コラム
2020年06月05日

韓国、新型コロナ第2波の懸念高まる-韓国を「反面教師」に「気の緩み」に注意し、感染拡大の防止を-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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新型コロナウイルス再発の大きな原因は「気の緩み」

新型コロナウイルス対策として検査、隔離、情報公開を徹底している韓国で、新型コロナウイルス感染の第2波への警戒が広がっている。5月6日にソウルの代表的な繁華街である梨泰院(イテウォン)にあるナイトクラブで初の感染者が発生してから次々と感染者が見つかり、6月1日時点での感染者数は270人まで増加した。また、5月末に京畿道富川(プチョン)の物流センターで発生した集団感染で、100人以上の感染者が確認された。4月30日についに国内の感染者数が0人になり、5月6日からは防疫レベルを「社会的距離の確保」から「生活防疫」(生活の中での距離確保)に緩和したものの、事態は急変し感染の再流行が懸念されている。
 
今回、梨泰院のクラブや富川の物流センターで起きた集団感染の大きな原因は「気の緩み」である。

まず梨泰院のクラブのケースであるが、クラブやカラオケでは3密が起きやすく、換気や消毒、個人間の距離の確保など感染防止対策を徹底しないと集団感染の危険性が高い。しかしながら、今回、集団感染が起きた複数のクラブでは、「気の緩み」から、マスクの着用や個人間の距離の確保など感染防止対策が講じられなかった。梨泰院のクラブ発の集団感染のスーパー・スプレッダーになった20代男性も、マスクを使わずにクラブを利用したことが確認された。さらに、約5500人のクラブ利用者のうち2000人ほどが虚偽の連絡先を記載したため、現在も連絡がとれず多くの利用者に対する検査が行われていない状況である。韓国政府は、人々の移動やビジネス活動に対する厳しい制限をせず、徹底的に検査を行い感染者を発見・隔離することで、感染の拡大を抑えてきた。そのために、感染者のスマートフォンやクレジットカードの使用履歴、監視カメラなどの情報が利用された。しかしながら、今回、集団感染が発生した梨泰院のクラブの一部が同性愛者向けの店であると知られたことから、店を利用した人たちが身を隠し、自主的に検査を受けておらず、防疫当局に混迷を与えている。韓国では性的マイノリティーに対する見方がかなり否定的であるので、該当クラブを利用したことにより、同性愛者であるとの差別や非難の標的になりやすい。主にその理由により、利用者の多くが防疫当局の調査に協力していない。

一方、富川の物流センターのケースでは、同じく「気の緩み」から、感染防止対策をおろそかにしたことが集団感染の原因となった。日本と同様に韓国でも、新型コロナウイルスへの感染防止のために、外出の自粛や在宅勤務が奨励された。その影響でインターネットショッピングの利用者は増え、物流センターの業務量は急増し、物流センターは人手不足を解消するために、パートやアルバイトを増やした。その結果、現場は3密が起きやすい環境へとリスクが高まっていった。しかしながら、感染防止対策は不徹底であり、従業員がマスクを着用しなくても管理者は注意をせず、食堂でも密接した状態で食事がとられていた。粗末な感染防止対策に加え、人々の間にも「気の緩み」が発生していたのである。

なぜ「気の緩み」が起きたのだろうか?

ワクチンや治療薬がまだ開発されておらず、依然として世界的に感染が拡大している状況にあるのに、なぜ韓国では「気の緩み」が起きたのだろうか?その一つの要因は、自粛期間が人々の予想を上回って長かったことかも知れない。2月中旬に新興宗教団体「新天地イエス教会」における集団感染が発生し、大邱を中心に感染者数が拡大すると、韓国政府は感染病の拡大を防ぐために、ソーシャルディスタンスの確保とともに様々な自粛を勧告した。入学式や卒業式は中止または延期され、学校は再開できず授業はオンラインを中心に行われた。宗教団体、スポーツジム、カラオケ、クラブ、学習塾、インターネットカフェなど、人々が集まりやすい施設には運営の中止が勧告され、企業や雇用者には在宅勤務の実施が要請された。徹底的な検査や隔離措置、そして国民の協力により、感染者数は少しずつ減少しはじめ、4月30日にはようやく国内における1日の新規感染者数がゼロになった。人々の間には「もう、大丈夫だ」という意識が広がり、4月末から5月5日までの飛び石連休の間には、約20万人の観光客が済州道を訪ねたりもした。 
 
ユ・ウンヘ社会副首相兼教育部長官は、5月4日にブリーフィングを行い、5月6日から防疫レベルをこれまでの「社会的距離の確保」から「生活防疫」に切り替え、行動制限を緩和することを明らかにした。また、高校3年生は5月13日から登校を始め、他の学年は20日から1週間おきに3段階にわたって登校を許可すると発表した。韓国政府は「K防疫」の成果を海外に発信し続け、韓国国内では、新型コロナウイルスを乗り越えたという達成感と安堵感が広がった。
 
韓国政府が防疫レベルを「社会的距離の確保」から「生活防疫」に切り替えることを決定した理由としては、4月5日から4月18日の2週間に比べて、4月19日から5月2日までの2週間に、(1)1日の平均新規感染者数が35.5人から9.1人に減少したこと(2)集団感染の発生件数が4件と比較対象の2週間と変化がなかったこと(3)感染経路が不明な感染者の割合が3.6%から5.5%と大きな変化がなく安定していたこと(4)防疫網の中での管理比率(新規感染者のうち自己隔離状態で感染した人の割合) を80%以上に維持したことが挙げられる。
 
そこで、韓国政府は防疫レベルを「生活防疫」に切り替える基準として、1日の平均新規感染者数50人未満、感染経路が不明な感染者数5%未満、集団感染の数と規模の大きさ、防疫網の中での管理比率80%以上維持を目標として設定した。また、「生活防疫」のガイドラインの基本原則として、(1)体調が悪いときは3~4日間自宅で過ごす(2)人との距離は、両手間隔の距離を置く(3)30秒間手をしっかり洗う、咳は袖で(4)1日2回以上の換気と定期的な消毒を実施する(5)距離は離れても心は近くに、を国民に周知した。しかしながら、皮肉なことに防衛レベルを「生活防疫」に転換した5月6日の当日に梨泰院のクラブでの初の感染者が発見され、感染が広がり始めた。また、5月末には富川の物流センターで集団感染が発生し、一時は0人であった国内の新規感染者数が、5月28日には79人まで増加した。これは、制限緩和の基準とした「1日50人」の感染者数を上回る数値である。政府が対策を緩和することにより「気の緩み」が広がったと言える。

韓国政府、「行動制限」の再実施を発表

結局、韓国政府(「中央災難安全他対策本部」)は5月28日に緊急会見を開き、感染者が再び増加する可能性があるとしてソウルを含む首都圏限定で5月29日から6月14日まで外出自粛を要請する「行動制限」の再実施を発表した。これにより、美術館、博物館、公園、国公立劇場などの公共施設の運営は中断され、カラオケやクラブ、インターネットカフェ、学習塾など大衆利用施設には運営自粛が勧告された。施設が自粛勧告に従わず運営した場合は、300万ウォン以下の罰金が科せられる。
 
「気の緩み」以外にもう一つ注意しなければならないのが、宗教団体を中心とした集会の再開である。実際、最近では宗教団体、特に教会を中心に集団感染による感染者が続出している。防疫レベルを「生活防疫」に切り替えてから、多くの教会が礼拝場所をYoutubeなどのオンラインからチャペルなどのオフラインに戻したことが、感染拡大に繋がっている。今後、感染拡大を防ぐためには、約1356万人に達するキリスト教(プロテスタント+カトリック)の信者(宗教を持っている人口の約63%)や教会等に対する感染防止対策が綿密に実施される必要がある。
韓国における宗教人口の分布
新型コロナウイルスに感染しても無症状の人が多いこと、そしてまだワクチンや治療薬が開発されていないことを考慮すると、感染者ゼロを維持することはかなりハードルが高いかも知れない。しかしながら、休みも取らずに新型コロナウイルスと戦ってきた医療従事者の献身や、これまで自粛を続けてきた皆の努力が無駄にならないように、今後も新型コロナウイルスと戦っていかなければならない。何より、「私一人ぐらいは大丈夫」、「私は絶対にかからない」、「マスクをしなくても大丈夫でしょう」などの、「気の緩み」により感染が広がらないように、慎重に対応を続ける必要がある。それがウィズコロナとポストコロナ時代の生き方であるだろう1
 
1 このレポートはニューズウィーク日本版ウェブサイトhttps://www.newsweekjapan.jp/kim_m/2020/06/2-1.phpにも掲載しています。
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2020年06月05日「研究員の眼」)

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