2020年05月19日

2020・2021年度経済見通し(20年5月)

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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(失業率は4%台まで上昇、失業者数は100万人以上増加)
4/30に補正予算が成立した緊急経済対策では、雇用の維持と事業の継続(19.5兆円、うち家計への給付金が12.9兆円)を中心に25.7兆円の歳出が追加されたが、経済活動の急速な落ち込みに伴う倒産、失業の急増を食い止めるために十分な規模とはいえない。
就業者数増減の内訳 2020年3月の失業率は2.5%と前月から0.1ポイントの悪化にとどまった。しかし、就業者数の増加ペースは大きく鈍化しており、調査期間中に仕事をした「従業者」2に限れば、2020年3月は前年差▲18万人と2015年11月以来、4年4カ月ぶりの減少となった。従業者の内訳をみると、雇用者が増加を維持する一方で、新型コロナウィルスの影響を強く受けているとみられる自営業主・家族従業者は減少幅が大きく拡大している。

「従業者」が減少に転じた中でも、就業者が増加を維持したのは、仕事を持ちながら,調査週間中に仕事をしなかった「休業者」3が前年差31万人と大幅に増えたためである。休業理由には、「勤め先や事業の都合(景気が悪かったため等)」と「自分や家族の都合(出産・育児、介護・看護のため等)」があるが、2019年度末にかけては「勤め先や事業の都合を理由とした休業者」が大幅に増加した。休業者は就業者としてカウントされるが、景気低迷が長期化すれば失業者として顕在化する可能性が高い。
実質GDPと失業率の関係 1980年以降のデータを用いて実質GDPと失業率の関係(オークンの法則)を計測すると、GDPギャップ((現実のGDP-潜在GDP)/潜在GDP)が1%悪化すると失業率ギャップ(失業率-構造失業率)が0.26%上昇する傾向があることが確認できる。今回の経済見通しでは、実質GDPは2019年10-12月期から2020年4-6月期までの3四半期で▲9.2%減少し、GDPギャップ(=需給ギャップ)は2019年7-9月期の+0.3%から2020年4-6月期には▲9.4%まで10%近く悪化すると予想している4
過去の両者の関係を単純に当てはめると、失業率は2.5%程度上昇し、約5%の高水準となってしまう。雇用調整助成金の拡充などによって倒産、失業の増加がある程度抑制されることを考慮しても、失業率の大幅な上昇は避けられないだろう。失業率は2020年1-3月期の2.4%から2020年10-12月期には4.1%まで上昇し、失業者数は2020年1-3月期の167万人(季節調整値)から2020年10-12月期には285万人へと100万人以上増加すると予想する。
潜在GDPと需給ギャップの推移/失業率と失業者数の見通し
消費税率引き上げに新型コロナウィルス感染拡大の影響が加わったことで、2020年の春闘は極めて厳しいものとなった。2020年の春闘賃上げ率(厚生労働省の「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」)は前年から▲0.28ポイント低下の1.90%となり、2013年(1.80%)以来7年ぶりに2%を割り込むことが予想される。業績との連動性が高いボーナス(賞与)は基本給以上に厳しいものとなろう。企業収益は、海外経済の減速、消費税率引き上げの影響ですでに悪化しているが、新型コロナウィルスの影響が顕在化する2020年入り後にはリーマン・ショック時並みの落ち込みとなることが見込まれる。2019年の賞与は夏冬ともに小幅な減少にとどまったが、2020年には減少幅が大きく拡大する可能性が高い。
実質雇用者報酬の予測 雇用者報酬は、企業の人手不足を背景とした雇用者数の増加を主因として順調に伸びてきたが、失業率の上昇に伴う雇用者数の減少、一人当たり賃金の減少から、2020年度の実質雇用者報酬は前年比▲1.5%と6年ぶりの減少となることが予想される。2021年度は同0.6%と増加に転じるものの、雇用、賃金は景気に遅れて動く傾向があるため、2020年度の落ち込みを取り戻すには至らないだろう。緊急事態宣言、自粛要請が解除されたとしても、雇用所得環境の悪化がその後の消費の回復を遅らせる要因となる可能性が高い。
 
2 調査週間中に収入を伴う仕事を1時間以上した者
3 仕事を持ちながら,調査週間中に少しも仕事をしなかった者のうち、雇用者で給料・賃金の支払を受けている者又は受けることになっている者、自営業主で自分の経営する事業を持ったままで,その仕事を休み始めてから30日にならない者
4 当研究所では、足元の潜在成長率をゼロ%台後半と推計しているが、2019年後半以降の成長率の急速な落ち込みを受けて、2021年度末までに潜在成長率はゼロ%程度まで低下することを想定している
設備投資計画(全規模・全産業) (企業収益はリーマン・ショック以来の減少幅に)
新型コロナウィルスの感染拡大が明確となった後に調査された日銀短観2020年3月調査では、業況判断DIが大きく悪化する一方で、2020年度の設備投資計画(当初計画)は前年度比1.3%(全規模・全産業、含むソフトウェア投資、除く土地投資額)と、2019年度の当初計画(前年度比0.2%)を上回った。また、2020年度の経常利益計画は前年度比▲2.5%(全規模・全産業)と小幅な減益にとどまった。しかし、この段階では新型コロナウィルスの影響が十分に織り込まれていなかった可能性が高い。
リーマン・ショック時の経常利益、設備投資計画 リーマン・ショックが発生した2008~2009年度の経常利益、設備投資計画を振り返ってみると、リーマン・ショック発生時(2008年9月調査)の下方修正はそれほど大きなものではなかったが、2008年12月調査以降、経常利益計画、設備投資計画がいずれも大幅に下方修正された。2009年度に入ると経常利益の悪化には歯止めがかかったものの、前年度比二桁の減少で始まった設備投資計画はその後も下方修正が繰り返され、2009年度の実績は前年度比▲17.6%の大幅減少となった。
経常利益の見通し 法人企業統計の経常利益は2019年度に前年比▲19.1%(見込値)と8年ぶりの減少となった後、2020年度には同▲40.3%と2008年度の同▲39.0%を上回る減益幅となるだろう。2021年度はその反動もあって同40.6%の高い伸びとなるが、2019、2020年度の落ち込みが大きいため、2021年度の経常利益は過去最高となった2018年度の水準を3割以上下回る。2008年度は製造業が前年度比▲65.5%の大幅減益となり、全体の減益の約4分の3が製造業によるものだったが、新型コロナウィルスの影響をより強く受けるのは小売、運輸、飲食、宿泊などの非製造業が中心となるため、2020年度は非製造業の減益幅が製造業を上回る可能性が高い。

設備投資は、人手不足対応の省力化投資、都市再開発やインバウンド関連の建設投資、研究開発投資を中心に堅調に推移してきたが、この背景には企業収益の増加に伴う潤沢なキャッシフローがあった。企業収益の大幅な悪化によってキャッシュフローの水準が大きく下がれば、設備投資の抑制姿勢が強まることは避けられず、企業収益が増加に転じた後も設備投資が上向くまでには時間を要するだろう。
(物価の見通し)
消費者物価(生鮮食品を除く総合、以下コアCPI)は、2017年1月から3年以上にわたり上昇を続けてきたが、原油価格の急落に伴うエネルギー価格の下落幅拡大、国内旅行、海外旅行の急減に伴う宿泊料、外国パック旅行の下落などから、2020年4月には3年4ヵ月ぶりに前年比でマイナスとなる可能性が高い。
消費者物価(生鮮食品を除く総合)の予測 先行きのコアCPI上昇率は原油価格の動向に大きく左右されるが、予測期間を通じてGDPギャップがマイナス圏で推移し需給面からの下押し圧力が続くこと、賃金の下落がサービス価格の低下要因となることから、基調的な物価は当面弱い状態が続くだろう。

コアCPI上昇率は2019年度の前年比0.6%(0.4%)の後、2020年度が同▲0.5%(▲0.6%)、2021年度が同0.5%と予想する(括弧内は、消費税率引き上げ・教育無償化の影響を除くベース)。

 
日本経済の見通し(2020年1-3月期1次QE(5/18発表)反映後)
米国経済の見通し
欧州(ユーロ圏)経済の見通し
 
 

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経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

(2020年05月19日「Weekly エコノミスト・レター」)

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