2020年06月24日

不確実性の高まる世界において。不動産投資を再考する(2)-世界金融危機時のパフォーマンスから不動産のリスクと不確実性を考察する

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠

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1. はじめに

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染拡大を背景に、不動産市場は曲がり角を迎えている。不動産市場の先行きは、新型コロナウイルスの疫学的特性や感染推移、治療薬・ワクチンの開発動向、政府による感染防止策や経済対策などによるところが大きく、依然として曲がり角の先は視界不良である。

前稿1では、リスクと不確実性の違いを確認した上で、世界の様々なシステムの脆弱化やネットワークの拡大・複雑化を背景に、経済や社会の不確実性が構造的に高まっていることを述べた。本稿では、過去に不確実性が顕在化した局面として、米国のサブプライム住宅ローン危機を発端とした2007年以降の世界金融危機における不動産のインカムリターンを分析することで、不動産投資におけるリスクと不確実性について考察する。
 
1 [佐久間誠, 2020]
 

2. 世界金融危機と新型コロナウイルスにおける不確実性の違い

2. 世界金融危機と新型コロナウイルスにおける不確実性の違い

まず、前回の世界金融危機と今回の新型コロナウイルスにおける不確実性の相違点について確認する。世界金融危機(The Global Financial Crisis)が不動産市場にもたらした不確実性は、金融危機により「カネの流れ」が止まったことに起因する。一方、新型コロナウイルスによる不確実性は、IMFが「大封鎖(The Great Lockdown)」と表現しているように2、感染症の拡大防止のため、「ヒトの流れ」が止まったことが主因だ。そのため、今回のパンデミックでは、前回の世界金融危機では見られなかった、不動産における3つの不確実性が顕在化する可能性がある。

第一に、「デジタル化による不確実性」である。半ば強制的に在宅勤務が実施されたことで、テレワークのメリットが認識され、今後定着していくとの見方がある3。仕事のポータルとしての役割がオフィスからタブレットやノートパソコンに移行することによって、単なるオフィス需要の減少以上のインパクトを不動産市場にもたらす恐れがある。またeコマースの拡大が加速するなど、様々なビジネス領域においてデジタルシフトがさらに進む可能性がある。

第二に、「行動変容に伴う不確実性」である。社会的隔離政策により、対面型(Face-to-Face)のサービス産業を中心に広い範囲で需要が蒸発してしまった。人の流れがコロナ前の水準に回復する期待はあるものの、With/Afterコロナの世界では、新たな行動様式が定着し、特に対面型サービス業ではビジネスの在り方が変化していく可能性がある。不動産はヒトの流れや集積の度合いを一つの重要な価値評価軸としてきたが、特に都心の商業地に所在する不動産の価値は再評価を迫られるかもしれない。

第三に、「賃貸借契約の不確実性」である。これまで賃貸借契約は原則として確実に履行され、不動産収益の安定性を担保してきた。しかし、商業施設やホテルにおける賃料の減免や引き下げ、支払い猶予など、契約に裏付けされた安定性が今後揺らいでしまう可能性もある4

尚、現時点でこれら3つの不確実性の不動産市場への影響を結論付けることは難しいが、世界金融危機において見られた不動産のリスクと不確実性は、今回のパンデミックにおいて姿を変える可能性があり、留意する必要がある5。しかしながら、本稿ではこの点は考慮せず、まずは前回の世界金融危機において見られた不動産の状況を踏まえて、様々な角度から分析していきたい。
 
2 [IMF, 2020]
3 今後は「在宅勤務」と「オフィス勤務」を組み合わせた新たなワークスタイルが定着していく可能性があり、オフィス市況の下押し要因となる [吉田資, 2020]
4 短期の影響にとどまれば不動産価格への影響は限定的と考えられる [渡邊布味子, 2020]
5 新型コロナウイルスによる不動産市場への3つの不確実性については次稿において考察する。
 

3. 世界金融危機における不動産のリスクと不確実性

3. 世界金融危機における不動産のリスクと不確実性

日本の不動産においては、安定したインカムリターンが投資収益の源泉となっている。2001年末以降の投資適格な不動産の投資収益率(年率)は、不動産価格の変動によるキャピタルリターンが0.4%、賃貸収入を主としたインカムリターンが5.3%、両者を合計したトータルリターンは5.7%となる6(図表 1)。つまり、過去20年ほどの期間において、日本の不動産収益の大部分がインカムリターンで構成されている7
図表 1:日本の不動産の投資収益(ARES Japan Property Indexの年次リターン)
J-REIT各社の開示データをもとに8、インカムリターンのベースとなる賃貸収入について、世界金融危機における2008年下期から2010年下期の変化を確認すると、下落率が大きい順に、オフィス(▲9.9%)<都市型商業施設(▲6.9%)<ホテル(▲6.4%)<賃貸住宅(▲5.3%)<郊外型商業施設(▲1.9%)<物流施設(▲1.5%)となった(図表 2)。景気への連動性が高いオフィスの下落率が大きい一方、賃貸借契約期間の長い郊外型商業施設と物流施設の下落率は限定的であった。
図表 2:世界金融危機における不動産セクター別の賃貸収入変化率
一方、個別物件の賃貸収入変化率の分布を見ると、セクター毎の平均値からは読み取れない特徴も見られる。例えば、世界金融危機における賃貸収入変化率は都市型商業施設で▲6.9%、賃貸住宅で▲5.3%の下落と、近い水準である(図表 3)。それでは、両セクターのインカムリターンの特徴は、同様と見做せるのであろうか。両セクターの賃貸収入変化率の分布を見ると、都市型商業施設の個別物件の賃貸収入変化率のバラつき(標準偏差)は17.4%と、賃貸住宅(6.9%)より大きくなっていた。また、分布の裾野も都市型商業施設の方が広く、賃貸収入が大幅に減少した物件が多い。つまり、個別物件ベースで見ると、都市型商業施設の方が賃貸住宅と比べて、インカムリターンのリスクや不確実性が大きい可能性を示唆している。
図表 3:世界金融危機における都市型商業施設と賃貸住宅の賃貸収入変化率の分布
そこで、世界金融危機における賃貸収入変化率の分布の違いから、不動産セクター毎のリスクと不確実性を分析してみたい9。前稿では、米経済学者のフランク・ナイトの定義に倣い、リスクと不確実性は共に不確かな状況を指す概念ではあるが、リスクは事前に計量可能であるのに対し、不確実性は事前に計量できないと説明した10。本稿では、不動産のインカムリターンのリスクとして、個別物件毎の賃貸収入変化率の標準偏差を用いた(図表 4)。また、標準偏差では測りきれない分布の裾野の広さを不確実性とし、実際の賃貸収入変化率の下位10%の物件の平均値と、賃貸収入変化率の平均値と標準偏差をもとに正規分布を仮定して計算した下位10%の平均値の差分により推定した(図表 5)。これは、下位10%の物件の損失の実績値が、統計的手法をもって推計した予想値に対して、どれほど大きかったかを計測することで、不確実性の大きさを推定していることを意味する。従って、数値自体ではなく、数値の大きさの順序に意味があることに留意が必要である。
図表 4:本分析のリスクのイメージ
図表 5:本分析の不確実性のイメージ
 
6 ARES Japan Property Index(AJPI)をもとに算出。AJPIは、コア型の不動産ファンドが保有する国内投資不動産のパフォーマンス指数で、ユニバースにはコア型等の不動産私募ファンドとJ-REITが保有する不動産を含む。
7 本稿では、インカムリターンを重視するコア投資に焦点を当て、不動産インカムリターンのリスクと不確実性について考察している。バリューアッド・オポチュニスティック投資においては、インカムの成長性、サブマーケットや物件スペックなどのミクロな特性、売却時の流動性リスクなど、他の要素の重要性が増すことは言うまでもない。
8 世界金融危機時と現在では、特にホテルや物流施設において、J-REITが保有する物件数や物件のスペック、賃貸借契約の内容などが異なる点には留意が必要である。
9 世界金融危機における不動産セクター別の賃貸収入変化率の分布の推移は、P.8の【参考】 世界金融危機におけるセクター別の賃貸収入変化率の分布の推移を参照
10 リスクと不確実性の違いについては [佐久間誠, 2020] 参照
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金融研究部   主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

経歴
  • 【職歴】  2006年4月 住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)  2013年10月 国際石油開発帝石(現 INPEX)  2015年9月 ニッセイ基礎研究所  2019年1月 ラサール不動産投資顧問  2020年5月 ニッセイ基礎研究所  2022年7月より現職 【加入団体等】  ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター  ・日本証券アナリスト協会検定会員

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