コラム
2021年06月22日

韓国最大野党「国民の力」に36歳の若大将が選ばれた背景は?

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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韓国の保守系最大野党「国民の力」の新しい代表に36歳の李俊錫(イ・ジュンソク)氏が選出された。6月11日にソウルで開かれた党大会で李氏は得票率43.8%で1位となった。韓国の主要政党で30代が代表に就くのは初めてのことである。
 
「国民の力」の代表の座は昨年4月の総選挙で、与党「共に民主党」に惨敗した責任で、黄教安(ファン・ギョアン)氏が辞任してからずっと空席だった。今回、「国民の力」の代表は6月7日から10日まで行われた党員投票と一般世論調査の結果を7対3の割合で合算する方式で選出された。最終投票率は45.36%で2011年に現在の選出方式を実施してから最も高い数値を記録した。
 
李氏はソウル科学高校1を卒業してからKAIST(韓国科学技術院)に入学するものの1年目で中退、その後はアメリカのハーバード大学に進学しコンピューター工学と経済学を専攻した。大学を卒業してからは韓国に戻り、ベンチャー企業を設立・経営していた2011年に、当時のセヌリ党の非常対策委員長だった朴槿恵氏に抜擢され、26歳という若さで政治の世界に入門した。
 
その後、2014年には党改革のための革新委員長に就任し、​2016~20年に3度も国会議員選挙に挑戦したものの、いずれも落選した。皮肉にも2016年に初めて総選挙に出馬した時の相手は、現在野党統合を進めている野党「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)党代表であった。
 
では、なぜ国政の経験がなく、さらに組織も派閥もない彼が最大野党の首長に選ばれ、韓国の政治史を変えたのだろうか。実際、李氏が出馬した時に彼が党代表に選ばれると想定していた人は、ほとんどいなかった。彼の役割は、あくまでも政界の世代交代のためのペースメーカー程度だと思われていた。
 
しかしながら、状況は急変した。彼が出馬を宣言して以降、YouTubeやFacebook等のSNSに彼が過去に活躍したテレビ番組(「100分討論」のような討論番組)等が次々とアップされ始めるようになると、彼に対する注目度は一気に上昇し始めた。
 
特に、簡潔で明確な意思表明は20代と30代の好感を買った。相手の主張がなぜ間違っているのかを、理路整然と論じる彼の姿に多くの若者が喝采を送った。既存の政治家が儒教的な思想に基づき、年寄や先輩の政治家を配慮して発言を控えたこととは対照的に、彼は相手の年齢に関係なく言いたいことを言い尽くした。
 
結果、若者が絶対倒せないと思っていた既得権益層が、彼の前では力なく倒れた。多くの若者は彼が自分たちの意見を代弁してくれたことに満足し、彼こそが若者の立場を代弁できる適任者だと考え始めた。
 
また、実力を最優先とし、クオータ制の無理な拡大については反対の立場を明確にしたことも、人気上昇の原因となった。欧米では外国人、女性等に対するクオータ制の縮小を要求する声が出ており、これを支持する人々としない人との間で対立している様相を見せているが、韓国の政治家は今までこれらクオータ制(特に女性)についての具体的言及を控えてきた。むしろ保守政党の政治家の間でもクオータ制を擁護する発言を繰り返してきた。それは、選挙における女性票を意識せざるを得なかったからだ。
 
しかし、李氏は異なった。クオータ制に異論を差し込み、度を越えたクオータ制の実施に反対の立場を明確にした。このような彼の主張は、積極的雇用改善措置等の実施により立場が弱くなった20代と30代男性の心を動かした。そこで、彼らはYouTubeやFacebook等のSNSに李氏を広報する映像等を毎日のように投稿し、李氏に対する注目度は一気に上昇することとなった。その結果、30代の党代表が誕生することになった。
 
6月21日に発表された調査結果によると、李氏が率いる野党「国民の力」の支持率は39.7%で前回調査より0.8ポイント高く、与党である「共に民主党」の29.4%を大きく上回った。彼の人気が反映された結果かも知れない。今後、この若大将が最大野党をどのように導き来年の大統領選挙に向かうのか、これからの動きが注目されるところである。
 
1 韓国の高校は大きく(1)普通科の一般系高校、(2)農業高校や商業高校などの実業系高校、(3)エリート養成を目的とする特殊目的高校に区分することができる。特殊目的高校には芸術高校、体育高校、外国語高校、科学高校等があり、科学高校は、科学に関する教育に特化した高校だ。科学高校は2021年現在、韓国全域に20校あり、その中でもソウル科学高校は最難関の高校と言われている。
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2021年06月22日「研究員の眼」)

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