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新型コロナによるデジタル化がもたらしたオフィス市場の不確実性-不確実性の高まる世界において。不動産投資を再考する(4)

佐久間 誠
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1――はじめに
今回の危機におけるニューノーマルとして、一部では「オフィス不要論」が注目を集めている。しかし、ニューノーマルを予想するのは容易なことではない。2001年の米国同時多発テロでは高層オフィスビルの需要減退や飛行機利用が減少するのではないか、2011年の東日本大震災では東京の湾岸マンションの需要が減少するのではないか、といったニューノーマルを予想する声も聞かれたが、実際は予想に反する結果となった。これらの予想が都市化やグローバル化などの長期トレンドに逆らうものであったことも、ニューノーマルとして現実化しなかった一因であろう。一方で、オフィス市場の不確実性の背景にあるデジタル化は、以前からある長期的なトレンドであり、新型コロナによって加速したと考えられる。
デジタル化は、オフィス市場に創造的破壊をもたらす可能性のある脅威でもあるが、それと同時に、オフィスをさらに進化させ、不動産業の在り方を再定義する機会でもあると考えられる。
1 前々々稿においては、リスクと不確実性の違いを確認し、世界の様々なシステムの脆弱化やネットワークの拡大・複雑化を背景に、経済や金融市場、社会の不確実性が構造的に高まっていることを述べた (佐久間(2020a)「不確実性の高まる世界において。不動産投資を再考する(1)-新型コロナウイルス出現は必然か?感染拡大により顕在化した不確実性」、不動産投資レポート、ニッセイ基礎研究所、2020年5月28日)
2 前々稿では、米国のサブプライム住宅ローン危機を発端とした2007年以降の世界金融危機における不動産のインカムリターンを分析し、不動産投資におけるリスクと不確実性について述べた (佐久間(2020b)「不確実性の高まる世界において。不動産投資を再考する(2)-世界金融危機時のパフォーマンスから不動産のリスクと不確実性を考察する」、不動産投資レポート、ニッセイ基礎研究所、2020年6月24日)
3 前稿では、世界金融危機と今回の大封鎖の特徴の違いを述べた後、大封鎖の不動産市場への影響は、ホテル>商業施設>オフィス>賃貸住宅>物流施設の順に顕在化していることについて確認した(佐久間(2020c)「新型コロナによる大封鎖が不動産市場に与えた影響-不確実性の高まる世界において。不動産投資を再考する(3)」、不動産投資レポート、ニッセイ基礎研究所、2020年7月28日)
2――新型コロナがオフィス市場にもたらしたデジタル化による不確実性
デジタル化による不確実性とは、デジタル技術が不動産市場に創造的破壊をもたらすかもしれないというものである。eコマースによる商業施設の創造的破壊は、すでに米国や英国においては幅広く顕在化している。eコマースが既存の商業店舗の売上を侵食し、多くの小売業や商業施設を廃業や閉鎖に追い込んでおり、Amazon Effectと呼ばれている。そして、不動産投資においては、グローバルに商業施設セクターをアンダーウェイトする潮流が生まれている。その一方で、物流セクターはeコマースの配送インフラとして需要が増加し、投資家に選好されている(図表 1)。
それはさておき、今回の危機において注目されるのは、オフィス市場にデジタル化による創造的破壊、つまりMicrosoft EffectやZoom Effectと呼ばれる事態が起こり得るのかということだ。オフィスは日本の不動産投資市場において最大の不動産セクターであり、商業施設と異なり、同セクターではこれまでデジタル化による不確実性があまり顕在化していなかった。オフィスにおけるデジタル化による不確実性が高まれば、商業施設vs.物流施設の潮流が見られたように、オフィスvs.データセンターのトレンドが今後強まる可能性がある。
4 一般社団法人日本テレワーク協会によれば、テレワークは「tele:離れたところ」と「work:働く」を合わせた造語で、ICT技術を活用して、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方のことを指す。また、自宅で勤務する在宅勤務や客先や移動中のモバイルワーク、勤務先以外のオフィスで働くケースを含む。
5 日本経済新聞(2020a)
3――テレワーク拡大により代わる仕事のポータル
ポータルとは大きな建物の玄関を意味し、インターネットブラウザを立ち上げたときに最初に表示するサイトをポータルサイトと呼ぶ。これまでオフィスワーカーは、まずオフィスに行くことを当然のこととしていた(図表 2)。そしてオフィスにおいて、パソコンで作業し、電話で取引先と連絡し、会議室で同僚と議論などをしていた。つまり、オフィスが仕事のポータルとして、プラットフォームの役割を担い、パソコンや電話、会議室などがアプリとしてインストールされていたと見ることができる。しかし、テレワークでは、まず向かうのがノートパソコンやタブレット、スマホのため、仕事のポータルはクラウドサービスなどのデジタル・プラットフォームが担うことになる。オフィスは、自宅やフレキシブルオフィスなどのサードプレイスと同様に、ノートパソコンなどに向う場所の選択肢の一つにすぎなくなる。言い換えると、デジタル化が進展するにつれ、仕事のポータルとしての役割がオフィスからデジタル・プラットフォームに代わり、オフィスは一つのアプリにすぎなくなる。その過程では、オフィスとGAFAM9などのITプラットフォーマーとの競争は激しさを増すだろう。また、仕事のポータルの役割がデジタル・プラットフォームに移れば、在宅勤務がオフィスと住宅の境界を曖昧にしたように、ホテルや商業施設など他のセクターとオフィスの境界線も薄くなる可能性がある。仕事のポータルが本当に移行した場合、また他のセクターとの境界が低くなった場合のオフィス市場への影響は、今後注意深く見極める必要がある。
不動産会社がテレワークの拡大に対抗する手段として、郊外のサテライトオフィスの開発やマンションに執務エリアを設けるなどが想定される14。一方で、サテライトオフィスなどによりオフィスが分散化すると、テナントにとってオフィスの利用効率は低下する。そこで、オフィスを一つ一つ個別に賃借するのではなく、日本全国や首都圏全体などにまたがるオフィス・ネットワークを一括して提供するサービスへのニーズも高まることが予想される。しかし、これらの対応策は、デジタル化やITプラットフォーマーの長期的な脅威に対抗できるものではない。しかし、長期的な視野に立てば、デジタル化はオフィスにとって脅威だけでなくチャンスにもなり得る。
6 今後は「在宅勤務」と「オフィス勤務」を組み合わせた新たなワークスタイルが定着していく可能性があり、オフィス市況の下押し要因となる(吉田(2020)「「東京都心部Aクラスビル市場」の現況と見通し~新型コロナウィルスの感染拡大を踏まえて見通しを改定」、不動産投資レポート、ニッセイ基礎研究所、2020年5月27日)
7 内閣府(2020b)
8 日本経済新聞(2020b)
9 Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoftの5社
10 日本経済新聞(2020c)
11 日本経済新聞(2020d)
12 日立製作所(2020)、富士通(2020)
13 内閣府(2020a)によれば、テレワークの利用拡大が進むために必要なものとして、上位5つは、「社内の打合せや意思決定の仕方の改善」、「書類のやりとりを電子化、ペーパーレス化」、「社内システムへのアクセス改善」、「顧客や取引先との打合せや交渉の仕方の改善」、「社内外の押印文化の見直し」、と社内外のコミュニケーションといったテレワークのそもそもの難しさに加えて、ペーパーレスや社内システム、押印などのインフラ的な要素を挙げている。
14 ザイマックス不動産総合研究所が実施した調査によれば、調査対象のうち6.6%の企業が新型コロナ対策としてフレキシブルオフィスを利用し、4.8%の企業が自社サテライトオフィスを利用した。また後者のうち33.3%がコロナ禍を受けて初めてサテライトオフィスを導入している(ザイマックス不動産総合研究所(2020))。
(2020年08月04日「基礎研レポート」)
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