2021年06月01日

年金改革ウォッチ 2021年6月号~ポイント解説:将来見通しの発射台(積立金の初期値)

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫

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1 ―― 先月までの動き

年金数理部会では、国家公務員共済組合、地方公務員共済組合、私立学校教職員共済制度の令和元年度の財政状況が報告された。同部会は、報告書の公表に向けて作業班で分析を進める予定である。
 
○社会保障審議会 年金数理部会
4月27日(第88回) 令和元年度財政状況(国家公務共済・地方公務員共済・私立学校教職員共済)他
URL https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000198131_00017.html (資料)
 
○社会保障審議会 企業年金・個人年金部会
5月14日(報告) 厚生年金基金の特例解散等に関する専門委員会の開催状況(報告)
URL https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_18492.html (資料)
 
(参考) 財務省 財政制度審議会財政制度分科会
4月15日  社会保障等
URL https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/20210415zaiseia.html
 

2 ―― ポイント解説:将来見通しの発射台(積立金の初期値)

2 ―― ポイント解説:将来見通しの発射台(積立金の初期値)

3~4月の年金数理部会では、公的年金の2019年度の財政状況を分析するため、公的年金の各実施機関から報告を受けた。本稿では、同部会が昨年12月に公表した将来見通しに関する報告書*1で課題の1つになっていた将来見通しの発射台(積立金の初期値)について、課題や現状と方向性を確認する。  
1|課題:積立金の初期値も仮定の1つ。2014年の見通しでは実績と大きなずれ
公的年金の将来見通しは、国勢調査の実施間隔に合わせて少なくとも5年に1度作成される。将来見通しは様々な仮定を使って推計されるため、その後の実績とは当然に乖離が生じる。この乖離を毎年度分析してその時点の財政状況を評価するのが、年金数理部会の役割の1つである*2
図表1 将来見通しにおける積立金の初期値と実績 公的年金の将来見通しの仮定と言えば将来の人口や経済状況などが注目されがちだが、積立金の初期値(推計期間の期初=推計始期の前年度末の積立金残高)も仮定の1つである。積立金の初期値は、見通しの作成時点で把握できる最新実績に、推計期間の期初までの収支や運用利回りの見込みを考慮して仮定されるが、2014年に公表された将来見通しではその後に判明した実績と大きなずれ(約26兆円)が生じていた(図表1)。
図表2 積立金残高(年度末実績)の推移 また、将来見通しにおける積立金残高は時価ベースであるため、金融市場の変動の影響を受けやすい(図表2)。そのため、仮に初期値と実績が一致したとしても一時的に高かったり低かったりする可能性がある。同部会は、2019年の将来見通しに関する報告書で、積立金の初期値の算定基礎(2017年度末の積立金残高)が将来見通しよりも10%高かった場合や低かった場合の影響を推計し、将来の給付水準(所得代替率)のうち特に基礎年金(1階)部分への影響が大きいことを示していた(図表3)。
 
*2 もう1つの役割は、将来見通しの推計方法や公的年金制度の安定性確保の検証であり、その結果が注1の報告書である。
図表3 積立金の初期値がずれた場合の影響 2|現状:2019年の見通しではほぼ一致だが変動大
3~4月の同部会で報告された実績を集計すると、2019年に公表された将来見通しの積立金の初期値は、実績とほぼ一致していた(図表1の右端)。他方で、2019年度末の積立金残高は評価損の影響で2018年度末より約10兆円低下しており、変動の大きさを物語っている(図表2の右端)。
3|方向性:初期値の平滑化と算定基礎の見直し
このような状況を考慮して、同部会は2019年の将来見通しに関する報告書で、積立金が金融情勢の影響を受けやすいことが長期的な観点で財政を評価する上での攪乱要因(ノイズ)とならないよう、積立金の初期値に平滑化した値を用いるなどの工夫が必要だと述べている*3

長期的な視点からは、平滑化は1つのアイディアと言える。ただ、将来見通しには最新の状況を年金財政へ投影するという性格もある。これに応えるには、平滑化に加えて初期値の算定に用いるデータを見直し、積立金のうち年金積立金管理運用独立法人(GPIF)が管理する部分には、推計値の代わりに毎年7月に公表される前年度末の実績を用いてはどうだろうか。他の部分は推計値のままだが、GPIFが管理する部分の大きさ*4を考えれば、初期値と実績のずれはかなり小さくなるだろう。積立金の初期値は他の推計箇所とは独立に(最終段階で)見通しへ反映できることや、2019年の見通しには同年7月に公表された内閣府の経済見通しが反映されたことを考えれば、作業上も可能ではなかろうか。
 
*3 同部会は、「なお、この工夫に当たっては、例えば、当該年度中の四半期の平均や過去3か年の平均などと比較して一定以上乖離した場合にのみ平準化した評価額を使用することも考えられる」とも述べている。
*4 2019年度末の時価ベースの積立金残高187兆円(基礎年金勘定を除く)のうち、GPIFが管理する部分は151兆円を占めている。
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保険研究部   上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

(2021年06月01日「保険・年金フォーカス」)

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