2021年03月12日

ECB政策理事会-「購入ペースの大幅な加速」を決定

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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1.結果の概要:PEPPの購入ペースを大幅に加速

3月11日、欧州中央銀行(ECB:European Central Bank)は政策理事会を開催し、金融政策について決定した。概要は以下の通り。
 

【金融政策決定内容】
資金調達環境とインフレ見通しの評価にもとづけば、次四半期のPEPPの購入ペースは年初と比べて大幅な加速が見込まれる
・PEPPの総枠や実施期間などは変更なし

【記者会見での発言(趣旨)】
実質成長率の見通しは21年4.0%、22年4.1%、23年2.1%
リスクは短期的には引き続き下方にあるが、中期的にはより中立になっている
良好な資金調達環境の判断やPEPPの購入ペースの決定は金融政策スタンスの決定であり、見通しの公表と合わせて四半期ごとに実施することが合理的

2.金融政策の評価:購入ペースの拡大も理事会で決定

今回の政策理事会では、量的緩和策の総額(枠)や実施期間についての変更はなかったが、購入ペースについて「大幅に加速する」見込みであることが声明文に明記された。

これは足もとの長期金利の上昇を(「良好な資金調達環境」を維持する観点から)警戒し、決定したものと見られる。ECBはこれまでもユーロ高などについては声明文で言及し警戒感を示していたが、実際のユーロ安誘導としての効果は限定的だった。今回の金利上昇についての警戒は、声明文に記載するだけでなく、実際に購入ペースを拡大する(見込みである)点にも触れ、踏み込んだ決定となっている。

なお、もともとPEPPは購入ペースについての柔軟性を備えている設計であり、記者会見でも会合前に購入ペースを増やさなかったことについて質問が見られた。ラガルド総裁は良好な資金調達環境の判断やPEPPの購入ペースの決定は金融政策スタンスの決定であり、見通しの公表と合わせて四半期ごとに理事会で監視することが合理的である旨の回答を行っている。

購入ペースを理事会で決めることで、ECBのテーパリングについて、米国と同様にこれまで以上に意識されやすい状況になったとも言えるが、そうしたデメリットを考慮しても行動を伴う形で声明文に明記することにメリットがあると判断したと見られる。

また、今回はスタッフ見通しも作成しており、経済見通しについては12月から大きくは変更なし、インフレ見通しは21年および22年を一時的な要因からやや上方修正している(23年のインフレ見通しは変更なし)。ただし、ベースラインシナリオには米国の1.9兆ドル規模の経済対策が反映されておらず、これを反映すると経済見通しは若干上昇修正された形になる。またベースラインシナリオでも失業率のピークが引き下げられ、リスク認識も中期的には中立とするなど、やや景気に対する見方は上向いていると考えられる。

3.声明の概要(金融政策の方針)

3月11日の政策理事会で発表された声明は以下の通り。
 
  • PEPPの継続(冒頭に移動し購入ペースなどについて追加、規模・期間の変更なし)
    • 総枠を5000億ユーロ増額し、合計1兆8500億ユーロの資産購入を実施
    • 購入期間は少なくとも2022年3月末まで実施
    • 理事会は、PEPPによる資産購入を新型コロナ危機が去るまで実施する
    • 資金調達環境とインフレ見通しの評価にもとづけば、次四半期のPEPPの購入ペースは年初と比べて大幅な加速が見込まれる
    • 理事会は、市場環境を見つつ資金調達環境のひっ迫(tightening)を防ぎ、感染拡大によるインフレ見通しの下方圧力に対抗するという観点から柔軟に購入を実施する
    • 理事会は、実施期間・資産クラス・国構成に関して柔軟に購入を行うことで、円滑に金融政策が伝達するよう支える
    • PEPPは良好な資金調達環境が維持される場合は総額を利用する必要はない。平等に、必要があれば枠(増額)の再調整を行う
       
  • PEPP元本償還分の再投資の実施(変更なし)
    • PEPPの元本償還の再投資は少なくとも2023年末まで実施する
    • 将来のPEPPの元本償還(roll-off)が適切な金融政策に影響しないよう管理する
       
  • 資産購入プログラム(APP)の実施(変更なし)
    • 月額200億ユーロの購入を実施
    • 毎月の購入は、緩和的な政策金利の影響が強化されるまで必要な限り継続
    • 政策金利の引き上げが実施される直前まで実施
       
  • 政策金利の維持(変更なし)
    • 主要リファイナンスオペ(MRO)金利:0.00%
    • 限界貸出ファシリティ金利:0.25%
    • 預金ファシリティ金利:▲0.50%
       
  • フォワードガイダンス(変更なし)
    • インフレ見通しが、見通し期間において2%に十分近いがやや下回る水準へと確実に収束し、かつ、インフレ動向に一貫して反映されるまで、政策金利は現行水準もしくはより低い水準を維持する
       
  • 十分な流動性供給の実施(文言の変更、政策上の変更なし)
    • リファイナンスオペを通じて十分な流動性供給を継続
    • 特にTLTROIIIは銀行の魅力的な資金源であり、企業・家計への貸出支援となっている
       
  • 追加緩和へのスタンス(変更なし)
    • インフレが目標に向け推移するよう、必要に応じ、すべての手段を調整する準備がある
       

4.記者会見の概要

政策理事会後の記者会見における主な内容は以下の通り。


(冒頭説明)
  • 本日の理事会には欧州委員会のドンブロウスキス副委員長も出席した
 
  • 2021年の経済状況は改善しているものの、短期的な見通しにはとりわけ感染拡大やワクチン接種ペースといった不確実性が残っている
    • 世界的な需要の回復と追加的な財政措置が、世界およびユーロ圏の経済活動を支えている
    • しかし、短期的には高い感染率が続いていること、変異株が広がっていること、これらに関連して封じ込め政策が長期化・厳格化していることがユーロ圏の経済活動の重しになっている
    • 先行きは、ワクチン普及と封じ込め政策の段階的な緩和が2021年の経済活動の堅調な回復期を支えている
    • インフレ率は、主に一時的な要因とエネルギー価格の上昇によって、ここ数か月は加速している
    • 同時に、インフレ基調は需要の弱さと労働市場・生産市場の停滞を反映して引き続き低迷している
    • 最新のスタッフ見通しでは、インフレ圧力が高まりインフレ基調も次第に上昇していくと見ているが、中期的なインフレ見通しは12月の見通しから変化はなく、インフレ目標を下回っている
 
  • こうした状況下で、パンデミック期間中に良好な資金調達環境を維持することは、引き続き重要である
    • 良好な資金調達環境は総合的・多面的(holistic and multifaceted)な指標によって定義され、無リスク金利や国債利回りから社債利回りや銀行の与信環境まで金融政策の伝達経路全体に広がるものである
    • 市場の利回りは年初から上昇しており、資金調達環境のリスクとなっている
    • 銀行は無リスク金利や国債利回りを与信判断時の重要な参照金利として利用している
    • 大幅かつ持続的に市場利回りの上昇を放置すれば、早期に経済のすべての部門における資金調達環境を引き締めることになる
    • こうした状況は、不確実性の軽減と景況感の改善によって経済活動を支え、中期的な物価安定を守るために良好な資金調達環境が必要である現状からすると、望ましくない
 
  • 上記のような背景から、十分な金融緩和姿勢を続けることを再確認した
    • (金融政策の具体内容は上記第3節記載の通り)

(経済分析)
  • ユーロ圏の実質GDPは20年7-9月期に急回復した後、10-12月期には0.7%減少した。
    • 20年暦年では6.6%の減少となり、10-12月期の経済活動水準はコロナ禍前の19年末と比較して、4.9%低い
    • 最新の経済統計、景況感調査、高頻度データは、感染拡大とそれに対する封じ込め政策が続いていることで引き続き1-3月期は低迷することを示している
    • その結果、1-3月期の実質GDPも減少しそうである
       
  • 経済活動状況は、引き続き国や部門によって不均一であり、サービス部門の活動は交流や移動の制限によって、早期に回復している工業部門の活動よりも悪影響を受けている
    • 財政政策は家計と企業を支えているものの、消費者は感染拡大と雇用・所得への影響を危惧している
    • 加えて財務状況の悪化と先行きの経済に対する不透明感が設備投資の重しとなっている
       
  • 今後については、ワクチン接種と感染拡大に関連する活動を禁止する封じ込め政策の段階的な緩和が、2021年の経済活動の堅調な回復期待を支えている
    • 中期的には、良好な資金調達環境と拡張的な財政政策、封じ込め政策の緩和による需要の回復によってユーロ圏経済の回復は支えられるだろう
 
  • こうした評価は2021年3月のスタッフ経済見通しのベースラインシナリオに反映されている
    • 実質成長率は21年4.0%、22年4.1%、23年2.1%で前回12月の見通しと比較すると、大きくは変わっていない
 
  • ユーロ圏経済の見通しを取り巻くリスクは、短期的には引き続き下方にあるが、中期的にはより中立に(balanced)なっている
    • 一方では、大規模な財政政策による世界需要の高まりやワクチン接種の進展の好材料がある
    • もう一方では、変異株の流行を含む感染拡大の継続が、経済や資金調達環境に及ぼす影響が引き続き下方リスクとなっている
       
  • ユーロ圏のインフレ率は1月・2月は前年比0.9%と12月の▲0.3%から急上昇した
    • ヘッドラインインフレ率の上昇は、一時的なドイツ付加価値税(VAT)の引き下げが終了したこと、いくつかの国で値下げ期間が後倒しされたこと、2021年のHICPのウエイト変更が通常よりも大きく影響している特別要因、またエネルギー価格が上昇していることを反映している
    • 現在の原油先物価格にもとづけば、ヘッドラインインフレ率はここ数か月で上昇する見込みであるが、年を通じて現在のインフレ要因が変化するため変動(volatility)も見られるだろう
    • こうした要因は来年初には解消されるだろう
    • インフレ圧力の基調は、賃金上昇圧力の弱さや為替相場の増価(ユーロ高)を反映して総じて弱いものの、供給制約と需要の回復のためやや上昇する見込みである
    • 感染拡大の影響が剥落すれば、緩和的な金融・財政政策に支えられた需要回復が中期的な物価上昇圧力となるだろう
    • 市場観測のインフレ期待は引き続きやや上昇しているものの、市場観測・サーベイ調査による長期的インフレ期待は低水準にとどまっている
 
  • こうした評価は2021年3月のスタッフ経済見通しのベースラインシナリオに反映されている
    • インフレ率は21年1.5%、22年1.2%、23年1.4%で前回12月の見通しと比較すると、21年と22年は一的要因とエネルギー価格を反映して上方修正したものの、23年は変わっていない
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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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