2020年11月10日

新型コロナ禍と米国個人年金販売-パンデミックからの回復には時間がかかるとの慎重な見方-

松岡 博司

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はじめに

本日11月10日の朝、米国の新型コロナウィルス累計感染者数が1,000万人を超えたとのニュースが報じられた。米国における最近の1日当たりの新規感染者数は10万人を超えているとも。致死率が下がって来ているとはいえ、米国の累計死者数は23万人を超えている。わが国でも感染者数の増加がまた深刻化しつつあるが、米国の感染者拡大は桁違いに規模が大きい。

3月、4月はニューヨークでの感染拡大とロックダウン等が目立ったが、最近では感染は米国全土に広がり、特に中西部での感染拡大の状況が深刻化していると言う。初期にニューヨーク等で行われたような強い行動制限は、最近は行われていないようだ。大統領選挙で連邦政府による全米での強力な感染抑制策の実施を訴えたバイデン氏の勝利が確定すれば、米国の新型コロナ対策は大きく変わることとなるのだろう。

こうした不安定とも見える、有事と平時が入り交じったような状況の中、米国の個人年金消費者はどのような行動をとっているのだろうか。本稿では3月から5月頃の第1波のパンデミックを経て、米国の個人年金販売がどのような状況にあるかを見る。

いまだコロナ禍中ではあるものの、米国における個人生命保険の販売業績は、なんとか持ち直し平常運転に戻ったように見える1。しかし、米国生保の最大の収益源である個人年金ビジネスでは、また様子が異なっていて、パンデミックのインパクトからの回復に時間がかかっている。その回復には時間がかかるだろうとの予測も出されている。

今回使用するデータは、米国における生命保険マーケティングの調査・教育機関であるリムラ(LIMRA)およびリムラの下部機関で年金・退職を専管的に担当している安全退職研究所(Secure Retirement Institute:以下、SRI)がとりまとめたレポートを出所とするものである。
 
1 「(続)コロナウイルス禍中の米国生保会社の個人生命保険販売-ソーシャルディスタンスと対面販売-」保険・年金フォーカス2020年9月9日 https://www.nli-research.co.jp/files/topics/65429_ext_18_0.pdf?site=nli
 

1――最近の個人年金の販売業績動向

1――最近の個人年金の販売業績動向

グラフ1は、SRIが10月28日に発表した2020年第3四半期の個人年金販売状況速報から拾った、2019年以降の四半期ベースの個人年金販売額の推移である。

右側の表は、2020年各四半期の販売額が2019年の該当する各四半期の販売額と比べてどのように増減したかをまとめたものである。
グラフ1 個人年金四半期ベース販売額の推移
2020年第2四半期の販売状況
 第1波のパンデミックによる活動制約の影響等を直接的に受けた2020年第2四半期の個人年金販売総額は488億ドルで、2019年第2四半期の639億ドルから23.9%減と大きく落ち込んだ。SRIのリサーチディレクターは、「第2四半期の個人年金販売の減少は、世界的なパンデミックとその経済的影響の直接的な結果である。記録的な低金利と継続的な市場のボラティリティに加えて、ソーシャルディスタンシングは、過去3ヶ月間、保険会社やアドバイザーの業務を大きく混乱させた。」と述べている。

米国でもパンデミックの最中には、多くの保険・年金の販売者が在宅勤務を行った。次のページのグラフ2は6月26日にリムラが発表した、保険・年金の販売を行っている会社を対象に行ったソーシャルディスタンスと販売をテーマとする調査の結果から、販売担当者(アドバイザー)の何%が在宅勤務を行っているかを聞いたものへの回答会社数の分布状況である。

23%の会社が「100%のアドバイザーが在宅勤務している」と答え、28%の会社が「90%以上のアドバイザーが在宅勤務している」と答えており、半数以上の会社で、その9割以上のアドバイザーが在宅勤務状態にあったことがわかる。
グラフ2 現在、御社のアドバイザーのうち何%が在宅勤務していますか?(回答会社数の分布状況)
続いてグラフ3は、同じ調査結果から、「在宅勤務が常態化したら、生命保険、個人年金、投資商品の販売にどのような影響を与えるか」について聞いたものへの各社の答えの分布状態である。

在宅勤務は(その商品を販売する上で)効果が低い(=効果がはるかに低い+若干効果が低い)と答えた会社の割合は、生命保険で45%、個人年金で42%、投資商品で19%となっている。

生命保険と個人年金の差は、医学的な診査と引受可否の判断が生命保険では必要だが、個人年金では必要ではないというところによるものかもしれない。
グラフ3 御社で在宅勤務が当たり前になった場合、在宅勤務は次の各商品を販売する能力にどの程度の効果があるでしょうか?
2020年第3四半期の販売状況
 続く2020年第3四半期の個人年金販売総額は548億ドルとなった。第2四半期と比べると13%増加と回復しているが、2019年の第3四半期と比べると8%減少しており、2019年対比でのマイナス基調が続いている。SRIのリサーチディレクターは、第3四半期については、「保険会社、販売会社は、パンデミックやソーシャルディスタンシングによって生じた業務上の障害をおおむね克服し、大半の商品ラインの販売額が第2四半期と比較して改善した。」としながら、「しかし、超低金利と市場の不透明感が続いているため、多くの投資家が模様眺めの状況にあり、個人年金市場は2019年の販売水準を下回っている」と述べている。

グラフ4は、リムラが6月25日に公表した販売担当者(アドバイザー)を対象に行った調査の結果から、顧客からアドバイザーが照会されそうな各懸念事項について、最も多く照会を受けるものをランク1とする5段階でのランク付けを求め、その分布状態をまとめたものである。

ランク1とランク2を顧客の懸念度合いが強いものと位置づけてグラフを見ると、この調査結果でも、最も顧客の懸念が強いのが「株式市場のボラティリティ」、次に懸念が強いのが「低金利」ということになる。調査対象のアドバイザーの選び方にもよるが、米国の個人年金消費者の購買動機や販売者の意識がよくわかる結果であると思う。
グラフ4 あなたが顧客から聞いている一番の懸念事項は何ですか?以下の各項目につき、顧客から聞く悩みの中で最も多いものを1としてランク付けしてください。

2――慎重な回復予想

2――慎重な回復予想

グラフ1の販売実績を見ると、第3四半期の販売額は、最も落ち込んだ第2四半期を大きく超えているし、3月半ばまでの2か月半は平常運転だった第1四半期にも迫る水準でもある。個人生命保険ビジネスのように、個人年金ビジネスも平常運転への回復基調にあると言えそうな気もする。

しかしSRIは、個人年金販売の回復見通しについては、かなり慎重なスタンスを採っている。個人年金に関しては、コロナ禍に伴うロックダウンやリモートの定着といった特有の問題だけでなく、コロナ禍を契機に強まった低金利状況の継続、景気の後退、雇用情勢の悪化、株式市場における変動性といった経済金融面の影響が強く意識されている。

SRIは6月8日に公表した「個人年金販売の将来展望—歴史は繰り返すのか?米国個人年金市場予想2020 – 2022(A Future View of U.S. Annuity Sales— Will History Repeat Itself? U.S. Individual Annuity Market Forecast 2020 – 2022)」と題するレポートの中で、2022年になるまで、個人年金販売額の2019年水準までの回復は達成されないと予測している。
以下、その概要を紹介する。
2020年の販売動向予想
 グラフ5は、業界関係者を対象に2020年の個人年金販売の見通しを聞いたものへの回答の分布状況である。4分の3の回答者が2020年の販売額は減少すると予測している。販売の大幅な減少を予測している回答者が1/3以上を占める。
グラフ5 2020年の個人年金販売動向の業界関係者による見通し(アンケート結果の分布状況)
2000年~2022年の販売予想
グラフ6は、商品タイプ別予測等の検討を行った後の、最終的な個人年金全体の販売額予測結果を表したものである。2020年~2022年の数値は、最大予測販売額と最小予測販売額が併示されている。

最小予測に則った場合、2020年の個人年金の総販売額は2019年に比べて15%減少する。

さらにSRIは2021年にも大きな改善は見られない可能性が高いとしている。ビジネス遂行上の混乱状況は継続する可能性が高い。その一方でゆっくりではあるが経済状況が改善され、新しいテクノロジーも登場する。それらを総合して、2021年は対2020年で1桁台の成長を達成することはできるだろう。ただし2019年の水準には及ばない。

2022年になると、経済状況や金利面の改善が続いて、保険会社は提供する商品やサービスに付加価値をつけることができるようになる。コロナを契機とするビジネスの混乱も最小限に抑えられるようになる。テクノロジーの進歩と活用も加速する。退職間近の人や退職済みの人達の人口が500万人増加するという人口構成上の変化もある。これらも手伝って、最大予測に従った場合には、販売額が2019年の水準をわずかに上回る可能性がある。
グラフ6 個人年金の総販売額(2015年~2019年)および予測販売額(2020年~2022年)

さいごに

さいごに

上記の予測では、金利や経済環境の改善とテクノロジーの進歩という希望的な要素を加えても、2022年までは販売水準の回復が見込めない、場合によってはもっと回復が先送りされるかもしれないという慎重な予測が行われている。わが国の生保会社がずっと苦しんできた低金利状態の持続が、たいへん重い足かせとして意識されていることが印象深い。

次回は、個別の商品タイプに焦点をあてて、米国個人年金市場をもう少し詳しく見てみたい。
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松岡 博司

研究・専門分野

(2020年11月10日「保険・年金フォーカス」)

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