2020年08月04日

新型コロナによるデジタル化がもたらしたオフィス市場の不確実性-不確実性の高まる世界において。不動産投資を再考する(4)

金融研究部 准主任研究員   佐久間 誠

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1――はじめに

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミックは、経済・社会に未曾有のインパクトを与えている。そして、世界がいかに不確実性に満ちているかを改めて示した。不確実性は数量化することができないため、発生確率やインパクトの大きさを測ることが困難である。また、ブラックスワンと呼ばれる大きな不確実性が顕在化した後には、ニューノーマル(新常態)が訪れる。新型コロナが長期的な構造変化をもたらすとされ、アフターコロナの世界が盛んに議論されるのはそのためだ1,2,3

今回の危機におけるニューノーマルとして、一部では「オフィス不要論」が注目を集めている。しかし、ニューノーマルを予想するのは容易なことではない。2001年の米国同時多発テロでは高層オフィスビルの需要減退や飛行機利用が減少するのではないか、2011年の東日本大震災では東京の湾岸マンションの需要が減少するのではないか、といったニューノーマルを予想する声も聞かれたが、実際は予想に反する結果となった。これらの予想が都市化やグローバル化などの長期トレンドに逆らうものであったことも、ニューノーマルとして現実化しなかった一因であろう。一方で、オフィス市場の不確実性の背景にあるデジタル化は、以前からある長期的なトレンドであり、新型コロナによって加速したと考えられる。

デジタル化は、オフィス市場に創造的破壊をもたらす可能性のある脅威でもあるが、それと同時に、オフィスをさらに進化させ、不動産業の在り方を再定義する機会でもあると考えられる。
 
1 前々々稿においては、リスクと不確実性の違いを確認し、世界の様々なシステムの脆弱化やネットワークの拡大・複雑化を背景に、経済や金融市場、社会の不確実性が構造的に高まっていることを述べた (佐久間(2020a)「不確実性の高まる世界において。不動産投資を再考する(1)-新型コロナウイルス出現は必然か?感染拡大により顕在化した不確実性」、不動産投資レポート、ニッセイ基礎研究所、2020年5月28日)
2 前々稿では、米国のサブプライム住宅ローン危機を発端とした2007年以降の世界金融危機における不動産のインカムリターンを分析し、不動産投資におけるリスクと不確実性について述べた (佐久間(2020b)「不確実性の高まる世界において。不動産投資を再考する(2)-世界金融危機時のパフォーマンスから不動産のリスクと不確実性を考察する」、不動産投資レポート、ニッセイ基礎研究所、2020年6月24日)
3 前稿では、世界金融危機と今回の大封鎖の特徴の違いを述べた後、大封鎖の不動産市場への影響は、ホテル>商業施設>オフィス>賃貸住宅>物流施設の順に顕在化していることについて確認した(佐久間(2020c)「新型コロナによる大封鎖が不動産市場に与えた影響-不確実性の高まる世界において。不動産投資を再考する(3)」、不動産投資レポート、ニッセイ基礎研究所、2020年7月28日)
 

2――新型コロナがオフィス市場にもたらしたデジタル化による不確実性

2――新型コロナがオフィス市場にもたらしたデジタル化による不確実性

社会的隔離政策下ではビジネスや生活を継続するために、オフィスや商業施設などフィジカルな空間が担ってきた役割の一部をデジタル空間が代替することとなった。生活必需品はこれまで通り自宅に近いスーパーやドラッグストアなどで購入するが、自宅からテレワークし4、衣料品などは自宅からeコマースで購入し、飲食店での外食はフードデリバリーによって取って代わられ、映画館や劇場で楽しんだエンターテインメントはNetflixやYouTubeなどの動画配信サービスで楽しむこととなった。テレワークやeコマースなどのデジタル化の長期トレンドは、今に始まったことではない。しかし、米マイクロソフトのサティア・ナデラCEOが「2年分のデジタル変革が2カ月で起きた」5と述べたように、新型コロナが触媒となり、デジタルシフトが加速した。そして、「デジタル化による不確実性」が高まることとなった。

デジタル化による不確実性とは、デジタル技術が不動産市場に創造的破壊をもたらすかもしれないというものである。eコマースによる商業施設の創造的破壊は、すでに米国や英国においては幅広く顕在化している。eコマースが既存の商業店舗の売上を侵食し、多くの小売業や商業施設を廃業や閉鎖に追い込んでおり、Amazon Effectと呼ばれている。そして、不動産投資においては、グローバルに商業施設セクターをアンダーウェイトする潮流が生まれている。その一方で、物流セクターはeコマースの配送インフラとして需要が増加し、投資家に選好されている(図表 1)。
図表 1:米REIT市場における商業施設と物流施設のトータルリターンの推移
今回の危機で、商業施設におけるデジタル化による不確実性はさらに高まった。eコマース拡大の加速によりモノ消費に対するデジタル化による不確実性が高まった影響もあるが、コト消費にもその脅威が及ぶ恐れが高まったためである。新型コロナにより拡大したフードデリバリーや動画配信サービスなどのデジタルサービスは、コト消費のビジネスモデルを揺さぶっている。フードデリバリーは、レストランやホテルとかで外食というコト消費を、弁当や総菜のようにモノ消費化した。そして、ゴーストレストランやクラウドキッチンといったフードデリバリーに特化した新しい業態を生み出した。フードデリバリーは、外食を構成する料理や空間、時間などのレイヤーを分解することで、それぞれの構成要素の費用対効果を明確にしている。従来型の飲食店は、料理以外の付加価値として、どのような素敵な空間と時間を提供できるかがより重視されるだろう。さらに、コロナ下においては、映画館や遊園地などに代わって、NetflixやAmazon Prime Videoなどの動画配信サービスや「フォートナイト」や「あつまれ どうぶつの森」などのオンラインゲームなどが、人々に娯楽を提供した。これらのデジタルなエンターテインメントとの比較から、商業施設におけるエンターテイメントはフィジカル空間における素晴らしい体験価値がより一層求められるだろう。

それはさておき、今回の危機において注目されるのは、オフィス市場にデジタル化による創造的破壊、つまりMicrosoft EffectやZoom Effectと呼ばれる事態が起こり得るのかということだ。オフィスは日本の不動産投資市場において最大の不動産セクターであり、商業施設と異なり、同セクターではこれまでデジタル化による不確実性があまり顕在化していなかった。オフィスにおけるデジタル化による不確実性が高まれば、商業施設vs.物流施設の潮流が見られたように、オフィスvs.データセンターのトレンドが今後強まる可能性がある。
 
4 一般社団法人日本テレワーク協会によれば、テレワークは「tele:離れたところ」と「work:働く」を合わせた造語で、ICT技術を活用して、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方のことを指す。また、自宅で勤務する在宅勤務や客先や移動中のモバイルワーク、勤務先以外のオフィスで働くケースを含む。
5 日本経済新聞(2020a)
 

3――テレワーク拡大により代わる仕事のポータル

3――テレワーク拡大により代わる仕事のポータル

今後、テレワークが定着していくことについては、概ね意見が一致している6。経済財政運営と改革の基本方針2020(骨太方針2020)の原案7では、テレワークの定着を図るために、政府が数値目標(KPI)を策定する方針を示した。一方で、テレワークの拡大がオフィス需要にどれほどのインパクトをもたらすかについては、依然不透明である。一部ではオフィス不要論といった極端な見方がある一方で、オフィスは必要不可欠との主張も根強い。米グーグルのエリック・シュミット元CEOは「社員が距離をとって働く必要が高まり、必要なオフィスの面積はむしろ広くなる」8との見解を示している。いずれにしても、新型コロナによるテレワークの拡大は、オフィスがこれまで担ってきた「仕事のポータル」としての役割を脅かす可能性を秘めている点で重要である。 
 
ポータルとは大きな建物の玄関を意味し、インターネットブラウザを立ち上げたときに最初に表示するサイトをポータルサイトと呼ぶ。これまでオフィスワーカーは、まずオフィスに行くことを当然のこととしていた(図表 2)。そしてオフィスにおいて、パソコンで作業し、電話で取引先と連絡し、会議室で同僚と議論などをしていた。つまり、オフィスが仕事のポータルとして、プラットフォームの役割を担い、パソコンや電話、会議室などがアプリとしてインストールされていたと見ることができる。しかし、テレワークでは、まず向かうのがノートパソコンやタブレット、スマホのため、仕事のポータルはクラウドサービスなどのデジタル・プラットフォームが担うことになる。オフィスは、自宅やフレキシブルオフィスなどのサードプレイスと同様に、ノートパソコンなどに向う場所の選択肢の一つにすぎなくなる。言い換えると、デジタル化が進展するにつれ、仕事のポータルとしての役割がオフィスからデジタル・プラットフォームに代わり、オフィスは一つのアプリにすぎなくなる。その過程では、オフィスとGAFAM9などのITプラットフォーマーとの競争は激しさを増すだろう。また、仕事のポータルの役割がデジタル・プラットフォームに移れば、在宅勤務がオフィスと住宅の境界を曖昧にしたように、ホテルや商業施設など他のセクターとオフィスの境界線も薄くなる可能性がある。仕事のポータルが本当に移行した場合、また他のセクターとの境界が低くなった場合のオフィス市場への影響は、今後注意深く見極める必要がある。
図表 2:Before vs. Afterコロナにおける仕事のポータル
ただし、デジタル化による不確実性が短期的に顕在化する恐れは限定的であろう。日本においてもすでにテレワークを標準仕様として取り入れ、場所にとらわれない働き方に移行することを発表している企業がある。日立製作所は「週2~3日の出社でも効率的に働けるよう人事制度を見直す」10とし、富士通は「全国の支社や出先のオフィススペースを段階的に減らし、3年後をメドに現状の5割程度に減らす」11としている。しかし、これらの企業はこれまで働き方改革を遂行し、テレワークを標準化する体制を以前から構築していたフロントランナーである12。多くの企業は、メンバーシップ型(新卒一括採用で異動や転勤を繰り返し、幅広く仕事を経験し、主に年齢や勤続年数、人柄、潜在能力で評価される)からジョブ型(欧米で主流の職務を中心に専門性を高め、主に専門能力や実績で評価される)へといった人事制度の見直し、社内システムやデジタル機器、ペーパーレス化などのインフラ整備など、テレワークを標準化する上で必要な体制を整え始めたばかりだ13。現在はパンデミックへの短期的な危機対応、また需要の落ち込んだ「7割経済」を前提に、在宅勤務で何とかビジネスを継続している可能性もある。オフィスを不要としてテレワークに全面移行する企業については、(1)「クリエイティビティや生産性を維持・向上できるのか?」(2)「能力開発とOJTを通した人材育成を継続・改善できるのか?」(3)「会社文化やエンゲージメントを維持・向上できるのか?」等について今後検証していくことが求められる。

不動産会社がテレワークの拡大に対抗する手段として、郊外のサテライトオフィスの開発やマンションに執務エリアを設けるなどが想定される14。一方で、サテライトオフィスなどによりオフィスが分散化すると、テナントにとってオフィスの利用効率は低下する。そこで、オフィスを一つ一つ個別に賃借するのではなく、日本全国や首都圏全体などにまたがるオフィス・ネットワークを一括して提供するサービスへのニーズも高まることが予想される。しかし、これらの対応策は、デジタル化やITプラットフォーマーの長期的な脅威に対抗できるものではない。しかし、長期的な視野に立てば、デジタル化はオフィスにとって脅威だけでなくチャンスにもなり得る。
 
6 今後は「在宅勤務」と「オフィス勤務」を組み合わせた新たなワークスタイルが定着していく可能性があり、オフィス市況の下押し要因となる(吉田(2020)「「東京都心部Aクラスビル市場」の現況と見通し~新型コロナウィルスの感染拡大を踏まえて見通しを改定」、不動産投資レポート、ニッセイ基礎研究所、2020年5月27日)
7 内閣府(2020b)
8 日本経済新聞(2020b)
9 Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoftの5社
10 日本経済新聞(2020c)
11 日本経済新聞(2020d)
12 日立製作所(2020)、富士通(2020)
13 内閣府(2020a)によれば、テレワークの利用拡大が進むために必要なものとして、上位5つは、「社内の打合せや意思決定の仕方の改善」、「書類のやりとりを電子化、ペーパーレス化」、「社内システムへのアクセス改善」、「顧客や取引先との打合せや交渉の仕方の改善」、「社内外の押印文化の見直し」、と社内外のコミュニケーションといったテレワークのそもそもの難しさに加えて、ペーパーレスや社内システム、押印などのインフラ的な要素を挙げている。
14 ザイマックス不動産総合研究所が実施した調査によれば、調査対象のうち6.6%の企業が新型コロナ対策としてフレキシブルオフィスを利用し、4.8%の企業が自社サテライトオフィスを利用した。また後者のうち33.3%がコロナ禍を受けて初めてサテライトオフィスを導入している(ザイマックス不動産総合研究所(2020))。
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金融研究部   准主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

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