2021年03月03日

コロナ禍におけるアイドルの握手会の変化

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1――大打撃を受けたエンターテインメント産業

新型コロナウイルスの流行は、多くの産業に打撃を与えた。その中でもエンターテインメント産業は苦渋の時を過ごしている。エンターテインメント産業における多くのコンテンツに共通して言えることは、エンターテイナーと消費者(顧客)が対面もしくは同じ空間を共有すると言う点である。これらコンテンツは以下の5つの特性をもっていると筆者は考える。
 

(1) 無形性・・・・提供されるサービス(コンテンツ)に形はない
(2) 非均一性・・・提供されるサービス(コンテンツ)の品質は一定ではない
(3) 不可分性・・・消費と生産が同時に行われる
(4) 消滅性・・・・消費した後、形が残らない
(5) 需要変動性・・時期、場所、サービス提供者によって需要が異なる

コンサートを想定するとわかりやすいが、会場に消費者が来演し、その会場で生のエンターテインメントを鑑賞できるという点に、消費者は価値を見出している。そのコンサートのDVDやブルーレイがいずれ販売され、手元に残る(購入できる)としても、人々は前述した5つのコンテンツ特性が生み出す「ライブ感」を消費したいのである。

そのため、空間を共有できないという事はエンターテインメント産業にとって致命的なことなのである。コロナ禍においても、エンターテイナー達はライブストリーミングを使用してコンテンツを配信してきた。昨今では会場のキャパシティを考慮したうえで観客を動員したエンターテインメントも少しずつ提供されつつあり、アフター・コロナという今までとは異なる日常の中で、人々は今まで通りのエンターテインメント消費ができる日が来ることを心待ちにしている。
 

2――オンラインミート&グリートとは

2――オンラインミート&グリートとは

しかし、ライブストリーミングを介しても代替できないコンテンツもある。その例が「アイドルの握手会」である。AKB48によるファンとの握手会の成功により、握手会はアイドル市場におけるスタンダードになった。今まで偶像(アイコン)としての存在が大きかったアイドルとファンとの距離が近くなったのである。ファンは握手をすることで、普段はスクリーンの中にいる文字通りの偶像を実際に存在するモノとして認識することができ、握手会はアイドルとファンとの間にあるロイヤリティを強めるイベントとして機能してきた。そのため、実際に触れることができるという価値自体が消費を生み出してきた。しかし、ソーシャルディスタンスのため不特定多数の人との接触が困難となっている今は、「握手会」の継続は不可能な状態が続いている。

一方で、握手会の代替策として「オンラインミート&グリート」を試みているアーティストもいる。オンラインミート&グリートとは、スマホやタブレット端末を用いてアーティストと個別に数秒会話することができるイベントのことである。一般的には、購入するCDにこのイベント参加権が付与されていることが多く、1枚購入ごとに3~15秒アイドルとの会話が可能となっている。ファンにとってはスクリーン越しではあるが、アイドルと一対一で交流することができるため、コロナ禍においてファンとアイドルをつなぐ唯一の接点として機能している。
 

3――ファンにとっての「握手会」の意味

3――ファンにとっての「握手会」の意味

前述した通り、握手会は対面で行われ、ファンにとっては手の届かないとされていたアイドルに直に触れることができるイベントである。ファンは握手をしている数秒間はそのアイドルを独占することができ、ファンの独占欲求が消費を促している。独占欲求とは、他のファンたちから自身のこだわりの対象を独占したいと思う心理のことである。もともとコンテンツ市場は、その多くが日用品と異なり贅沢品に性質が似ている。生産数に限りがあり、供給数が少ないほど希少性を持つ価値のあるモノとなり、ファンにとっては高級ブランド品同様に社会的に見せびらかしたくなるものとなる。そのため、ファンは限られた供給品を奪い合っているのである。有形物(グッズなど)は、所有することを通じて独占することが可能であるが、アイドルの場合は恋人にならない限り独占することはできない。そこで彼女(または彼)達の時間の一部を独占し、2人だけで過ごす時間を共有することで欲求が満たされるのである。

ファンにとって、当初は握手をすること自体が目的であるが、その後徐々に、そのアイドルに数多くのファンの中から自分自身を認識してもらうことに努めるようになる。この時既にファンは、握手をするという行為だけでは自身の欲求は満たせなくなっており、アイドルから認知されること(承認欲求)が握手をする動機へと変化し、欲求が多段階化していく。そこで数多くのファン達の中から自身をアイドルに認識してもらうために、ファンは主に以下のような行動をとる。

(1) 握手権を大量に入手し、アイドルとの対面時間を長くする
(2) 特徴的な服装で対面したり、名札をつけるなどして自身を印象付けようとする
(3) ニックネームをアイドルからつけてもらうなど、印象的な会話を努める

この段階において、ファンにとって握手会と言うイベントは、アイドルと1人のファンが対面をする場から、他のファンと競う場へと変化している。その過程で、ファン同士で自身が如何にアイドルから認知されているか他のファンに対してマウンティングをしたり、また同じアイドルが好きなファンに対して敵意を持ったり(同担拒否1)、新参者やライトファンに対して圧力をかけたり(他者排他2)するのである。そして、アイドルと握手をするという言わば自己満足のためであった消費は、アイドルの時間を独占、アイドルからの認知、他のファンからアイドルを独占、といった顕示的性格を帯びた消費の性質へと変化していくのである。
 
1 オタク・ファン(ポップカルチャー愛好者)の中の応援の仕方の一つ。」応援している人・モノが自分と同じである他のファンに対してあまり絡みたくない対象であるということを伝える言い回しのこと。
2 他のファンに対して敵意を表わし、ファンをやめさせようとする、もしくは気持ちよくファン活動をさせないようにすること。
 

4――オンラインミート&グリートと握手会の違い

4――オンラインミート&グリートと握手会の違い

オンラインミート&グリートでは、前述した通り自身のスマホやタブレット端末からアクセスし、アイドルとスクリーン越しに会話をすることができる。これにより、今までは、ファンがアイドルのいる場所まで足を運ぶ必要があったが、スマホ等の端末を通じてどこからでも会うことが可能になった。これにより、握手会とは異なったファン層がイベントに参加するようになったと筆者は考えている。

まず、握手というアイドルに触れることができるという点に価値を見出してきたファン層は、オンラインミート&グリートという企画に対して価値を見出すことは困難である。「Zoom飲み会」などを思い出すとわかりやすいが、当初は、目新しさからそのような機会でも「人々の会いたいという欲求」を充足するには充分であった。しかし、第一回緊急事態宣言の解除以降は「Zoom飲み疲れ」といった言葉を耳にする頻度も増えるなど、昨今では「Zoom飲み会」を積極的に行う人は減少しているのではないだろうか。この理由は明白であり、飲み会をすることは、「対面」で行うことに多くの人々が価値を見出しているからである。従って、対面という行為を他のモノで代替できないファンがいても不思議なことではないのである。

同様に、他のファンに対して握手時間の長さによる優位性を示していた層においても、オンラインの会場には自分自身しかいないため、従来の顕示的欲求を満たすことができなくなった。彼らにとっては他人に見せつけることで自身の独占欲求が満たされてきたが、オンライン・イベントでは仕組み上、優越感を得ることができなくなり、イベント参加自体のモチベーションが低下してしまうのである。このような理由から、オンラインミート&グリートの参加を望まないファンもいるのである。

一方で、地理的に会場までの距離が遠いファンや、身体的な事由により会場へ足を運ぶのが不可能なファン、若年層で保護者の付き添いが必要であったファンなど、さまざまな理由で参加を躊躇するファンもいた3。彼らにとっては自宅にいながらアイドルに会えると言う事が、オンラインミート&グリートに参加したくなる動機になっている。また、新参者にとっても握手会場にいる他のオタクたちの熱量や圧力を感じる必要がないことは、心理的なハードルの低さにもつながり、いままで握手会に参加していなかったファン層が参加しやすい仕組みともいえるのかもしれない4

今後はアイドルとの交流方法も変わってくると思われる。2014年5月に起きた「AKB48握手会傷害事件」以後、握手会会場の警備は強化され、握手時に荷物の持ち込みが不可能になったイベントも多い。そのため、首から名前を書いたホワイトボードを下げたり、名札を付けると言った方法でしかアイドルに視覚的に訴えることができなくなっていた。しかし、オンラインで自宅から交流できるようになったことで、アイドルに対して新たな方法でアピールをすることが可能となった。部屋の内装をそのアイドルグッズで装飾したり、ペットやそのアイドルが好きなキャラクターグッズを見せて会話の糸口にするなど、自宅からの参加だからこそできる交流方法が生まれているのである。これは、コロナ禍で握手会の代替とされたオンラインミート&グリートを如何に活用するかファンが試行錯誤している結果でもある。

握手会においてはファンである自身、アイドル、他のファンという三者が「握手をするという行為」を顕示的消費の性質へ変化させていたが、オンラインミート&グリートは他のファンを考慮しない自身とアイドルの一対一であった従来の握手会の性質へと回帰していると言えるのかもしれない。
 
3 握手会が混雑すると会場外で何時間もの間待機することもある。炎天下の真夏や雪が降る真冬においても例外なく、外での待機を強いられてしまう。脱水症状により救急車で搬送されるケースもあり、体力的な理由で参加が困難なケースもある。
4 握手会会場で仲のいいファン同士がチームのように屯し情報交換をし合ったり、古参ファンが昔のグッズなどを身につけてファン歴の長さをアピールしているという事に対して、新参者は劣等感を覚え、参加することのハードルになることもある。
 

5――さいごに

5――さいごに

全国各地で徐々に緊急事態宣言が解除され、また一般のワクチン接種対応準備が少しずつ整い始めるなど明るい兆しが見え始めている一方で、感染者数のリバウンドが懸念されており、コロナウイルスの感染状況は予断を許さない。今後、エンターテインメントも少しずつライブ配信から観客動員型のイベントへとシフトしていくとは思われるが、ソーシャルディスタンスの必要性があるうちは、握手会のような接触型のイベントの開催はまだまだ難しいだろう。エンターテインメント供給サイドは、如何にしてファンたちのロイヤリティを維持させるかという点がアフター・コロナにおける戦略の焦点だと思われる。
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
          ニッセイ基礎研究所入社

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2021年03月03日「基礎研レター」)

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