コラム
2020年08月04日

20年を迎えた介護保険の再考(9)地域包括ケア-多義的で曖昧な言葉遣いに要注意?

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~地域包括ケアとは何か?~

加齢による要介護リスクをカバーするための社会保険制度として、介護保険制度が発足して4月で20年を迎えました。第8回まで介護保険制度の創設に至る議論や考え方を踏まえつつ、ケアマネジメント(居宅介護支援)などについて解説を試みました。まだまだ論点は多いのですが、今回から近年の制度改正について考察します。その際、天邪鬼(あまのじゃく)な視点として、制度改正論議を斜めから論じます。

第9回は近年の制度改正で頻繁に耳にする「地域包括ケア」を考えます。具体的には、この言葉が使われ始めた経緯や多義性、曖昧性を考察するとともに、政策形成プロセスや現場で多用される背景として、給付抑制や負担増の反発を和らげる思惑が秘められている点を論じることにします。

2――地域包括ケアという言葉の意味

1|多義的であいまいな言葉遣い
介護保険制度については、地域包括ケアシステムの構築こそが最大の課題――。現在の制度改正の方向性を定めた2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書には、こうした一節があります。ところが、その少し前には地域包括ケアシステムについて、「介護保険制度の枠内では完結しない」と記しています。後で見る通り、地域包括ケアの定義を丹念に考察すれば、両者は決して矛盾していないのですが、「枠内で完結しないのに、最大の課題」とは一見すると良く分からない言葉遣いです。

さらに事例を挙げましょう。検索エンジンでヒットした記事、あるいは専門誌などで見掛けた記事を再構成しました。そんなに特別な内容ではなく、「良く見掛ける記事」ではないか、と思います。

 (1) 要介護度が高くなっても、住み慣れた地域での生活を可能にすることを目指す「地域包括ケアシステム」の構築が急がれており、健康維持や疾病・介護予防が重要になります。

(2) 高齢者が住みたい地域で健康に暮らせる社会を目指し、コミュニティを基盤にしつつ、公的保険外サービスとして新たなビジネスを創出し、「地域包括ケアシステム」の構築に繋げます。

(3) 医療機関では「地域包括ケア」関連事業として、患者情報を共有するシステムが普及しています。

(4) 年齢に関わらず、支援を必要とする人が広く利用できる使いやすい制度の構築が必要であり、最終的に目指すのが「地域包括ケアシステム」の構築です。

(5) 住民主体による地域づくりやボランティア活動の活性化などを通じて、「地域包括ケアシステム」の構築に繋げて行きます。

(6) 認知症の人が外出しやすい環境を整備する上で、住民や民間事業者の協力が欠かせず、地域包括ケアの考え方は、まちづくりに通じている。
 
それぞれ全て重要なテーマであり、その必要性を否定する気は全くありません。しかし、天邪鬼な私の目から見ると、それぞれの記事は異なる文脈で「地域包括ケア」という言葉が使われていることが気になります。具体的には、(1)は介護予防、(2)第2回で述べた保険外サービス、(3)多職種・多機関連携、(4)は高齢者に限らない形の普遍的な福祉制度の確立、(5)~(6)は地域づくりや住民参加を強調する文脈です。それぞれの記事では「分かったような気になる」のですが、かなり多義的かつ曖昧に使われていることに気付きます。増してや、(5)は地域包括ケアを目標に位置付けていますが、(6)は地域包括ケアをまちづくりの方法論と理解しているように読み取れます。こうして見ると、トータルとして「地域包括ケア」という言葉が何を意味するのか良く分からなくなってきます。
2|法律上の定義
では、制度的にどう定義されているのでしょうか。厚生労働省の「高齢者介護研究会」が2003年6月に公表した報告書で、「地域包括ケアシステム」という言葉が使われた後、言葉の定義が2012年の改正介護保険法、2014年制定の地域医療介護総合確保推進法に盛り込まれました。

このうち、2012年改正介護保険法の定義は長いため、地域医療介護総合確保推進法の規定を見ると、下記のように定義されています。
 
地域の実情に応じて、高齢者が可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、医療、介護、介護予防、住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制。

つまり、高齢者の在宅生活を支援するため、医療、介護、介護予防、生活支援、住まいを一体的に提供することを目的としていることが分かります。もちろん、これは重要な方向性であり、天邪鬼な私も含めて、その重要性を否定する人は恐らく誰もいないと思います。
3|地域包括ケアの「植木鉢」
さらに、地域包括ケアシステムを構成する要素として、「植木鉢」に例えられた図が国から示されています。この図で、医療や介護などのサービスは「葉」、すまいとすまい方は暮らしの基盤として「鉢」に位置付けられています。さらに、介護予防や生活支援が充実しなければ「葉」が生きてこないため、養分を含んだ「土」に相当するとされ、生活を支える上では、本人と家族の心構えが重要になるため、自己決定を表す「皿」に位置付けられています。

詳細は厚生労働省のウエブサイトなどでご確認いただくとして、これは元々、介護、医療、予防、住まい、生活支援の円が桔梗(大河ドラマで見掛ける明智光秀の家紋ですね)のマークのように並ぶ図からスタートし、変遷を積み重ねて現在の姿になっています。さらに、鉢で使われている言葉も微妙に変遷しているため、関係者の間で様々な議論を経たようです。
4|「地域包括」が使われている2つの制度(1)~地域包括支援センター~
ややこしいことに「地域包括」という言葉が使われている制度があります。例えば、中学校区単位で設置されている「地域包括支援センター」であり、厚生労働省OBは介護保険だけでなく、障害者や児童相談なども含めた「地域のプラットフォームになる」という期待の下、敢えて「介護保険」「高齢者」という名称を付けなかったと説明しています1。研究者や専門職などと話していると、「地域包括ケアは高齢者だけを意味しない」という意見も耳にします。

しかし、先に述べた通り、地域包括ケアの法律的な定義は「高齢者」を想定しており、障害者や子育てなどは含まれていません。実際、地域包括ケアの文脈で語られる施策の多くは高齢者介護に関係しています。

つまり、地域包括ケアの対象範囲は高齢者なのか、それ以外もターゲットに据えるのか、定義や見解が分かれているのです。

しかも、近年は高齢者、障害者、子育てなど分野や縦割りにこだわらずに支援する「地域共生社会」の必要性も論じられており、一部では「地域包括ケアから地域共生社会へ」というフレーズを耳にします。実際、介護保険制度を所管する老健局が2019年3月に策定した『これからの地域づくり戦略』では、地域共生社会の重要性を強調している一方、なぜか「地域包括ケア」の言葉が使われておらず、非常に分かりにくいと言わざるを得ません。

地域共生社会については、今年の通常国会で関係法が成立し、今から本格スタートする段階なので、詳しい議論と野暮な突っ込みは避けますが、こういう風に整理すると、「地域包括ケアは一体、何なのか」「地域共生社会との違いは何なのか」という疑問が沸いて来るのではないでしょうか。

筆者は法律や閣議決定などの定義に沿って、地域包括ケアを高齢者向け施策と理解する一方、地域共生社会は高齢者、障害者、子育てなどを包摂していると考えています2が、この整理が果たして正しいのか自信が持てません。
 
1 中村秀一(2019)『平成の社会保障』社会保険出版社pp319-320。
2 ここでは詳述を避けるが、2016年6月に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」は地域共生社会について、「子供・高齢者・障害者など全ての人々が地域、暮らし、生きがいを共に創り、高め合うことができる(筆者注:社会)」としており、法律上は高齢者に限定した定義となっている地域包括ケアと明らかに異なる。
5|「地域包括」が使われている2つの制度(2)~地域包括ケア病棟~
地域包括ケアを冠した制度としては、診療報酬上の「地域包括ケア病棟」があります。こちらは2014年度診療報酬改定で創設された仕組みであり、厚生労働省の説明資料によると、「急性期後の受入をはじめとする地域包括ケアシステムを支える病棟の充実が求められていることから新たな評価を新設」とのことです。つまり、手術を受けた後、病状が安定した高齢者の在宅復帰を支援するのが目的とされており、「地域包括ケア病棟を通じて、病院から在宅への移行をスムーズにすれば、住み慣れた地域で日常生活を送ることができるようになり、地域包括ケアに繋がる」と説明できるかもしれません。

しかし、実際には業界団体の反発を「迂回」する目的が秘められていました。話は2006年度診療報酬改定に遡ります。この時の改定で、厚生労働省が急性期病床の機能を明確にする観点に立ち、患者7人に対して看護師1人を配置する「7:1基準」について単価を手厚く設定したところ、当初の想定以上に7:1基準を取得する医療機関が続出。これが医療費を押し上げる結果を招いたため、厚生労働省は急性期病床の圧縮に向けて、都道府県を主体に医療提供体制を改革する「地域医療構想」3を制度化するとともに、2年に1回の診療報酬改定でも取得基準の厳格化などに臨んでいます。

地域包括ケア病棟が創設された2014年度改定に際しても、厚生労働省は「亜急性期病棟」という考え方を提示しつつ、その機能の一つに「在宅患者の緊急時受入れ」を位置付けたようとしたところ、日本医師会が「高齢者だからといって、急変時に亜急性期病床でもいいだろう、安上がりに済ませようという意図が見える」と反発しました4

そこで、何かと批判を招く「亜急性期」という単語の代わりに、「地域包括ケア病棟」という名称が付いた経緯があります。実際、当時の専門誌では「誰も反対のしようのない『地域包括ケア』という護符の如き名称を付してみたら、あら不思議。反対は沙汰やみに」と揶揄されていました5
 
3 地域医療構想については、過去の拙稿を参照。2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」、2019年11月1日「『調整会議の活性化』とは、どのような状態を目指すのか」。コロナ禍の影響に関しては、拙稿2020年5月15日「新型コロナがもたらす2つの『回帰』現象」も参照。
4 2013年11月1日中央社会保険医療協議会議事録における日本医師会の中川俊男副会長(当時)の発言。
5 2014年4月15日『医薬経済』。

3――地域包括ケアという言葉の淵源

では、いつから地域包括ケアという言葉が使われ始めたのでしょうか。国会図書館の国会会議録で「地域包括ケア」という言葉を検索すると、1994年6月が初出になります。この時は改正健康保険法が審議にされ、広島県尾道市(当時は御調町)の公立みつぎ総合病院長の山口昇氏が参考人として参加。山口氏は「20年前から在宅ケア、在宅医療に取り組んでまいりました」「寝たきりゼロを目指して保健、医療、福祉の連携システムを構築いたしました」「これを地域包括ケアシステムと呼んでおります」と述べました6。さらに、山口氏は以下の4点を地域包括ケアシステムの取組事例として列挙しました。
 
  • 在宅ケアの整備:在宅ケア、訪問看護、訪問リハビリを開始した。「寝たきり老人」が非常に多かったため、病院で患者を待つ「待ちの医療」を転換し、在宅に出向く「地域へ出ていく医療」に転換した。
     
  • 町役場の保健・福祉部門を病院に併設:町役場の保健と福祉の部署を病院に取り込むとともに、「健康管理センター」を設置し、病院の医療と保健行政、福祉行政を統合した。この結果、保健医療スタッフと福祉スタッフの連携による在宅ケアを展開できるようになっている。
     
  • 病院と健康管理センターの周辺に福祉施設を建設:病院と行政の健康管理センターの周辺に保健福祉施設を合築または併設することで、保健・医療・福祉の一体的なケアを強化している。
     
  • 住民参加:約1,300人の住民をボランティアとして募り、健康づくりの活動などに従事してもらっている。

さらに山口氏の書籍7では、地域包括ケアを「保健・医療・福祉の連携による、高齢社会を視野に入れた、住民の健康づくりからアフターケアまでを含む住民参加のシステム」と説明しています。公立病院を中心にした行政主体のモデルは独特であり、ダイレクトに他の地域に拡大するのは難しいと思いますが、筆者自身、世の中に出回っている地域包括ケアの書籍や論考よりも、この本が最も本質的な内容を含んでいると考えています。このほか、過疎地に立地する国民健康保険病院または診療所は早い段階から「地域包括ケア」を掲げて、同様の取り組みを地道に展開して来ましたし、社会福祉法人を中心とした新潟県長岡市の好事例などもあります8

では、地道な取り組みが蓄積され、法律的な定義も明確なのに、なぜ多義的かつ曖昧に使われるのでしょうか。以下、言語学の「プラスチック・ワード」という概念を用いて、その理由を探って行きます。
 
6 第129回国会会議録1994年6月10日衆議院厚生委員会における発言。
7 山口昇(1992)『寝たきり老人ゼロ作戦』家の光協会p148。
8 長岡市のこぶし園を中心とした取り組みを指す。詳細については、辻哲夫ほか編著(2019)『小山剛の仕事』第一法規、荻野浩基編(2016)『小山剛の拓いた社会福祉』中央法規出版を参照。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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