2021年03月09日

気候変動と環境リスク-異常気象は保険会社にどのようなリスクをもたらすか?

保険研究部 主席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任   篠原 拓也

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1――はじめに

気候変動が、グローバルなリスクとして認識されるようになって久しい。温室効果ガスによる地球温暖化をはじめ、極度の異常気象、頻発する自然災害など、さまざまな環境リスクが注目されている。

そうしたなかで、アメリカのアクチュアリー会は、2020年12月に気候変動と環境リスクに関するペーパー(以下、単に「ペーパー」)を公表した。これは、環境リスクが保険に与える影響について、保険業界関係者やアクチュアリーに確認を促す内容で、日本でも参考になる点が多いものと思われる。

“Climate Change and Environmental Risks”(Society of Actuaries, Dec. 2020)1

本稿では、このペーパーをもとに、気候変動と保険への影響について、みていくこととしたい。
 

2――気候変動の状況

2――気候変動の状況

まず、気候変動の状況を簡単にみていこう。自然災害の発生件数の増加が、顕著となっている。

1|自然災害の発生件数と、それに伴う損害額が増加している
ペーパーでは、最初に、アメリカでの自然災害の発生の変遷をみている。損害額10億ドル超2の自然災害は、1980年代には29件であったが、2010年代には119件へと4倍以上に増加している。2020年には、記録が残る中で最多となる年間22件の自然災害が発生した。その内訳は、猛烈な暴風雨が13件、熱帯低気圧が7件などとなっている。自然災害に伴う損害額も増加している。1980年代には1,781億ドルであったが、2010年代には8,105億ドルへと4.5倍以上に膨らんでいる。2020年には、年間で950億ドルの損害額が発生した。

発生件数でみても、損害額でみても、自然災害の増加傾向が顕著となっている。
図表1. アメリカで発生した自然災害 (損害額10億ドル超)
 
2 消費者物価指数により物価調整をした後の金額。


2温暖化が進み、海面上昇や海水循環の減速が予測されている
「気候変動に関する政府間パネル(IPCC3)」は、気候変動に関する科学的知見を総合的に評価して各国政府に気候政策の手がかりを与える役割を担っている。将来の気候変動の予測も行っている。

2019年に示されたIPCC の予測4では、4つの温室効果ガス排出シナリオを設定している5。最も低排出のシナリオでは、1850-1900年の平均に比べて、2031-2050年、2081-2100年に、それぞれ平均1.6度気温が高くなるとされている。最も高排出のシナリオでは、同平均2.0度、平均4.3度上昇するとされている。また、極地の氷床の融解により、2100年までに海面水位が0.43メートル(最も低排出の場合)~0.84メートル(最も高排出の場合)上昇し、その後も海面水位の上昇が続くと予測している。

さらに、大西洋の海水循環が遅れ、ヨーロッパでの極端な気温上昇、アメリカ東海岸での海水温度上昇をもたらす。このことが、壊滅的な暴風雨などの異常気象につながる、としている。
 
3 IPCCは、Intergovernmental Panel on Climate Changeの略。
4 “Summary for Policymakers”(IPCC, 2019)による。
5 RCP2.6、4.5、6.0、8.5の4つのシナリオ。RCPは、Representative Concentration Pathways (代表的濃度経路)の略。
3北米のアクチュアリー会は気候指数を公表している
アメリカとカナダのアクチュアリー会は、気候変動の様子を定量化してアクチュアリー気候指数(The Actuaries Climate Index®, ACI)として公表している。ACIは、高温、低温、降水、乾燥、強風、海水面の6項目からなり、四半期ごとに更新される。参照期間である1961-1990年の平均との差を、同期間の標準偏差で割り算した数字が、「乖離度」として示される6。この乖離度を、6項目それぞれで計算して、その平均をACIとする。

ACIの推移をみると、基準期間と現在の間で気候が明らかに変化しており、しかもその変化は加速していることがうかがえる。
図表2-1. ACIの推移①(季節ごと、5年平均)/図表2-2. ACIの推移②(季節ごと、5年平均)
参照期間である1961-1990年のACI等の平均は0となる。実際にこの期間のACI等の推移を見ると、横軸の付近で推移している。1991年以降は、ACIや高温、海水面、降水の数値は高くなっている。逆に、低温は低くなっている。また、乾燥や強風は上下動が激しさを増している。こうしたことを受けて、ACIは、2020年夏期(6~8月)に、1.23の過去最高値をマークしている7
 
6 ある月、ある地域のある項目の指数をどのように計算するか、みてみよう。まず、その月の計数値から、参照期間中の同じ月の計数値の平均を引き算する。そして、その引き算の結果を、参照期間中の同じ月の計数値の標準偏差で割り算する。このようにすることで、その月の計数値が、平均から標準偏差の何倍くらい乖離しているか、という「乖離度」が計算できる。
7 なおACIとは別に、2020年1月より、アメリカの地域を対象にアクチュアリー気候リスク指数(ACRI)の公表が始まっている。その詳細については、「気候変動のリスク指数開発-アクチュアリーは異常気象による損害リスクを、どう表現するのか?」篠原拓也(保険・年金フォーカス, ニッセイ基礎研究所, 2020年8月11日)をご参照いただきたい。
 

3――気象関連の直接的な健康への影響

3――気象関連の直接的な健康への影響

ペーパーでは、気象関連の健康への影響を、直接的なものと間接的なものに分けて述べている。まず、直接的なものからみていこう。

1異常気象は頻繁に起こるようになる
ペーパーでは、2017年8月にアメリカのテキサス州などを襲ったハービーのようなハリケーンは、20世紀には2000年に1度、2017年までは300年に1度の暴風雨と分類されていた。しかし、2100年までには100年に1度の暴風雨になるだろう、としている。また、1000年に一度の事象であった潮汐による高潮は、30年に一度の事象となる程までに、頻度が上昇するだろうと予想している。

異常気象の発生中または発生後には、ケガや病気も起こりやすい。健康・医療関連の各種サービス停止の恐れもある。2017年にプエルトリコを襲ったハリケーン・マリアでは、医薬品のサプライチェーンの寸断から、生命維持装置を動かす電力の不足まで、医療のラインに深刻な中断が生じた。

2死亡リスクは過度な高温状態では、温度が上がると急速かつ非線形に上昇する
北米では、暑さによる死者よりも、寒さによる死者の方が多い。ただし、寒さによる死者のほとんどは、温暖ではあるが身体に適さない気温によるもので、極端な寒さによる死者は少ないとされる。

死亡リスクは、生存可能な最低温度を下回る低温では、温度が下がるごとに緩やかに直線的に上昇する。一方、過度の高温状態になると、温度が上がるごとに急速かつ非線形に上昇する。したがって高温期(北半球では夏季)の死亡増加分が、低温期(同冬季)の死亡減少分を上回り、年間を通じた死亡リスクは高まることとなる。これは、医療保険や生命保険にとって、給付金増大のリスクにつながる。
 

4――気象関連の間接的な健康への影響

4――気象関連の間接的な健康への影響

続いて、気象関連の間接的な損害についてみていこう。

1害虫による作物被害や、媒介生物の繁殖による病気の蔓延が増加
冬季に極端な寒さが起こらないと、害虫の繁殖が増えて、植物の枯死を招くリスクがある。気象パターンの変化に伴い、これらの害虫は高緯度の地方に移動する。そして、作物に被害を与える。これは、損害保険のうち、作物保険の給付支払を引き起こす懸念がある。

また、媒介生物が繁殖することで、感染症などの病気が流行して、医療保険や生命保険に影響を与えることも考えられる。ペーパーでは、エキノコックス、野兎(やと)病、ウエストナイルウイルス、ハンタウイルス、ダニ媒介性脳炎、ライム病、シンドビスウイルスを含む多くの病気が、北極地方で増加するとの予測を紹介している。さらに、カナダでは、蚊が媒介する疾患が過去20年間に10%増加しており、その大部分が気候変動によるものとみられている。ジカ熱、デング熱、チクングニア熱などの、感染症のリスクが高まるとの予測も示している。

2花粉アレルギーや大気汚染などにより喘息が増加
温帯地域では、温暖化による花粉の増加と変化に伴い、植物の生育期間が長くなると予測される。花粉のシーズンが長くなると、花粉関連のアレルギー疾患の発生数と重症度が増大する。

さらに、気候変動に伴って、暴風雨の激しさや頻度の上昇、大気汚染の悪化などが、喘息(ぜんそく)やアレルギー疾患を悪化させる可能性がある。喘息の増加は、都市部への人口流入の増加にも関連しているとみられる。

3洪水、旱魃、山火事に伴う疾患が蔓延
洪水、旱魃(かんばつ)、山火事は、気候変動に関連した降水量変化の結果として起こる可能性がある。洪水は、直接の死亡原因となるほか、レプトスピラ症やカビ関連の疾患を蔓延させる恐れがある。また、旱魃は、食糧安全保障に影響を及ぼすことにより、健康状態を低下させる可能性がある。さらに、旱魃に伴って発生する山火事は、ケガや死亡などの直接的な原因のほかに、呼吸器に長期的な悪影響を及ぼすことも考えられる。

4精神的な苦痛が増大する可能性もある
気候変動が、極端な気象の誘因となって、不安、抑うつ、 PTSDなどの心理的・精神的な苦痛を増大させることがある。これらが深刻化すると、自殺につながる恐れもある。ペーパーでは特に、女性、子ども、社会から取り残された人々、先住民族は、気候変動に脆弱である可能性が高いとしている。
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保険研究部   主席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

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