2021年06月30日

欧州復興基金の実相(3)-始まった債券発行、早期配分優先で進む審査-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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復興基金「次世代EU」に関わる前回のレポート1では、債券発行のための手続き、加盟国の計画作成の両面での遅れのリスクを指摘したが、その後、早期稼働優先の方針の下、大きく遅れることなく動き始めた。
 
1 Weeklyエコノミスト・レター2021年04月23日「欧州復興基金の実相(2)-資金調達と配分遅延のリスク」をご参照下さい。
 

始まった復興基金債の発行、滑り出しは上々

始まった復興基金債の発行、滑り出しは上々

6月15日、欧州委員会が、復興基金のための初の10年債(利回り0.086%)を発行した。200億ユーロの発行額に対して、およそ7倍の1420億ユーロの応募があった。昨年の欧州委員会によるコロナ対応の雇用の安全網「失業リスク軽減の緊急枠組み(SURE)」のためソーシャル・ボンドの初回の発行時の応募額1450億ユーロには届かなかった。それでも、上々の滑り出しとなった。

復興基金債は26年末までに最大8000億ユーロ超を発行する。うち3割はグリーン・ボンドとして発行される。高格付けのEUが、定期的に大規模な起債を行うようになったことで、政府関係機関債市場においても、急成長するサステナビリティ・ボンド市場においても、存在感を高めると見られる。
 

12カ国の復興計画の審査が終了

12カ国の復興計画の審査が終了、すべて条件に適合と判断

復興基金の9割を占める「復興・強靭化ファシリティー(RRF)」を通じた資金配分に関しても、7月の第1回の配分開始を目標とする、欧州委員会による加盟国のRRF利用計画(以下、復興計画)の審査が進んでいる。

6月29日時点で、EU加盟27カ国のうち、24カ国が復興計画を提出し2、うち、5月1日までに計画を提出した12カ国について審査が終わっている3

欧州委員会は12カ国の計画のすべてについて、RRF規則が求める要件への適合を認め、閣僚理事会に計画通りの承認を提案した。

閣僚理事会は、欧州委員会の審査終了から1カ月以内に承認することになっており、第1陣への第1回の資金配分(割当額の13%相当の金額)は7月中にも行われる見通しとなった。  

早期配分開始を優先した欧州委員会

早期配分開始を優先した欧州委員会、閣僚理事会の承認も波乱なく進む見通し

各国の復興計画は、RRFに関する規則4に沿って作成したものだが、RRFの用途として認められる6つの領域(1)グリーン化、2)デジタル化、3)スマートで持続可能で包摂的な成長(R&D、イノベーション、中小企業政策など)、4)社会的・地域的結束、5)衛生・経済・社会・制度的強靭化、6)次世代・子供・若年層向けの政策(教育、技能訓練等))への配分の示し方など、まとめ方は国によってまちまちといった感がある。

国毎の比較は容易ではなく、計画の審査には膨大な労力が必要と思われるが、12カ国の審査は、RRF規則第19条が求める「計画提出から2カ月以内」という期限よりも短い1カ月半程度で終了した。

計画に対する評価も高い。審査は、「グリーン移行のための措置に最低37%(要件5)」、「デジタル移行のための措置に最低20%(要件6)」など全部で11の要件への適合性についてA(大部分)~C(僅か)、ないし、A(適合)かC(非適合)かで適合性を判断する(図表1)。

欧州委員会による11の要件に関する判断は押しなべて高い。12カ国すべてが9番目のコストの合理性・妥当性に関する評価はB(中程度)判定だったが、11カ国はその他の要件はすべてAだった。ベルギーのみが、(9)のコストに加えて、(11)の一貫性についてもBと判定されたが、他はAであり、すべての国についてCと判定された項目はなかった。

審査のスピートや高評価は、昨年秋以来、計画のすり合わせが行われてきた結果という側面もあるものの、早期の配分開始を優先した面もありそうだ。

閣僚理事会も、他国の計画への干渉よりも、早期の配分開始を優先するムードが強いと伝えられており、欧州委員会の提案を叩き台とする承認プロセスも大きな波乱なく進む見通しだ。
図表1 欧州委員会による加盟国の「復興計画」の適合性判断の11の要件
 
4 REGULATION (EU) 2021/241 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 12 February 2021 establishing the Recovery and Resilience Facility
 

融資枠も7カ国が利用

融資枠も7カ国が利用、イタリア、ギリシャ、ルーマニアは上限まで利用

復興計画に基づき配分されるRRFは補助金と融資の枠からなり、補助金は、低所得国、高失業国、コロナ禍の打撃が大きい国に傾斜配分する5。融資の枠は19年の国民総所得(GNI)の6.8%までの利用が認められるが、これまでに提出された復興計画で、融資の利用を要請した国は7カ国あり、うち、イタリア、ギリシャ、ルーマニアの3カ国は、融資も上限まで利用する野心的な計画をまとめた(表紙図表参照)。

復興基金には、RRF以外のEU予算のプログラムを通じて配分する補助金にも加盟国間の格差是正、格差拡大抑制の効果が期待できる。コロナ危機による打撃が最も大きい国・地域の復興を支援する「リアクトEU(Recovery Assistance for Cohesion and the Territories of Europe:REACT-EU)」の475億ユーロ(2018年価格、名目506億ユーロ)、2050年の温室効果ガス排出量ネットゼロ実現のために域内の石炭依存度の高い地域の移行を促進するための「公正な移行基金(Just Transition Fund:JTF)」の100億ユーロ(同109億ユーロ)、「農村開発のための農業基金」の75億ユーロ(同81億ユーロ)などだ。
 
5 全体の70%を占める21~22年分については、人口、一人当たりGDPの逆数、15~19年失業率によって、残る30%の23年割当分は、失業率に替わり20~21年GDPの累積損失により決まる。21年の実績は未だ固まっていないことから、一部は経済見通しに基づく推定を含めた配分が提示されている。
 

復興基金のリスクとチャンス 

復興基金のリスクとチャンス 

復興基金に関わる最初のレポート6で述べた通り、イタリアやスペインなど、補助金の手厚い配分が予定されている国は、ガバナンスの弱さなどから、過去のEU予算の利用実績が低い。大規模な計画を立てることはできても、計画通りに実行できないリスクはある。

しかし、復興基金はEUが成長戦略「欧州グリーンディール」で掲げる「グリーンとデジタルの2つの移行の包摂的な実現」達成のために必要不可欠な枠組みだ。EUは成長戦略として2000~2010年に「リスボン戦略」、2010~2020年に「欧州2020」戦略を展開してきた。新自由主義的傾向が強かった「リスボン戦略」が世界金融危機による大きな打撃とユーロ危機を許し、失敗に終わったことを教訓に、「欧州2020」戦略では「賢い成長、持続可能な成長、包括的な成長」を掲げた。気候変動対応と格差是正の両面で持続可能(サステナブル)な成長を目指す傾向も強め、数値目標には「リスボン戦略」以来の就業率(人口に占める就業者数)の引き上げ、R&D投資の対GDP比率3%に加え、気候変動とエネルギー、教育、貧困と社会的排除の5つの領域を加える形に拡張した。EU全体での2020年目標の達成度は図表2に示す通りであり、教育の2つの目標を達成するなど、2010年から殆ど動いていないR&D投資以外は順調に改善したように見える。
図表2 「欧州2020」戦略の数値目標と最終年の実績(EU全体)
しかし、それぞれの指標について、2020年ないし直近の時点でもEU加盟国の間には大きな差があり(図表3の赤塗りの丸)、2010年(同白抜きの丸)からの改善の度合いや、就業率(人口に占める就業者数)が低下したギリシャのように(図表3左上)、方向すら異なるケースがある。ユーロ危機とその回復局面と重なった「欧州2020」戦略の期間は、特にユーロ圏では、緊縮バイアスが強く、過剰債務国に厳しい財政ルールが格差を増幅する方向に働いた。格差是正のために活用可能な補助金もEU予算に限定されていた。

「欧州グリーンディール」の始動はコロナ禍と重なったが、そのために問題の多い財政ルールは22年まで適用停止となり、23年に予想される再起動時には、成長のための投資を妨げないルールに改善するための攻防が水面下で始まりつつある。格差是正のために活用可能な補助金として、EU予算に加えて、復興基金が利用可能になったことは、「欧州2020」戦略期間との大きな違いだ。

復興基金は、固定化する加盟国間の格差の是正への絶好の機会でもある。有効活用のために力を尽くすことが望まれる。
図表3 欧州2020戦略の数値目標と最終年の実績(国別)
 
6 Weeklyエコノミスト・レター2021年03月25日「欧州復興基金の実相-米国流の‘Go big’は望めない-」をご参照下さい。
 
 

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2021年06月30日「Weekly エコノミスト・レター」)

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