2020年09月01日

世界各国の金融政策・市場動向(2020年8月)-トルコで大幅な実質マイナス金利の弊害も

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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1.概要:FRBが「長期目標と金融政策戦略」の修正を公表

8月に世界各国1で実施された金融政策および、株価・為替の動きは以下の通り。
 

【8月金融政策】

【8 月金融政策】

【8月の株価・対ドル為替レートの動き】
・米国を中心に先進国株価が上昇をけん引、世界株価指数は最高値を更新した(図表1)
・全体的にドルが弱含む状況が続く一方で、一部の新興国では自国通貨安が進んだ(図表2)

(図表1)世界株価の動向/(図表2)対ドル為替レートの動向
 
1 本稿では金融政策はG20について確認する。また、株価・為替についてはMSCI ACWIの指数を構成する49か国・地域について確認する。中国と記載した場合は中国本土を指し香港は除く。また、香港等の地域も含めて「国」と記載する。

2.金融政策:FRBは「長期目標と金融政策戦略」の修正を公表、新興国の一部は継続利下げ

8月の各国の金融政策は、先進国ではFRBが「長期目標と金融政策戦略」の修正に合意したことを発表した。定例のFOMCとは別に、ジャクソンホールで開かれるパウエル議長の講演に合わせる形で修正された。修正内容については、(1)「物価と雇用の二大責務の記載順を従来の物価→雇用から雇用→物価とし2、より雇用を重視する形へ変更」、(2)「FF金利の下限制約について触れ、目標達成にあらゆる手段を講じる用意がある旨を記載」、(3)「物価目標について平均2%達成を目指す3と記載」、(4)「雇用最大化と物価安定は、安定した金融システムに依存するとして、金融システムリスクについて記載」であった。FOMCとは別に臨時で合意されたことはサプライズであったが、内容については予想通りだったと言える。

米国ではコロナ禍前には、失業率が歴史的低水準にあり雇用最大化は概ね達成されていたと評価できるだろう。一方でインフレ率は2%に届きにくい状況が続いていた。FRBは良好な雇用環境においてもインフレ率が高まらない環境では拙速に利上げをしないと表明した形になる。過度な緩和姿勢はバブル懸念となるが、低インフレが定着する前に緩和姿勢を強め、安定した物価を達成・維持する方が、結局は日本のように低インフレが定着し、デフレが懸念されることで金融政策の限界や低成長をもたらすことよりも好ましいと判断したとも言える。

一方で、平均2%の考え方(超過を許容する幅や期間)、雇用最大化が達成される前にインフレ率が大きく上昇した場合の考え方など、特に、緩和の出口に関する細かい方針は不透明である。現在はコロナ禍からの回復途中にあり、金融政策の出口までは遠いが、いずれはこうした出口に向けた具体的な方針を明示する必要が出てくるだろう。

新興国は、ブラジルが政策金利を引き下げている。ブラジルでは政策金利を2%として消費者物価(7月:前年同月比+2.31%)を下回る、実質マイナス金利の水準まで引き下げた形になる。なお、大幅な実質マイナス金利となっているトルコ(7月消費者物価:前年同月比+11.76%、政策金利:8.25%)では通貨安が進んでいたために利上げ観測も見られたものの、政策金利は据え置かれ、(低金利を志向する)政権の意向に沿う形となった。一方で、トルコ中銀は8月から資金供給オペの供給量を調整する形(政策金利での資金調達オペ供給量を削減し、より金利の高いオペ供給を増やす形)で、実態的な資金調達コストの高め誘導をはじめている。

米国や欧州の先進各国が実質金利でマイナス1%前後(政策金利0%前後、インフレ率1%前後)の金融環境のため、ブラジルのような若干の実質マイナス金利は、他国と比較して著しく低い水準となっている訳ではないが、トルコほど大幅なマイナスになると資金流出リスクも大きくなる。また、通貨安がさらに輸入物価を上昇させるという悪循環になりかねない。トルコ中銀は資金調達コストの高め誘導をしているが、通貨下落圧力はくすぶりやすい状況といえる。
 
2 雇用の最大化については、広範囲かつ包括的目標(a broad-based and inclusive goal)と位置づけ、雇用の不足(shortfalls)を評価すると修正している。
3 インフレ率が2%を下回る期間が続いていれば、しばらくインフレ率が2%を上回るように誘導することも明記している。

3.金融市場:株は米国中心に上昇、為替は若干のドル安

MSCI ACWIにおける月間騰落率を見ると、全体では前月比+6.0%、先進国が前月比+6.5%、新興国が前月比+2.4%となった。全体の指数および先進国は、年初来高値を更新したことになる。
(図表3)MSCI ACWI構成銘柄の国別騰落数 7月の株価は、先進国を中心に上昇基調が続き、指数ではウエイトが高い米国株が上昇をけん引した。新興国もおおむね上昇を続けているが、上昇の勢いは先進国と比較してやや鈍ってきているといえる(前掲図表1)。
国別の株価の動きを見ると、今月は前月比で49か国中36か国が上昇し(図表3)、特に先進国は23銘柄中21銘柄とほとんどの国で上昇した(図表4)4。水準6月の台湾・デンマーク・ニュージーランドに続き、7月は米国も過去最高値を更新している。米国ではGAFAMに代表される主力ハイテク株が好調に推移しており、これらの銘柄が全体の株価を押し上げている。
(図表4)各国の株価変動率
(図表5)MSCI ACWI構成通貨の通貨別騰落数 通貨の騰落率に関しては、対ドルの27カ国の貿易ウエイトで加重平均した実効為替レート(Narrow)が+0.1%、60カ国の貿易ウエイトで加重平均した実効為替レート(Broad)が前月比+0.3%となり、わずかだがドル安が進んだ5(前掲図表2)。
MSCI ACWIの構成通貨別に見ると、今月は38通貨中28通貨が対ドルで上昇(ドル安方向)、特に先進国通貨については円を除くすべての通貨が対ドルで上昇した(図表5・6)。
(図表6)各国の対ドル為替レート変動率
先月に引き続き、米実質金利の低下やマネーサプライの増加といった金融環境がドル安圧力として作用している一方で、新興国通貨については、前述の実質マイナス金利となっているブラジルやトルコでは下落が目立っており、実質マイナス金利による通貨安という弊害も見られる6。前述の通りブラジルでは実質マイナス金利の幅は小幅にとどまっているが、ボルソナロ大統領(財政支出拡充)と経済相(財政規律重視)が政策対立を深めているという状況も、レアル売りを後押しした。
 
4 先進国の中で下落したニュージーランドについては、8月25日以降、サイバー攻撃を受け、4日連続で取引が一時停止された。
5 名目実効為替レートは8月25日の前月末比で算出。
6 トルコでは、黒海で天然ガス田とみられるエネルギー資源を発見したとの報道を受け一時上昇する場面もあったが、長続きはしなかった。

 
(参考)主要国の新型コロナウィルス拡大後の金融政策一覧
 
 

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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2020年09月01日「経済・金融フラッシュ」)

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