2021年07月21日

提案されたEUのデジタル市場法案-Digital Market Act

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

2020年12月15日に欧州委員会は、オンラインプラットフォーム事業に係る包括的な規制として、デジタルサービス法案(Digital Services Act)とデジタル市場法案(Digital Market Act)の2つの規則案を公表した。提案されているのはEU指令ではなく、EU規則としての位置づけである。したがってEU指令におけるように、指令の内容に応じて各国がそれぞれ立法するのではなく、規則としてそのまま各国で効力を有することが目指されている。内容は本文で確認するが、かなり意欲的な内容となっており、このままの内容で規則が採決されるかどうかは全く不透明である。

昨年末に公表されたこれら規則案について解説がこの時期になったのは、本規則案を見る前に、GAFAについて一通り見ておくことが有益と考えたためである。詳細は過去4本の基礎研レポートをご覧いただきたい1

本稿ではまず、デジタル市場法案(以下、DMA)について解説を行うこととする。DMAは「競争力があり(contestable)、公正なデジタルセクターに関するEU議会・評議会の規則提案書(以下、提案書という)」に提案理由とともに条文案が記載されている2  

2――DMAの立法目的・概要

2――DMAの立法目的・概要

1|DMAとは何か
DMAは、門番(gatekeeper、以下、単にGKと表記する)が存在するEU域内において、競争力があり、かつ公正なデジタルセクターの市場を確保するために、統一されたルールを設けるものである(DMA第1条第1項)。

DMAは市場の競争力と公正さを確保するためのものであるとすると、市場において独占的な支配力を有する事業者への私的独占の禁止を定めるEU機能条約第102条と機能が重複する可能性がある。この点、提案書ではGKは必ずしも支配的な立場にいるとは限らず、第102条が適用できない場合があるとの見解を示す(p8)。そしてGKとは何かであるが、規制対象となるGKはDMA第2条で詳細に定義されている(後述)。ただ、提案書の説明文書の冒頭では、「いくつかの大規模プラットフォームはますますビジネスユーザーとユーザーとの間の出入り口(gateway)または門番(gatekeeper)として活動し、強固で永続的な地位を享受している。そして、それはしばしば核となるプラットフォームサービス(core platform services)において複合的なエコシステムが構築され、既存の参入障壁を強化したことの結果である」とする(提案書p1)。つまり、GAFAに代表されるような、デジタルのプラットフォームを運営し、プラットフォーム上で提供される様々なサービスを展開することによって、ビジネスユーザーおよびエンドユーザー(消費者)を獲得・囲い込むようなデジタル企業を想定している。この点、GKは各参加者のプラットフォームへの出入りだけではなく、プラットフォーム内の取引や営業活動のルールを定め、ルールの執行も担うことから、門番という用語をはるかに超える役割を担っているものと思われる。なお、どのようなものがプラットフォームサービスに該当するかについては後述、3-1|を参照いただきたい。

要約すると、DMAは、プラットフォームサービスを運営し、ビジネスユーザーやユーザーに対して門番的な(あるいはそれをはるかに超える)地位を有する事業者、すなわちGKを規制することをその内容とするものである。
2|DMAの立法趣旨
次にDMAの立法趣旨であるが、ビジネスユーザーがGKに大きく依存する一方で、GKが不公平な行動をとることがあることが指摘されている(提案書p1)。そしてDMAの立法目的は、経済的不均衡(economic imbalances)、GKによる不公正なビジネス慣行(unfair business practice)、およびそれらのネガティブな結果、たとえばプラットフォーム間で行われる競争における競争力低下(weakened contestability)にかかわるものとされる(提案書p3)。

GKによるプラットフォームでの不公正な慣行や競争力低下に関しては、EU加盟国で対応している場合もあるが、プラットフォームが国家をまたぐことなどからその効果は不十分である。加えて各国がそれぞれのルールを作ることによってビジネスユーザーのコンプライアンスコストの上昇を招いており、新興企業にマイナスの影響を与えている可能性がある。GKがプラットフォームで行う不公正な慣行に対して、EUで統一かつ明確なルールを設けることでEU域内市場の機能が改善されうるとする(提案書p5)。
3DMAの概要
DMAでは、規制対象となる「コアプラットフォームサービスを提供するGK」を指定することとなっている(DMA第3条、第4条)。指定されたGKは、競争力を制限し、不公正な慣行を防止するための作為または不作為の義務が課される(DMA第5条、第6条)。そして、第5条、第6条の義務を履行するためのGKがとるべき措置(DMA第7条)および義務の免除(DMA第8条、第9条)が定められている。MDAの運用については欧州委員会があたり、市場調査(MDA第15条)やGKに対する措置(MDA第16条)などの権限が定められている。また、違反行為の認定と中止命令(MDA25条)、課徴金の賦課(MDA第26条)などを行うことができる。

以下では、DMAの内容について、DMAの規制対象、GKの行為規制、欧州委員会の権限、違反行為に対するペナルティの順番で説明を行う。
 

3――DMAの規制対象

3――DMAの規制対象

1|GKの定義
DMAの規制対象はGKであるが、GKは核となるプラットフォームサービス(core platform service、以下コアプラットフォームという)の提供者(provider)であって、一定の要件を満たすものをいう。そこでまずコアプラットフォームの定義であるが、以下の通りである(DMA第2条第2項)。なお、下記で「:」以下は想定される企業名やサービス・製品の例を入れているが、必ずしも指定されるわけではないことをお断りしておきたい。

(a)オンライン仲介サービス:Amazonの物販サービス、iOSやAndroidのアプリストア
(b)オンライン検索エンジン:Google検索サービス
(c)オンラインソーシャルネットワーキングサービス:Facebook、Twitter
(d)ビデオ共有プラットフォーム:YouTube
(e)電話番号に依存しない個人間コミュニケーションサービス:WhatsApp
(f)オペレーティングシステム:windows、iOS、Android
(g)クラウドコンピューティングサービス:AWS、Azure、GCP
(h)広告サービス:Googleの検索連動型広告、Facebookのパーソナライズド広告
 
コアプラットフォーム提供者は以下の三つの要件を満たす場合にGKとして指定される(DMA第3条第1項)。三つの要件とは(a)域内市場に重大な影響力(significant impact)を持つこと、(b)コアプラットフォームを運営しており、ビジネスユーザーが各ユーザーに到達するにあたって重要な出入り口(gateway)としての役割を果たすこと、(c)運営にあたって堅固で永続的な地位を享受しているか、近い将来享受すると見うることである。

そして、これら3つの要件をそれぞれ満たすと推定される閾値が定められている(DMA第3条第2項)。まず(a)はEU域内の売上高が過去3年間65億ユーロ(8450億円、1ユーロ130円で換算)以上あるか、あるいは時価総額か公正な市場価値相当額が直前の会計年度で最低でも65億ユーロある場合であって、過去3年間少なくとも加盟国3か国以上でコアプラットフォームを提供していたことである。

次に(b)であるが、域内で設立されるか、あるいは所在をしており、コアプラットフォームの月間アクティブエンドユーザー数が4500万人いること、あるいは域内で設立されており、10000人以上の年間アクティブビジネスユーザーがいることである。
最後に(c)であるが、上記(b)の要件を過去3会計年度満たすことである。
2GK指定の手続き
コアプラットフォーム提供者は、上記閾値を超える場合に、欧州委員会に届け出を行う(DMA第3条第4項)。欧州委員会は、提供者がDMA第3条第2項の閾値を超える場合は、提供者においてDMA第3条第1項の要件を満たさないことを示さない限り、提供者をGKとして指定しなければならない。

DMA第3条第1項を満たすが、DMA第3条第2項の閾値を満たさない提供者、または、DMA第3条第2項の閾値を満たすが、提供者がDMA第3条第1項の要件を満たさないことを示したときは、欧州委員会はDMA第15条に規定されている市場調査により、これらの提供者をGKとして指定することができる(DMA第3条第6項)。この場合DMA第3条第6項に定められた要素、たとえば提供者の規模などを勘案することとされている(手続につき図表1)。
【図表1】GK指定の手続き
DMA第3条第4項または第6項により、欧州委員会がGKを指定したときには、GKが属する企業と、その企業がビジネスユーザーに到達するために重要な出入り口として機能する、コアプラットフォームサービスを特定する(DMA第3条第7項)。
 

4――GKの行為規制

4――GKの行為規制

1|DMA第5条の規制
DMA第5条はGKに関して7つの行為規制を定めている。(a) 個人の同意がないのに、コアプラットフォームから得た個人データを、GKが提供する他の事業から得た個人データまたは第三者のサービスから得た個人データと結合してはならない3。また同様に個人の同意がないのに、個人データの統合を目的としてGKの他のサービスにサインインさせることをしてはならない。(b)ビジネスユーザーが第三者オンライン仲介業者において、GKのコアプラットフォームとは異なる価格や条件で販売を行うことを許容すべきである4。この契約条件はいわゆる最恵国待遇条項と呼ばれるもので、他のプラットフォームで提示される価格等と比較して、コアプラットフォームにおいて最安値で販売することを求めるものであるが、これを禁止する規定である。(c)コアプラットフォーム経由で獲得したエンドユーザーに対して、GKのコアプラットフォームを利用するしないかにかかわらず、ビジネスユーザーが契約を提案し、締結することを認めるべきである5。また、コアプラットフォーム以外でビジネスユーザーから取得したアイテム(音楽や動画コンテンツやゲームのアイテムなど)を、コアプラットフォームを通じて取得したビジネスユーザーのソフトを利用してアクセスあるいは利用できることを認めるべきである。これは、たとえばアプリストア経由でアプリを配布した後に、自社サイトでコンテンツを販売したり、また自社サイトへ誘導したりする行為が契約で制限されることがあるが、これを禁止するものである。(d)ビジネスユーザーが、GKの行為について公の機関に問題を提起することを禁止・制限をしてはならない。(e)ビジネスユーザーにGKのコアプラットフォームを利用する際に、識別サービス(identification service)の利用を強制してはならない。(f)コアプラットフォームを利用するにあたって、他のコアプラットフォームやDMA第3条第2項(b)(アクティブユーザー数基準)を満たすプラットフォームへの登録や申し込みを条件としてはならない。(g)GKが提供した広告に関して、広告主と媒体社の請求に応じて、広告主が支払った対価と媒体社に対して支払った報酬に関する情報を提供しなければならない6
 
3 参考となる事例としてはFacebookが、他サイトを訪問したときの情報を自社に集約し、個人データとして販促活動支援ビジネスに利用していたものがある。
4 参考事例としては、Amazonが最恵国待遇をビジネスユーザーに求め、他サイトでより安価な条件で販売しないことを条件にしていた例がある。
5 参考事例としては、Appleとエピックゲーズム社との間で、Appleがアプリストアで販売してゲームアプリについて、アプリ内課金を利用することを強制し、課金の際に30%の手数料を徴収することに対して、アプリ外でのアイテム購入や別の課金システム導入を図って訴訟になっているケースがある。
6 この点について、たとえば広告主にとっては本当にその広告が表示されたのか、さらにはウェブページの目立つところに表示されたのかといったところから確認のしようがないというのが現状と思われる。
2|DMA第6条の規制
DMA第6条もGKの行為規制である。11の類型がある。(a)ビジネスユーザーがコアプラットフォームを利用することによって生じた非公開データを、GKがビジネスユーザーとの競争に利用してはならない。(b)GKはエンドユーザーが、コアプラットフォームにプレインストールされているアプリを削除することを許容すべきである。ただし、当該アプリがOSの基本的な作動に必要な場合を除く。(c)GKは、そのOS上で作動する第三者アプリや第三者アプリストアについて、そのインストールと利用を許容すべきである。(d)GK自身が提供し、あるいはGKと同一企業に属する事業者から提供されるサービスや商品のランキングについて、競合他社より有利に取り扱ってはならず、公正かつ非差別的な条件を適用しなければならない7。(e)GKのOS上でエンドユーザーが、別のアプリやサービスに乗り換えることを技術的に制限してはならない。この乗り換えにはインターネット接続の選択も含む。 (f)GKが提供する付随サービス(ancillary service)と同様の機能(features)が可能となるよう、ビジネスユーザーと付随サービス提供者について、GKのOS上でのアクセスと相互運用を認めなければならない。このような付随サービスとしては、たとえば資金決済サービスが挙げられる。そしてスマホにおける近距離無線通信near-field-communicationによる決済へのアクセスを、他の付随サービス提供者には認めない行為などがあり、それを防止するものである8。(g)広告主と媒体社に対して、請求があれば無償でGKの広告効果測定ツールへのアクセスを認めなければならず、広告主や媒体社が広告在庫の独立した検証が可能となるよう情報提供しなければならない。(h)ビジネスユーザーとユーザーの活動により生成されたデータの効果的な移管(portability)を提供しなければならない。特にエンドユーザーにはデータ移管の効果的なツールを提供しなければならない。(i)一定の条件の下で、ビジネスユーザーまたはビジネスユーザーから委託を受けた第三者が無償かつ効果的に高品質、継続的かつリアルタイムの集約された、あるいは集約されていないデータ(ビジネスユーザーおよびユーザーのコアプラットフォーム利用により生じたもの)を提供しなければならない。(j)一定の匿名化のもとで、オンライン検索サービス提供者に対して、請求に基づいて、公正、合理的かつ非差別的な条件でGKのオンライン検索サービスのエンドユーザーにより生成されたランキング、検索ワード(query)、クリック、閲覧データを提供しなければならない。(k)GKはビジネスユーザーに対してアプリストアへのアクセスを、公正で非差別的な一般条件のもとで認めなければならない9
 
7 参考事例として、Google検索におけるGoogle Shoppingの検索結果を上位に表示したという事例がある。
8 参考事例として、Appleが自社スマホのNFCにApple payのみが利用できるようにしているというものがある。
9 直近ではEU委員会が、ストリーミング音楽サービスにおけるAppleのアプリ内決済システム利用強制がEU競争法違反であるとの暫定的な見解を公表した。https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_21_2061
3DMA第5条第6条遵守に係る規律
DMA第5条、第6条遵守のために、GKは措置を導入しなければならず、その措置は規制目的を効果的に達成できるものである必要がある(DMA第7条第1項)。欧州委員会はこれらの措置が不十分であるときは、GKが導入すべき措置を命ずることができる(DMA第7条第2項)。

また、欧州委員会はGKからの合理的な請求に基づいて、例外的にDMA第5条、第6条の義務を一時的に停止することができる(DMA第8条)。欧州委員会はGKからの合理的な請求に基づき、あるいは自発的にDMA第5条第6条の義務をGKに対しての適用を除外することができる(DMA第9条第1項)。適用除外できる理由としては、(a)公衆道徳、(b)公衆衛生、(c)公共の安全である(同条第2項)。

欧州委員会は市場調査に基づいて、DMA第5条第6条の義務をアップデートすることができる(DMA第10条)。そのほか潜脱行為の禁止(DMA第11条)、コアプラットフォームにおける意図した集中の申告(DMA第12条)などが定められている。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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【提案されたEUのデジタル市場法案-Digital Market Act】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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