2021年07月27日

続・資本コストからみたPBR効果~2019、2020年度の要因分析から今後の動向を考える~

金融研究部 主任研究員 前山 裕亮

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

1――はじめに

日本の株式市場では、一昔前まで低PBR銘柄は高PBR銘柄よりも高パフォーマンスの傾向がある(以後、この傾向を「PBR効果」と表記)ことが知られていたが、リーマン・ショック以降はPBR効果があまりみられなくなっている。コロナ禍に見舞われたここ1、2年もPBR効果がみられなかった。ラッセル野村スタイル・インデックスで確認すると、低PBR銘柄のパフォーマンスを示すバリュー指数と高PBR銘柄のパフォーマンスを示すグロース指数で割った面グラフは、2019年以降、下落基調が続いていた【図表1】。ただ、2020年12月以降はややバリュー指数が盛り返している。

本稿では、2019年度と2020年度の2年間を残余利益モデル(資本コスト)によるパフォーマンスの要因分解から整理した上で、今後の動向について考えていく。
【図表1】 ラッセル野村スタイル・インデックスの推移

2――TOPIX500採用銘柄をPBRで2つに分けてリターン分解

2――TOPIX500採用銘柄をPBRで2つに分けてリターン分解

本稿の分析対象は、東証33業種の金融、不動産セクター(銀行、証券、商品先物取引、保険、その他金融、不動産)を除くTOPIX500採用銘柄とし、毎年6月初時点のPBRを用いて低PBR銘柄と高PBR銘柄に分けてみていく(詳しくは【図表2:左】)。なお、計測期間は3月決算企業の本決算データが出揃う各年6月からとした(以後、本稿では年度を通常の4月からでなく、2カ月ずらした当年6月から翌年5月までとする)。

低PBR銘柄と高PBR銘柄の配当込みの年度リターンを計測すると、ラッセル野村スタイル・インデックスと同様の傾向がみられた。2019年度は低PBR銘柄が下落する一方で高PBR銘柄は上昇し、2020年度はともに上昇したが特に低PBR銘柄の上昇が大きかった【図表2:右】。
【図表2】 分析イメージ(左)と低PBR銘柄、高PBR銘柄の年度リターン(右)
ここで、株式リターンを残余利益モデル(式1)から以下の3つに分解(式2)してみていく。
株式リターン
(式2)の「①今期業績」要因は1年間で実際に得た利益(配当と自己資本の増加)に伴う株価上昇(赤字の場合は下落)である。それに対して、「②来期業績」要因は株価に織り込まれている業績予想の変化に伴う株価変動である(予想純利益は東洋経済の今期予想を用いている)。たとえば翌年5月末時点の今期予想利益(あくまでも残余利益)が1年前の今期予想利益と比べて拡大していればプラス、逆に低迷していればマイナスになる。①の今期業績と②の来期業績は業績の変動に伴う株価の変動であるが、残りの部分を簡便的にまとめて「③バリュエーションの変化」要因としている。

分解する際に用いる低PBR銘柄と高PBR銘柄と資本コストと残余利益の成長率は、残余利益モデル(式1)を変形したROEとPBRの関係式(式3)から推計した。
ROEとPBRの関係式
実際には、期初に今期予想ROE(式2と同様に分子に東洋経済予想純利益を使用)を被説明変数、PBRを説明変数としたクロスセクションの回帰分析(式4)を低PBR銘柄と高PBR銘柄で行った。
クロスセクションの回帰分析
サンプルに異常値がある場合には回帰分析の結果は異常値の影響を大きくうけるため、回帰分析前に異常値処理を行った。異常値処理として、今期予想ROE、PBR共に「平均値±3・標準偏差」から外れる銘柄は回帰分析のサンプルから除外した。なお、(式1)から(式4)の導出などについては「資本コストからみたPBR効果~要因分析から今後の動向を考える~」をご参照。
 

3――業績は2019年度と2020年度で、ほぼ行って来い?

3――業績は2019年度と2020年度で、ほぼ行って来い?

年度ごとに株式リターンを分解すると、2019年度、2020年度ともに「①今期業績」と「②来期業績」のいわゆる業績要因で差がついたことが分かる【図表3、4:左】。

2019年度は、年度末にかけて新型コロナウイルスの感染拡大とそれに伴う悪影響が懸念された。低PBR銘柄に景気敏感銘柄が多いこともあり、感染拡大防止のための経済活動の自粛などの悪影響を2020年度により受けることが予想され、低PBR銘柄の下落が特に大きくなったことがうかがえる。

それが2020年度は一転して、「①今期業績」と「②来期業績」が高PBR銘柄よりも低PBR銘柄が大きかったため、低PBR銘柄の株式リターンが大きくなった。2020年度、特に第2四半期(2020年7月―9月)以降は、低PBR銘柄の業績回復が顕著であった。そのことが2020年10月、11月の中間期の決算発表で確認されたこともあり、低PBR銘柄の株価上昇が大きくなった。さらに、2020年11月に新型コロナウイルスのワクチンの開発が進展し、来期(2021年度)は経済活動が正常化に向かうとの期待が膨らんだことも、低PBR銘柄にとって追い風になったと思われる。

このように2019年度と2021年度は、新型コロナウイルスさらにはワクチン開発の動向に左右される展開となったが、低PBR銘柄が特にその影響を大きく受けた結果といえるだろう。実際に2019年度は低PBR銘柄の方が期初時点の今期予想益回りより実績である「①今期業績」が大きく下振れているのに対して、2020年度は大きく上振れていることからもそのことがうかがえる【図表3、4:右】。

ただ、2019年度と2020年度を2年通してみると、事情が異なってくる【図表5】。各年の格差の要因となった「①今期業績」と「②来期業績」は2年累計だと低PBR銘柄と高PBR銘柄とでほぼ差がなく、むしろ低PBR銘柄の方が優位であった。それでも低PBR銘柄が高PBR銘柄に対して2年間で10%以上も劣後したのは、「③バリュエーションの変化」で差が生じたためであった。

「③バリュエーションの変化」は、2019年度こそ差がほぼなかったが、2020年度は高PBR銘柄のマイナス幅が小さかった。やはり2020年度は内外問わず世界的に金融緩和政策が行われる中、高PBR銘柄が投資家に選好され業績拡大の実績や予想以上に買われたことが背景にあるだろう。
【図表3】 2019年度の株式リターンの3分解(左)と期初時点の今期予想益回り(右)
【図表4】 2020年度の株式リターンの3分解(左)と期初時点の今期予想益回り(右)
【図表5】 2019年度と2020年度の2年累計

4――今後の動向は?

4――今後の動向は?

今後は金融政策の動向次第になるかもしれないが、これまでのように「③バリュエーションの変化」による低PBR銘柄と高PBR銘柄の差はつきにくいと思われる。高PBR銘柄のPBR(左)の推移をみると既に3倍を超えており、今期予想ROE(右)が2019年以前の水準を回復していないのにも関わらず、2012年以降で最も高い水準にある【図表6】。これまでの低水準からの反動からか過去と比べると割高な水準に株価がある。加えて、米国を中心に金融緩和策が見直される段階にきていることを踏まえると、積極的に高PBR銘柄を買いにいく状況ではないといえよう。ただ、その一方で低PBR銘柄の相対的な割安感が高まっているわけでもない。実際に資本コストをみると、2019年6月と比べて2021年6月では低PBR銘柄より高PBR銘柄が高く、その差が広がっている【図表7】。

そのため、「①今期業績」と「②来期業績」、つまり業績の実際の動向に左右される展開となるだろう。2020年度と同様に2021年度もワクチン普及に伴う経済活動の正常化によって景気敏感銘柄の業績拡大が特に期待されており、株式市場では金融政策の動向も相まって低PBR銘柄、つまりバリュー株を推す声も多い。
【図表6】 PBR(左)と今期予想ROE(右)の推移
【図表7】 資本コストの推移
ラッセル野村スタイル・インデックスの2021年4月以降の推移をみる限りでは、米国の金融政策や長期金利の動向に左右されてかグロース指数の変動がやや大きくなっているが、バリュー指数、グロース指数ともに方向感が乏しい展開が続いている【図表8】。今後も金融政策の動向に加えて企業業績についても、世界中で新型コロナウイルスの変異株による感染の再拡大、それに伴う経済活動の正常化が遅れることも危惧されだしている。本当に企業の業績拡大が続くのかについて慎重に見極める段階にあり、多くの投資家は身動きが取れないのかもしれない。
【図表8】 ラッセル野村スタイル・インデックスの推移(日次)
 
 

(ご注意)当資料のデータは信頼ある情報源から入手、加工したものですが、その正確性と完全性を保証するものではあり ません。当資料の内容について、将来見解を変更することもあります。当資料は情報提供が目的であり、投資 信託の勧誘するものではありません。
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

金融研究部   主任研究員

前山 裕亮 (まえやま ゆうすけ)

研究・専門分野
株式市場・投資信託・資産運用全般

経歴
  • 【職歴】
    2008年 大和総研入社
    2009年 大和証券キャピタル・マーケッツ(現大和証券)
    2012年 イボットソン・アソシエイツ・ジャパン
    2014年 ニッセイ基礎研究所 金融研究部
    2022年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・投資信託協会「すべての人に世界の成長を届ける研究会」 客員研究員(2020・2021年度)

(2021年07月27日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【続・資本コストからみたPBR効果~2019、2020年度の要因分析から今後の動向を考える~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

続・資本コストからみたPBR効果~2019、2020年度の要因分析から今後の動向を考える~のレポート Topへ