コラム
2020年08月04日

20年を迎えた介護保険の再考(9)地域包括ケア-多義的で曖昧な言葉遣いに要注意?

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任   三原 岳

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4――プラスチック・ワードとは何か

プラスチック・ワードとは、ドイツの言語学者が考案した概念です9。元々は科学に起源を持つが、人口に膾炙するようになり、プラスチックのように形を変えて使われている割に、実は中身を伴っていない言葉を指しており、現場の実践から発した言葉が多義的かつ曖昧に変わった点で言うと、地域包括ケアと共通している面があります。

さらに、プラスチック・ワードは受け継がれてきた正確な単語に代わるだけでなく、その語を使うと威信が増すという特徴も持っており、こちらも地域包括ケアと共通しています。例えば、先に引用した通り、「最終的に目指すのが地域包括ケアシステムの構築だ」なんて書かれると、それっぽく見えてしまいます。実際、「地域包括ケア」の名前を冠したシンポジウムに参加すると、天邪鬼な筆者の眼には壇上の議論が噛み合っていないように映るのに、コーディネーターが「いずれも地域包括ケアには重要ですよね」などと水を向けた瞬間、壇上も会場も納得して議論が収束して行く場面を良く見掛けます。それだけ便利に使われやすく、それっぽく聞こえる点で一種の威厳を持つ言葉と言えます。

では、なぜ地域包括ケアという言葉は便利に使われやすいのでしょうか。その理由として、(1)給付抑制や負担増の反発を和らげる思惑、(2)世間の耳目を幅広く集める戦術――という2点を論じたいと思います。
 
9 Uwe Pörksen(1988)”Plastic Wörter”(糟谷啓介(2007)『プラスチック・ワード』藤原書店)を参照。

5――地域包括ケアという言葉が多用される背景の考察

1|給付抑制や負担増の反発を和らげる思惑
まず、給付抑制や負担増の反発を和らげる思惑です。介護保険は現在、給付増に直面しており、給付を抑制したり、負担を増やしたりする改革が必要になっています10。しかし、こうした選択肢は国民の反発を受けやすく、議会やメディアでも批判に晒されます。

こうした中、役所が「地域包括ケアの推進に向けて邁進して参ります」と言うと、何となく批判の矛先をかわせるかもしれません。例えば、先に触れた地域包括ケア病棟という名称が「護符」のように使われた話は典型例と言えるかもしれません。

さらに、2018年実施の介護保険制度改正に際して、政府は「地域包括ケアシステムの強化のための介護保険法等の一部を改正する法律」という長い法律名を提出したのですが、この中には自己負担増などを盛り込んでいました。ただ、既述した法律の定義に沿って地域包括ケアを理解すると、どうして介護保険の自己負担増が地域包括ケアの実現に繋がるのか、良く分からなくなってきます。敢えて国の意向を忖度(?!)すれば、「高齢者が地域で暮らすためには介護保険サービスが必要→ただ、介護保険財源は逼迫している→介護保険の自己負担を増やすことで、制度の持続可能性を確保」と読み取れますが、かなり迂遠な説明と言えます。

この点に気付いたのは数年前、筆者が地方議員向けに講演した時でした。その際、筆者が「皆さんの議会質問に対し、執行部は『いずれに致しましても、地域包括ケアシステムの構築に向けて邁進して参ります』なんて答えていませんか?」と質問すると、かなり多くの地方議員が「確かに…」という表情を見せました。つまり、役所から見ると、余り言質を与えず、便利に使え、しかも給付抑制や負担増などの話をオブラートに包める点で、非常に便利な言葉になっているのです。

筆者自身、財政状況や人手不足を踏まえると、介護保険の給付抑制や負担増は避けられないと考えています11が、こうした多義的かつ曖昧な説明では介護保険を巡る厳しい現実を国民に対して伝えられないのではないか、と懸念しています。
 
10 介護保険の厳しい状況については、2019年7月5日「介護保険制度が直面する「2つの不足」(上)」を参照。
11 介護保険を巡る財政状況などについては、拙稿2019年7月5日「介護保険制度が直面する『2つの不足』(上)」を参照。
2|世間の耳目を幅広く集める戦術
もう一つが世間の耳目を幅広く集める戦術としての側面です。具体的には、イベントやパンフレットなどに「地域包括ケア時代における◎◎経営」といった形で地域包括ケアの言葉を付けると、幅広い層の関心を惹き付けることができます。既述した通り、地域包括ケアは多義的な概念であり、幅広く意味で使われている分、様々な関係者の興味を惹きやすく、集客などに貢献しやすい面があるためです。

少し一例を挙げましょう。仮にイベント名を「在宅ケア時代の医療機関経営」とすると、恐らく医療関係者にしか興味を持ってもらえないでしょう。さらに、「住民主体のまちづくり」なんてイベント名では、興味を持つのは行政と市民組織だけになります。そこで、「地域包括ケア時代のまちづくりと人材育成」という形にすれば、行政関係者だけでなく、医療・介護従事者にも興味を持ってもらえるかもしれません。

もちろん、イベントを企画する立場で言えば、少しでも参加者を増やしたいと考えるのは当然ですし、筆者自身も有志と一緒にイベント企画に関わった際、こうした判断を下したことがあります。

しかし、こうした言葉の使い方が地域包括ケアの理解を一層、曖昧にして多義的にしている面があると思います。

6――地域包括ケアという言葉を聞いた時の構造的な整理(私見)

天邪鬼な筆者は「地域包括ケア」という言葉を聞いた瞬間、別の言葉に置き換えることで、議論の内容や文脈を理解するよう心掛けています。具体的には、図の通り、先に触れた地域医療介護総合確保推進法の定義に従って、「医療」「介護」「介護予防」「住まい」「日常生活支援」に階層的に整理し、木のような形のツリー構造にして、議論を考える方法です。

例えば、「医療」には在宅医療や病床機能の分化(急性期病床の削減)、在宅医や訪問看護の増加、医療機関同士の連携などが入って来ますし、地域包括ケアという言葉が財源確保や介護離職の防止などで使われた場合も「介護」の項目にブラ下げることができます。さらに、医療・介護連携とか、認知症ケアの場合、複数の分野にまたがるため、「医療と介護」「介護と生活支援」といった形で接続して理解できます。

こうした階層的な整理は公共政策学に関する書籍12に登場する基本的な方法であり、政策評価の大前提です。逆に言うと、階層的に整理されていないと、施策の構造や施策同士の関係性が明らかにならず、政策評価が難しくなるのですが、地域包括ケアの各種施策を階層的に整理した資料を見たことがありません。別に筆者の整理が絶対的に正しいという気はありませんが、今のような曖昧かつ多義的な言葉遣いが続く中で、「地域包括ケア」の進捗や課題をどうやって評価するのでしょうか。
図:公共政策の階層性を示すツリー構造のイメージ
 
12 秋吉貴雄ほか編著(2015)『公共政策学の基礎』有斐閣pp33-34を参照。

7――おわりに

今回は介護保険制度改正で論じられる「地域包括ケア」という言葉の淵源を探り、多義的かつ曖昧に使われている実情や背景を考察しましたが、少し毒を含んだ拙稿を「挙げ足を取っている」と思われたかもしれません。別に筆者自身、地域包括ケアの考え方に異論はありませんし、「地域包括ケアはまちづくり」といった形で、日常生活やイベント名で曖昧に使うことを否定する気もありません。

しかし、政策を作る際、言葉の定義は非常に重要です。具体的には、言葉が何を意味しているのか、どことリンクしているのか、関係者は誰か、どういう状態になったら「成功」と言えるのか、といった点を考える時、言葉の定義が曖昧だと、議論も思考も先に進みません。

やや厳しい言い方かもしれませんが、現状は給付減や負担増などを伴う制度改正を後追い的に説明するため、「地域包括ケア」という言葉が煙幕あるいは護符として使われている印象も持ちます。その結果、財源と人手の不足に直面している介護保険の窮状が国民に伝わりにくくなり、政策の進捗状況も評価できなくなっている状況を憂慮しています。新たにスタートする地域共生社会は地域包括ケアよりも広範な分野にまたがっており、折角の素晴らしい発想や取り組みが同じような展開にならないか憂慮しています。

第10回についても、やはり言葉遣いにこだわります。第10回は「自立支援」「保険者機能」という言葉を考えます。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2020年08月04日「研究員の眼」)

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