
     1988年 日本生命保険相互会社入社
     1995年 ニッセイアセットマネジメント(旧ニッセイ投信)出向
     2005年 一橋大学国際企業戦略研究科修了
     2009年 ニッセイ基礎研究所
     2011年 年金総合リサーチセンター 兼務
     2013年7月より現職
     2018年 ジェロントロジー推進室 兼務
     2021年 ESG推進室 兼務

(2021年07月28日「基礎研レター」)

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