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20年を迎えた介護保険の再考(13)総合事業と「通いの場」-局所的な議論にとどめない工夫を
保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
4――総合事業や「通いの場」の問題点
次に、総合事業や「通いの場」の問題として、(1)保険料転用の問題点、(2)住民の善意を金銭で評価する問題点、(3)局所的な話で全体を動かそうとしている問題点――という3点を説明します。
1番目の論点については、「総合事業が複雑になった理由」で説明しました。つまり、要介護・要支援認定を受けた人に対するサービス給付を前提として、介護保険の保険料を強制徴収しているのに、要介護・要支援認定を受けていない人にも受益が行き渡るような制度を作った整合性です。
この整合性は細かいように見えるかもしれませんが、「予防」の議論に結び付けざるを得なくなる点で、実は本質的な問題を秘めています。つまり、保険料を事業に充当する以上、保険料を支払っている被保険者に対して、「予防事業を通じて保険給付が減れば、保険料が抑えられるため、被保険者にも受益が行き渡る」と説明せざるを得なくなります。
これが果たして現実的なのか、筆者には分からない4のですが。要は「予防の強化→保険事故の減少→保険財政の改善→保険料の減少→被保険者の利益」という経路に期待せざるを得なくなり、結果的に「費用抑制のための健康づくり」という説明にならざるを得なくなります。つまり、どんなに丁寧に説明しても、保険財源を用いた予防の強化論議が財源問題と結び付くのは、この辺りの不整合から生まれていると言えます。
しかし、私たちが「健康であり続けたい」と思うのは自分のためであり、「将来の医療・介護費用を抑制するため、自分の健康を維持する」なんて考える人は恐らく皆無でしょう。さらに、身体的な健康を「コスト抑制のために必要」と言い過ぎると、病気や障害がある人が「カネを使う人」と見なされてしまい、生きにくさを感じるかもしれません。こういったマイナス面を内包する不整合には充分、気を付ける必要があると思います。
4 厚生労働省の「健康寿命のあり方に関する有識者研究会」が2019年3月に取りまとめた報告書では、予防や健康づくりによる介護費の抑制効果について、「医療費に比べると、より効果が期待できるのではないか」との意見が記された。
次に、住民の善意を金銭で評価する問題点です。少し過激な言い方に映るかもしれませんが、住民の目線で考えてみましょう。住民主体で支え合いとか、認知症カフェなどを主催している住民は一体、誰のために実施しているのでしょうか。行政が住民に依頼している官製の場を除けば、住民は「お世話になった人が認知症になったので、助けたいと思った」「自分が要介護状態にならないように仲間を呼んで楽しく集まっている」といった形で自発的あるいは内発的な動機を持っており、「自分のため」という利己心と、「他人のため」という利他心がないまぜになっていると思います。
実際、コミュニティカフェの開設者に対するアンケート調査に「開設理由」(複数回答可)を尋ねる設問項目があり、第1位として選ばれた回答としては、「住民が交流する場所を作りたかった」(26.7%)、「子ども・障害者、高齢者・不登校児などの居場所を作りたかった」(21.7%)、「地域を活性化させたかった」(13.6%)、「働く場所を作りたかった」(13.1%)という項目が多かったようです5。
一方、総合事業や「通いの場」は「介護保険財政の持続可能性を確保するため、主体を多様化する。そのために金銭的なインセンティブを付与する」という論理構造になっています。かなり割り切った言葉で要約すると、「介護保険の財政が大変なので、住民を巻き込んで『担い手』を増やす。そのために介護保険からカネを渡す」という趣旨と言えます。
ただ、住民から見れば、介護保険財政とか、行政の都合に巻き込まれる理由はありません。さらに、「担い手」になるためにカフェを開くわけじゃないし、自発的な善意は金銭的な利益を目的としていません(思いが先行し過ぎて、採算性が軽視される欠点もありますが)。つまり、「地域の支え合いで他人を助けたい、将来的には自分も助かるかも」と考える住民と、制度の持続可能性を優先して住民の善意に対してカネを付ける考えに傾く行政との間ではギャップが生じやすいということです。
むしろ、行政がカネを出す逆効果も懸念されます。金銭的なインセンティブとは別の意図で活動していた住民が「市町村から色々と言われるのはイヤ」などと考えると、住民が集まる場を止めてしまうかもしれません。
この点については、「金銭的インセンティブをはじめとする市場メカニズムは、非市場的規範を締め出す」という哲学者、マイケル・サンデルの指摘と符合します6。厳しい言い方になるかもしれませんが、「住民の善意にカネを渡せば、支え合いの場ができる」というほど簡単な話じゃないと思います。
5 倉持香苗(2014)『コミュニティカフェと地域社会』明石書店を参照。2011年11月に実施した調査であり、有効回答数は337件。
6 Michael J.Sandel(2012)“What Money can't Buy The Moral Limits of Markets”[鬼澤忍訳(2012)『それをお金で買いますか―市場主義の限界』早川書房p162]
3番目の問題点として、総合事業や「通いの場」は制度全体で見れば局所的な話なのに、介護保険制度や地域福祉を動かそうとしていることが挙げられます。例えば、財政規模で見ると、介護保険の財政規模は2018年度ベースで約10兆円(自己負担を含む)ですが、総合事業を含めた枠組みである「介護予防・生活支援サービス事業費」が約3,000億円、「通いの場」の財源となる一般介護予防事業は約300億円に過ぎず、全体に占めるシェアは非常に僅かです。
さらに法体系から見ても説明が付かない点があります。社会福祉全体を包摂する法律として社会福祉法が制定されており、高齢者福祉に関しては老人福祉法という法律があります。さらに老人福祉法の中に介護保険法が位置しており、総合事業とか、「通いの場」は介護保険のごく一部になります。
この構造を饅頭で言うと、全体が社会福祉法、皮の部分が老人福祉法、アンコが介護保険法、アンコの粒の一つが総合事業、あるいは通いの場という感じでしょうか。つまり、全体で見れば小さな部分の改正が近年、介護保険改正の「柱」の一つになっているわけです。
ただ、厚生労働省には気の毒な面もあります。本来は給付減や負担増を伴う制度改正を通じて、少しでも持続可能性を高めたいところですが、こうした選択肢には野党や国民、メディアの批判が絶えず寄せられます。しかし、こうした議論が政界で避けられているため、効果がハッキリしない予防に政策の中心が置かれていると言えます。言い換えると、民意に責任を持つ政治が給付減、負担増の議論に踏み込まないため、「重箱の隅の隅の隅」を突くような話に終始しているわけです。
5――総合事業などを上手く使う発想
このように局所的な部分が論じられがちな中、現場はどうすればいいのでしょうか。私の考えを一言で述べると、「局所的な話にこだわり過ぎるな」です。具体的には、「胴体」に相当する介護保険制度の基本的な考え方を理解せず、いきなり「尻尾」に飛び付いても全体像を捉えることはできません。利用者や専門職であれば「自己選択」などを掲げた制度の基本を学ぶことが重要と思います(そういう意図の下、本コラムで長広舌を振るっているのですが)。
さらに、市町村の職員であれば介護保険制度の理解とともに、地域の課題を分析したり、関係者と連携したりするアプローチが必要になると思います。確かに介護保険財政が逼迫する中、将来の給付抑制を意識すれば、総合事業や通いの場は「受け皿」として重要になると思いますが、これらは方法論の一つに過ぎません。市町村としては「上手く使うぐらいの感覚」で臨んで欲しいと思います。
例えば、住民主体の支え合いができている地区であれば、総合事業の予算を投入しなくてもいいし、「通いの場」を主催する住民との議論で「もう少し収入が増えれば、開催時間を長くできる」という話になれば、そこに予算を投入する形もあり得ます。あるいは住民同士の繋がりが薄い地域では、SNSを活用したり、「子育て」「まち歩き」などテーマに応じて場を設定したりすることで、少しずつ場を広げて行く方策もあり得ます。大都市部であれば民間企業の力を借りるのも一案かもしれません。
つまり、厚生労働省が制度を作った立場として、「どこまで総合事業の担い手を多様化したか」「どれだけ通いの場が増えたか」といった点に関心を持つのは止むを得ないにしても、現場は「制度を上手く使えばいい」という発想を持ち、地域の実情に沿った解決策を考えて欲しいと思います。
第10回でも述べましたが、課題解決のヒントは国のガイドラインにあるのではなく、足元にしかありません。そのためには地域の現状や将来像、課題、地域資源などについて、市町村が足元を見詰め直すことが求められると思います。
ただ、市町村に対する調査7を見ると、必ずしも期待できそうにありません。まず、住民主体の活動が進まない理由として、「担い手不足」を挙げる回答が多く挙がっています。これに対し、市町村が取った対応(複数回答可)を尋ねると、「講演・セミナー」「パンフレットやチラシの配布」「地域団体や地縁組織への協力依頼」が3割程度にとどまり、「いずれも実施していない」と答えている市町村が32.0%に及んでいます。この結果を見ると、市町村は「ウチの地域では担い手が少ない」と嘆いている割に、住民組織に出向かず、受け身の姿勢に終始しており、自発的な善意で場を開催する住民とギャップは大きいと思われます。
こうしたギャップについては、人口1万人規模の町役場で講演した5年ほど前に感じる機会がありました。筆者の講演は早朝に実施され、町役場の幹部や職員に加えて、当地で開業した訪問看護事業所の若手経営者も参加してくれたのですが、終わった後の意見交換会で町の担当者が「ウチの町に担い手がいない」と言い切ったため、私は「ゴミ出しの場所は町役場しか掃除していないんですか?」「お祭りは自治体直営ですか?」「朝から私の講演を聞いてくれた若手経営者は『担い手』候補なんじゃないですか?」と色をなしたことがあります。
さらに終了後、その経営者に誘われて事業所にお邪魔したところ、経営者が「ウチの地区では60歳代の女性が半年ほど前、地区の見守り活動を始めたんですが、町役場は知らないんですね」とボヤいたため、「まるで漫画みたいだけど、人口1万人の自治体でさえ、この状態だとすれば、規模が大きな他の自治体は住民との距離感が遠いので、推して量るべしだな」と思った記憶があります。市町村が現場で関与できる余地は多々あると思いますので、住民と連携した取り組みに期待したいと思います。
7 NTTデータ経営研究所(2019)「介護予防・日常生活支援総合事業及び生活支援体制整備事業の実施状況に関する調査研究事業報告書」(2018年度老人保健健康増進等事業)を参照。有効回答は1,686団体。具体的には、4つの類型に分かれている訪問型サービスに関して「サービス上の課題」を尋ねた質問に対し、「実施主体や担い手がいない」と答えた市町村の比率は緩和した基準のサービス(Aサービス)で58.7%、住民主体型サービス(Bサービス)で72.5%、短期集中予防サービス(Cサービス)で48.5%、移動支援(Dサービス)で65.3%となり、いずれも回答項目の最多となった。複数回答。
6――おわりに
次回以降、他の制度との比較を通じて、介護保険を複眼的に考えます。折角、過去3回で市町村の役割に触れたので、次回では介護保険制度が「地方分権の試金石」と呼ばれた点を取り上げます。
(2020年09月09日「研究員の眼」)
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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