2021年06月15日

原薬の海外依存リスク-リスク軽減のために何をすべきか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

日本の医療用医薬品は、原薬の多くを海外に依存している。このことは、以前から問題視されており、医薬品製造が抱えるリスクとみられてきた。2020年の新型コロナの感染拡大時に、各国の医薬品関連工場が操業を停止し、サプライチェーンが混乱したことで、そのリスクが顕在化した。

本稿では、このリスクを概観するとともに、軽減に向けた取り組みについてみていくこととしたい。
 

2――医薬品の海外依存の状況

2――医薬品の海外依存の状況

まず、医薬品の海外依存の状況をみていこう。昔から、日本は資源を持たない国といわれてきた。たとえば、エネルギー自給率は11.8%(2018年度)1、食料自給率は38%(2019年度、カロリーベース)2となっており、欧米諸国よりも低い水準にある。医薬品については、後発医薬品で、すべての工程で国内で製造する原料を使用する品目の割合は35%ほど(2017年度)であり、自給は限られているといえる。
図表1. 薬価基準に収載されている後発医薬品の原薬調達状況 (2017年度実績)
原薬の調達先をみると、韓国、中国、イタリアが多く、この3カ国で購入額の過半を占めている。
図表2. 後発医薬品の原薬調達先(輸入した原薬をそのまま使用する品目)[2017年度実績]
 
1 エネルギー自給率は、国民生活や経済活動に必要な一次エネルギー(加工されない状態で供給されるエネルギーで、石油、石炭、原子力、天然ガス、水力、地熱、太陽熱など)のうち、自国内で確保できる比率を指す。「令和元年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2020)」(経済産業省)による。
2 食料自給率は、国内の食料供給に対する食料の国内生産の割合を指す。2019年度の生産額ベースの食料自給率は66%。(農林水産省ホームページ「知ってる? 日本の食料事情」より)
 

3――医薬品の欠品問題

3――医薬品の欠品問題

医薬品の原料を海外に依存する構造は、これまで、医薬品の欠品や出荷調整を引き起こしてきた。ここでは、近年、特に問題となった「セファゾリン欠品問題」を中心にみていこう。
1|原薬供給の不具合に伴う供給困難が頻発
医薬品の供給困難が生じる原因をみると、製品自体の不具合が最も多く、何らかの要因による供給遅延や、需要増による品薄、何らかの手続きの不備が、これに続く。原薬供給の不具合は、原因の1割程度を占めるに過ぎない3。しかし、その背景には、サプライチェーンの寸断という、製造過程の問題が含まれており、根が深い。近年、原薬供給の不具合による供給困難が頻発している。
図表3. 原薬供給の不具合を原因とする出荷調整・供給困難 (コロナ禍前に発生した主なもの)
 
3 図表3と同じ出典の、浜松医科大学医学部附属病院薬剤部の2018-19年度分(2020.4.15時点)による。
2セファゾリンは海外からの原薬輸入がストップして供給停止に至った
セファゾリンは、黄色ブドウ球菌感染症の治療や、手術での感染症予防に欠かせない医薬品とされている。同薬の後発薬により、6割の市場シェアを占める日医工は、原薬をイタリアのA社とB社の2ルートで輸入し、国内で最終製品に加工している。2018年末、A社ルートで購入している原薬に異物混入ロットが急激に増えて、製造できない状況となった。一方、原薬の元になる物質の1つであるテトラゾール酢酸(TAA)は世界で唯一、中国のメーカーが製造している。18年9月には、中国当局の指示による環境規制対応のため、その供給が滞った。B社はTAAの在庫がゼロとなり、原薬の製造が停止。B社ルートの輸入もストップし、19年3月にセファゾリンは供給困難な状態に追い込まれた。同薬を使用していた多くの医療機関では、感染症の治療や手術の実施に、支障が出る事態となった。

なお、19年3月からTAAの供給は再開され、B社ルートでの原薬製造が再開し、同薬の供給も11月から段階的に再開した。また、A社ルートの委託先は変更され、20年10月に通常の供給に戻った。

この「セファゾリン欠品問題」は、医薬品の原薬を海外に依存する体制に課題を突き付けた。TAAは、世界で中国の1社のみが製造している。こうした一部企業に極端に依存する生産体制では、突如供給がストップするリスクがある。海外の状況によって、患者の生命が脅かされる事態も生じかねない。セファゾリンに限らず、多くの種類の抗菌薬の原料の大半は、海外で製造されている。こうした抗菌薬も、何らかの事態を機に、突如、入手困難となるリスクにさらされている。
3薬価の安い後発薬では海外依存が高くなりがち
一般に、後発薬は先発薬よりも薬価が安く、販売数量を伸ばして収益を上げる構造となっている。後発薬市場では、多くの医薬品メーカーが製造・販売を競い合っている。各メーカーは、市場シェアを伸ばして利益を確保するために、海外から安価な原薬を調達しようとする。その結果、薬価はさらに下がり、海外依存度はますます高まる。つまり、製造の効率化を追求するほど、海外依存度が高くなる構造といえる。いったんこのような状態になると、原薬製造の国内回帰は容易ではない。国内では、原材料費・設備費・人件費等の製造コストが高く、収益性が確保できないからだ。

セファゾリンのような感染症の治療や予防に欠かせない医薬品は、キードラッグとして指定し、その薬価を下支えすることで、メーカーが収益を上げられるようにして、原薬製造の参入を促すことも考えられる。だが、これは、高齢化に伴う医療費削減の一環として、後発薬の薬価を引き下げて、その使用を推進してきた従来の取り組みとは、相反する動きとなる。

かつて後発薬の使用割合が低かった時代には、こうした問題が生じても、大事には至らなかった。しかし、同割合が8割に迫る現在では、後発薬が社会インフラの1つともいえる状況となっており、この問題の深刻さ・重大さが増している。

この問題を検討するため、厚生労働省では、「医療用医薬品の安定確保策に関する関係者会議」が2020年3月から議論を開始した。同会議は、9月に「取りまとめ」を公表している。
 

4――コロナ禍での原薬調達困難

4――コロナ禍での原薬調達困難

原薬の海外依存問題は、コロナ禍において、より注目されることとなった。本章では、その様子を簡単にみていこう。
1コロナ禍で医薬品や衛生用品などの供給不安が発生
新型コロナ感染症ウイルスについては、2020年4月に、はじめて緊急事態宣言が発令された。このころ、マスクやアルコール消毒液などのサプライチェーンが滞り、これらの衛生製品が不足して、多くの人がドラッグストアに購入の列をなす事態となった4

このとき、医薬品や医療機器でも、各国の工場が停止し、供給網の寸断が生じるケースがみられた。
 
4 マスク不足の解消に向けて、政府は、1世帯あたり2枚ずつ、布製のマスクを全戸に無料で配布する取り組みを実施した。
2政府は補助金を通じて、国内回帰を支援
コロナ禍を受けて、政府は、感染拡大の防止、医療体制の整備を進める一方、補助金を設置してサプライチェーン対策に取り組んだ。

経済産業省は、2020年5~7月に、3,060億円の財源(2020年度第1次補正予算)をもとに、「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」を設置して、国内の生産拠点を整備する意思のある企業を公募した。先行審査分とそれ以外の分を合わせて、1,760件、1兆8,636億円分の応募があり、203件、3,052億円分が採択された5。採択事業者には、複数の医薬品メーカーが含まれている。
図表4.「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」の医薬品(原薬含む)・ワクチン製造の採択事業者
一方、厚生労働省も、医薬品に特化して、支援策を講じている。30億円の財源(2020年度第1次補正予算)をもとに、「医薬品安定供給支援補助金」を設置して、医薬品メーカーの国内製造回帰を促している。2020年6~8月の公募では、5件の応募があり、そのうち3件が採択された6
図表5.「医薬品安定供給支援補助金」の採択事業者
 
5 2021年3~5月には、2,108億円(2020年度第3次補正予算)の財源をもとに、2次公募が実施された。
6 2021年4~5月には、30億円(2020年度第3次補正予算)の財源をもとに、2次公募が実施された。
 

5――医薬品の安定確保に向けた取組み

5――医薬品の安定確保に向けた取組み

厚生労働省では、「医療用医薬品の安定確保策に関する関係者会議」(以下、「関係者会議」)が発足して議論を進め、9月に「取りまとめ」を公表している。その内容を概観していこう。
1「安定確保医薬品」が指定された
関係者会議は、2020年3~8月にかけて4回開催された。そして、9月に「取りまとめ」を公表した。その後も議論は重ねられており、2021年3月には、5回目の会議が行われた。

第1回の会議では、議論のポイントとして、4つの点が例示された。I. 安定確保に特に配慮を要する医薬品としてどのようなものが考えられるか。どのような観点で優先順位を付けることができるか。II. 供給不安を予防するための取組としてどのようなことが考えられるか。III. 供給不安の兆候をいち早く捕捉し、早期の対応につなげるための取組としてどのようなことが考えられるか。IV. 供給不安に陥った際の対応として、どのようなことが考えられるか、 ―― の4点だ。

このうち、Iについては、58の学会から推薦された551品目の医薬品(その後の成分面での調整の結果、506成分(内用薬216成分、注射薬244成分、外用薬46成分))を「安定確保医薬品」として指定することとした。優先順位については、パブリックコメントを経て、(1)最も優先して取組を行う安定確保医薬品(カテゴリA)として21成分、(2)優先して取組を行う安定確保医薬品(カテゴリB)として29成分、(3)安定確保医薬品(カテゴリC)として456成分、といった3つのカテゴリ区分がなされた。
2供給不安については、予防、兆候把握、供給不安に陥った際の対応がまとめられた
II~IVの供給不安については、予防のための取り組み、兆候の早期把握、供給不安時の対応がまとめられている。その中で、それぞれ、つぎの点が示された。

(1) 供給不安を予防するための取り組み
・サプライチェーンを企業横断的に把握すること
・事前の情報収集の上で、原薬等の在庫積み増し・共同購入・共同備蓄、サプライチェーンの複数ソース化、原薬等の国内製造への移行を進めること
・薬価を維持する薬価制度上の既存の仕組みを活用するとともに、単品単価契約などの流通改善や、代替薬の使用などの診療指針の整理を行うこと
・薬事規制の国際整合化の観点から、医薬品の品質規格・基準などの見直しを検討すること

(2) 供給不安の兆候をいち早く把握し、早期対応につなげるための取り組み
・供給不安のリスクを前提に、供給不安に陥った場合の対応策を事前に検討、対応策を点検すること
・供給不安情報の国への報告、関係者との情報共有を行うこと

(3) 実際に供給不安に陥った際の対応
・緊急度の高い医療機関に当該医薬品や代替薬を迅速に提供する仕組み(安定供給スキーム)を準備

なお、具体的な対応スキームについては、第5回の関係者会議で示された。今後も、取り組みや対応に関する議論が、進められるものとみられる。
 

6――おわりに (私見)

6――おわりに (私見)

本稿では、原薬の海外依存リスクについてみてきた。医薬品、特に後発薬については、極端な海外依存となっているものがあり、複数ソース化、流通改善などの方策が講じられつつある。しかし、この問題の根は深く、一朝一夕に解消することは困難とみられる。関係者会議が指定した安定確保医薬品を中心に、個々の成分ごとに、リスク軽減の取り組みを進めていくことが必要と考えられる。

引き続き、原薬の海外依存状況について、注視していくこととしたい。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2021年06月15日「基礎研レター」)

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