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- 不動産投資における気候変動リスクとは?
コラム
2020年08月07日
気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)5によれば、気候変動による財務上の影響は「物理的リスク」と「移行リスク」に分けることができる6。また、物理的リスクには、急性と慢性がある。
移行リスクには、低炭素社会に移行する上で顕在化する可能性がある、政策・法律、技術、市場、評判の変化に伴うリスクがある。
不動産投資における物理的リスクは、異常気象などによる建物の損傷などの直接的な影響や一時的な稼働率低下などの間接的な影響によるものである。物理的リスクが高まれば、物件取得時にそのリスクを考慮することや、物件の運用時には建物の耐性を高めるための設備投資などが求められる可能性がある。ただし、災害大国とされる日本でも、投資適格な不動産において、異常気象によって甚大な被害を受けた例は実はそれほど多くない7。過去のJ-REITの被災状況を確認すると、西日本を中心とした平成30年7月豪雨では、一部の物件で漏水等の被害や営業時間短縮などがあったものの、物件の運用状況に重大な影響を及ぼすような被害はなかった(図表 3)。また、台風や豪雨などで物件が被害を受けた場合でも、損害保険により被害額が補償されるケースが多く、基本的には、損害保険によってリスクを軽減することが可能である。
- 急性リスク:台風や豪雨などの異常気象や洪水が激甚化することによるリスク
- 慢性リスク:海水面の上昇や平均気温の上昇などの長期的な変化によるリスク
移行リスクには、低炭素社会に移行する上で顕在化する可能性がある、政策・法律、技術、市場、評判の変化に伴うリスクがある。
- 政策・法律リスク:気候変動の悪影響の原因の制限や気候変動への適応促進に関する政策・規制変更によるリスクや訴訟・法的リスク
- 技術リスク:低炭素技術の開発や新技術への移行に伴うリスク
- 市場リスク:特定の製品やサービスの需要と供給の変化によるリスク
- 評判リスク:消費者の選好の変化や企業や業界に対する印象の変化によるリスク
不動産投資における物理的リスクは、異常気象などによる建物の損傷などの直接的な影響や一時的な稼働率低下などの間接的な影響によるものである。物理的リスクが高まれば、物件取得時にそのリスクを考慮することや、物件の運用時には建物の耐性を高めるための設備投資などが求められる可能性がある。ただし、災害大国とされる日本でも、投資適格な不動産において、異常気象によって甚大な被害を受けた例は実はそれほど多くない7。過去のJ-REITの被災状況を確認すると、西日本を中心とした平成30年7月豪雨では、一部の物件で漏水等の被害や営業時間短縮などがあったものの、物件の運用状況に重大な影響を及ぼすような被害はなかった(図表 3)。また、台風や豪雨などで物件が被害を受けた場合でも、損害保険により被害額が補償されるケースが多く、基本的には、損害保険によってリスクを軽減することが可能である。
損害保険料率の上昇は、自然災害が多発していることによる慢性の物理的リスクの一つである。J-REIT保有物件について、不動産セクター別にNOI(賃貸収入‐賃貸費用、賃貸純収益と言う)に対する損害保険料の比率を確認すると、小さい順に、賃貸住宅0.19%<オフィス0.25%<物流施設0.31%<ホテル0.37%<商業施設0.50%、となっている(図表 4)。また、損害保険料率が10%上昇すると仮定しても、NOIの押下げ幅は賃貸住宅▲0.02%<オフィス▲0.03%<物流施設▲0.03%<ホテル▲0.04%<商業施設▲0.05%、にとどまる。そのため、報道にあった損害保険料率の上昇が不動産投資収益に与える影響は限定的と言える。他にも慢性の物理的リスクとして、海水面の上昇による沿岸部の不動産価格下落や気候パターンの変化に伴う建物の管理・運営コストの上昇などが想定される。
気候変動には計量可能な面もあるが、異常気象などの発生確率やインパクトの大きさを事前に予見することは難しい。今後、異常気象の激甚化が継続することを想定するのであれば、なおさらだ。米経済学者フランク・ナイトは、リスクと不確実性は双方とも不確かな事象を指すが、リスクは先験的または統計的に計量可能であるのに対し、不確実性は計量できないと定義した9,10。この定義にもとづけば、気候変動による物理的リスクや移行リスクは、不確実性として捉えるべきものだろう。
日本においてもTCFDの提言に賛同し、気候関連情報の開示に向けて取り組む不動産関連企業が相次いでいる(図表 6)。足元では新型コロナウイルスのパンデミックへの対応のため、気候変動リスクの優先度が低下していると思われるが、中長期的には今回のパンデミックをきっかけに、気候変動リスクへの注目がさらに高まる可能性がある。石(2018)によれば、環境破壊により自然のシステムが随所で崩壊したことが、エイズや鳥インフルエンザ、SARSなどの新興感染症が出現した背景にあり、感染症リスクを抑制するためには、環境問題にも取り組んでいく必要性があるとのことだ11。いずれにしても、気候変動・環境問題が早期に解消に向かうことは想定しづらく、不動産業においても気候変動リスク等に対し、一層の実効性のある対応を求められることになるだろう。
日本においてもTCFDの提言に賛同し、気候関連情報の開示に向けて取り組む不動産関連企業が相次いでいる(図表 6)。足元では新型コロナウイルスのパンデミックへの対応のため、気候変動リスクの優先度が低下していると思われるが、中長期的には今回のパンデミックをきっかけに、気候変動リスクへの注目がさらに高まる可能性がある。石(2018)によれば、環境破壊により自然のシステムが随所で崩壊したことが、エイズや鳥インフルエンザ、SARSなどの新興感染症が出現した背景にあり、感染症リスクを抑制するためには、環境問題にも取り組んでいく必要性があるとのことだ11。いずれにしても、気候変動・環境問題が早期に解消に向かうことは想定しづらく、不動産業においても気候変動リスク等に対し、一層の実効性のある対応を求められることになるだろう。
1 独Germanwatch の直近の調査によれば、2018年に世界で異常気象による被害が最も大きかったのは日本であったとされる(独Germanwatch「Global Climate Risk Index 2020」)。
2 東京海上日動火災保険、損害保険ジャパン、三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険の4社。
3 日本経済新聞「損保大手、火災保険料6~8%上げ 災害多発で支払い増」(2020年7月8日、朝刊1面)
4 World Economic Forum (2020) “The Global Risks Report 2020”。各リスクの日本語訳は、世界経済フォーラム(2020), “炎上する惑星:気候変動の火種と政治的対立の燃え広がり~限界を迎えた惑星:気候変動がもたらす試練と政治的対立の猛威~”, 2020/1/15 を参照。
5 TFCDコンソーシアムによれば、TCFDは「G20の要請を受け、金融安定理事会(FSB)により、気候関連の情報開示及び金融機関の対応をどのように行うかを検討するため、マイケル・ブルームバーグ氏を委員長として設立された」タスクフォースである。
6 TCFD(2017)”Final Report: Recommendations of the Task Force on Climate-related Financial Disclosures”, 2017/6/15(日本語訳: 「最終報告書:気候関連財務所法開示タスクフォースによる提言」、2017年7月6日)
7 地震の例を確認すると、平成28年熊本地震では、イオンリート投資法人が保有していたイオンモール熊本で修繕費と固定資産除却損等をあわせて56憶円の特別損失を計上する例があった。
8 ジャパンリアルエステイト投資法人「気候変動への取り組み」(2020年8月5日閲覧時点)
9 Knight H.Frank. (1921). “Risk, Uncertainty and Profit”. Houghton Mifflin Company
10 リスクと不確実性の違いや、世界で不確実性が高まっている背景については、佐久間誠(2020)「不確実性の高まる世界において。不動産投資を再考する(1)-新型コロナウイルス出現は必然か?感染拡大により顕在化した不確実性」、不動産投資レポート、ニッセイ基礎研究所、2020年5月28日)を参照。
11 石弘之(2018)『感染症の世界史』、KADOKAWA
(2020年08月07日「研究員の眼」)
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経歴
- 【職歴】 2006年4月 住友信託銀行(現 三井住友信託銀行) 2013年10月 国際石油開発帝石(現 INPEX) 2015年9月 ニッセイ基礎研究所 2019年1月 ラサール不動産投資顧問 2020年5月 ニッセイ基礎研究所 2022年7月より現職 【加入団体等】 ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター ・日本証券アナリスト協会検定会員
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