2020年08月04日

新型コロナによるデジタル化がもたらしたオフィス市場の不確実性-不確実性の高まる世界において。不動産投資を再考する(4)

金融研究部 准主任研究員   佐久間 誠

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4――オフィスのスマート化がもたらす不動産業のサービス化

デジタル化は長期的に、オフィスを進化させ、不動産業の在り方を再定義するきっかけになる可能性がある。つまり、オフィスというフィジカル空間にデジタル空間を取り込み、オフィスが仕事のプラットフォームとしての更なる進化を遂げ、また不動産会社が自らの役割をプラットフォーマーして再定義するきっかけになる可能性がある。また、それこそがデジタル化の脅威に対抗する本質的な方法ではないだろうか。

デジタル化の歴史を紐解くと、これまでデジタル技術の進歩は、デジタル空間の範囲やインターフェース(接点)を次々と変化させてきた。そして、その変化によって、新しいプラットフォームが誕生し、IT業界の勢力図を塗り替えてきた(図表 3)。
図表 3:デジタル技術の進歩とプラットフォーマーの誕生
現在、我々とデジタル空間をつなぐインターフェースはパソコンやスマホ、タブレットなどである。しかし、AIカメラやAIスピーカー、センサーなどが普及していけば、手ぶらでも常時デジタル空間と繋がることが可能になる。つまり、インターフェースが手元のデジタル機器からスマートオフィスやスマートシティなどに代わり、デジタル空間が建物内や街全体に拡大し、新たなプラットフォームが生まれることになる。その是非はさておき、中国では監視カメラがはりめぐらされ、すでに街がデジタル空間のインターフェースとなりつつある。日本においても、三井不動産とKDDIが5Gを活用したオフィスのデジタルトランスフォーメーション(DX)を進める基本合意を締結するなど15、オフィスのデジタル化に向けた布石を打つ事例がある。

そこで、オフィスのデジタル変革によるスマート化が、オフィスをどのように再定義し得るのかについて、述べたい。オフィスのスマート化を進めることで、オフィスは「(1)モニタリング、(2)制御、(3)最適化、(4)自律性」16の機能を得ることになる(図表 4)。
図表 4:スマート化の進展により追加されるオフィスの機能
オフィスの利用状況をモニターすることが可能になれば、現在は自社所有もしくは賃貸が一般的なオフィスを、利用量に基づいた従量制(契約の短期化)とすることができる。また、オフィスの利用状況だけでなく、オフィスにおける生産性なども測定し、収益拡大やコスト削減に向けて最適化できるようになれば、成果に応じて賃料を支払うといったことも可能だ(図表 5)。つまり、オフィスがオペレーショナル・アセットになることを意味する。オフィスのスマート化によりオフィスのオペレーショナル・アセット化が進めば、賃貸借契約ではなく、コワーキングスペースなどで見られるような利用契約とするケースが増えるだろう。また、オフィスを「1人あたり面積」ではなく「利用量あたり料金」、そして「利用価値に対した対価」といった尺度で捉えるようになる可能性もある。
図表 5:オフィスのスマート化によるビジネスモデルのサービス化
デジタル化の進行によりオフィスのサービス化が進み、オフィスはその利用を目的としたハードではなく、顧客に価値を届けるソフトになる。米ジェネラル・エレクトリックは、航空機エンジンのデジタル化によって、それまでのエンジンの売り切りと保守・管理によるハードを中心としたビジネスモデルから、最適なフライトパターンを提案するなどソリューションを提供することで対価を得るようなサービスを中心としたビジネスモデルに転換した。こうしたビジネスモデルのサービス化が不動産業においても起き得るのではないだろうか。

ただし、資本集約的で、供給量の調節にタイムラグがある不動産を真の意味でデジタル化していくのは容易ではない。というのも、建物というハードのデジタル化は、技術が進歩し、多額の投資を行えば可能だが、ビジネスモデルをITプラットフォーマーのように、ソフトを中心としたサービス業へと変革するには時間を要するためである。シェアオフィス大手の米WeWorkやホテルチェーン大手の印OYOは、オフィスや賃貸住宅のデジタル化、サービス化を進めてきたが、現在は岐路に立たされており、不動産業をサービス化することの難しさを示唆している。他の産業同様、不動産もデジタル化の波から逃れることはできないが、デジタル化の範囲や速度については慎重に見定める必要があるのではないだろうか。
 
15 三井不動産(2020)によれば、KDDI 本社や KDDI DIGITAL GATE(KDDI の 5G ビジネスの開発拠点)における実証実験から開始し、2021 年 4 月に日本橋室町三井タワーに5Gのネットワーク環境を構築する計画。
16 Porter・Heppelmann(2014)
 

5――おわりに

5――おわりに

スタンフォード大学のウォルター・シャイデル教授は、感染症は過去に不動産価格の急落を招いてきたとしている17。感染症により労働力が急減したことで、不動産の稼働率が低下したためである。しかし、今回のパンデミックにおいては、(1)新型コロナウイルス感染症による死亡者が過去のパンデミックと比較して少ない、(2)グローバル経済の第一次産業への依存度が低下している、(3)生産における労働力の重要性が低下している、ことから過去のパンデミックで見られたような実質賃金の上昇や不動産価格の急落は発生しないと予想している18

現在は、一様に不動産価格や賃料が下落するといった事態とはなっていない。2007年以降の世界金融危機と異なり、金融市場でカネ詰まりはおきておらず、むしろカネ余りの様相を呈していることもある。シャイデル氏が指摘したように、新型コロナウイルス感染症による死者数は67万人19にのぼるが、それでも14世紀のペストでの7,500万人、1918年からのスペイン・インフルエンザの5,000 万人20と比較すると死者数は少ない。加えて、ビジネスを継続するためにデジタル技術が果たした役割は大きい。

新型コロナによるデジタル化の加速は同時に、オフィス市場に創造的破壊が起こる可能性を高めた。この不確実性が顕在化するかどうかを結論付けるのは現時点においては困難である。しかし、顕在化した場合の脅威を考慮すれば、一定の備えをすることが求められるのではないだろうか。

いずれにしても、「フィジカル空間」である不動産と「デジタル空間」は、需要を食い合う代替関係にも、互いに需要を高めあう補完関係にもなり得る。今後もデジタル化という長期トレンドが続くことについては疑う余地がなく、いかにデジタル化の脅威もしくはチャンスと付き合っていくかは、不動産業の根幹を揺るがしかねない、長期的かつ本質的な課題である21
 
17 Scheidel(2017)
18 Scheidel(2020)
19 Johns Hopkins大学、2020年7月31日時点。
20 加藤(2013)
21 新型コロナウイルスのパンデミックは、デジタル化による不確実性以外にも、「行動変容」と「賃貸借契約」による不確実性を高めたと考えられ、それらについては次稿以降で述べる。

参考文献
  • IMF(2020), “World Economic Outlook, April 2020 : The Great Lockdown”, 2020年4月14日, https://www.imf.org/en/Publications/WEO/Issues/2020/04/14/weo-april-2020
  • Porter, Michael E・Heppelmann, James E(2014)”How Smart, Connected Products Are Transforming Competition”, HBR, November 2014, (邦訳4「接続機能を持つスマート製品」が変えるIoT時代の競争戦略), 有賀裕子訳, ダイヤモンド社『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』, 2015年4月号)
  • Scheidel, Walter(2017), “The Great Leveler: Violence and the History of Inequality from the Stone Age to the Twenty-first Century”, Princeton Univ Pr, (邦訳『暴力と不平等の人類史: 戦争・革命・崩壊・疫病』, 鬼澤 忍・塩原 通緒訳, 東洋経済新報社, 2019年)
  • Scheidel, Walter(2020), “Why the Wealthy Fear Pandemics”, The New York Times, 2020年4月9日, https://www.nytimes.com/2020/04/09/opinion/sunday/coronavirus-economy-history.html
  • 加藤 茂孝(2013)『人類と感染症の歴史 - 未知なる恐怖を超えて-』、丸善出版
  • ザイマックス不動産総合研究所(2020)「コロナ危機における企業の働き方とワークプレイス」、2020年7月15日、https://soken.xymax.co.jp/2020/07/15/2007-covid19_workstyle_survey/
  • 佐久間誠(2020a)「不確実性の高まる世界において。不動産投資を再考する(1)-新型コロナウイルス出現は必然か?感染拡大により顕在化した不確実性」、不動産投資レポート、ニッセイ基礎研究所、2020年5月28日、
    https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64554?site=nli
  • 佐久間誠(2020b)「不確実性の高まる世界において。不動産投資を再考する(2)-世界金融危機時のパフォーマンスから不動産のリスクと不確実性を考察する」、不動産投資レポート、ニッセイ基礎研究所、2020年6月24日、
    https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64772?site=nli
  • 佐久間誠(2020c)「新型コロナによる大封鎖が不動産市場に与えた影響-不確実性の高まる世界において。不動産投資を再考する(3)」、不動産投資レポート、ニッセイ基礎研究所、2020年7月28日、https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=65018?site=nli
  • 内閣府(2020a)「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」、2020年6月21日
  • 内閣府(2020b)「経済財政運営と改革の基本方針2020 について」、2020年7月17日
  • 日本経済新聞(2020a) 「マイクロソフト、クラウド逼迫? 純利益、1~3月過去最高も…「チームズ」利用急増」、日本経済新聞、2020年5月1日、朝刊14面
  • 日本経済新聞(2020b) 「忍び寄るオフィス不要論」、日本経済新聞、2020年5月15日、朝刊15面
  • 日本経済新聞(2020c) 「日立、週2~3日出社 在宅前提に脱・時間管理」、日本経済新聞、2020年5月27日、朝刊1面
  • 日本経済新聞(2020d) 「富士通、オフィス面積半減 在宅勤務前提でコスト減」、日本経済新聞、2020年7月4日、朝刊1面
  • 日経不動産マーケット情報 (2020a)「【トラブル】ファーストキャビンが破産、負債総額37億円」、2020年4月24日、https://xtech.nikkei.com/kn/atcl/nfmnews/15/042406695/
  • 日経不動産マーケット情報 (2020b)「【トラブル】WBFホテル&リゾーツが民事再生、負債総額160億円」、2020年4月27日、https://xtech.nikkei.com/kn/atcl/nfmnews/15/042706699/
  • 日立製作所(2020)「在宅勤務を変革のドライバーとする働き方改革を推進」、2020年5月26日、https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2020/05/0526.html
  • 富士通(2020)「ニューノーマルにおける新たな働き方「Work Life Shift」を推進」、2020年7月6日、https://pr.fujitsu.com/jp/news/2020/07/6.html
  • 三井不動産(2020)「三井不動産と KDDI、5G を活用したオフィスビルの DX を目指し、基本合意書を締結」、2020年5月19日、
    https://www.mitsuifudosan.co.jp/corporate/news/2020/0519/download/20200519.pdf
  • 吉田資(2020)「「東京都心部Aクラスビル市場」の現況と見通し~新型コロナウィルスの感染拡大を踏まえて見通しを改定」、不動産投資レポート、ニッセイ基礎研究所、2020年5月27日、https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64535?site=nli
 
 

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金融研究部   准主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

(2020年08月04日「基礎研レポート」)

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