2020年05月12日

新型コロナ対応の経済対策は“経済的な死者”の急増阻止を最優先に

基礎研REPORT(冊子版)5月号[vol.278]

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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“経済的な死者”を増やさないために

通常のインフルエンザでは世界で毎年数十万人の人が亡くなるが、それでも経済活動の制限は特別に行わない。それは、インフルエンザによって失うものよりも、経済活動を制限することによって失うもののほうが大きいからである。新型コロナウィルス感染症に対して、世界各国が渡航制限、外出禁止、店舗閉鎖、イベント中止など経済活動の大幅な制限に踏み切ったのは、そうしなければ経済の悪化によって失うものよりも、感染拡大によって失うもののほうが大きいと判断したためと考えられる。
 
したがって、新型コロナウィルス感染症に対する経済対策は、経済活動の収縮による損失を可能な限り小さくすることに重点を置くべきだ。新型コロナウィルスの感染拡大による死者を減らすことが出来たとしても、経済的な死者をそれ以上に増やしてしまえば、新型コロナウィルスとの闘いに負けたことになる。
 
ここでいう経済的な死者とは、失業などの経済問題を理由とした自殺者のことである。失業者数と自殺者数、とりわけ経済・生活問題を原因とした自殺者数には強い相関関係がある。日本の自殺者数のピークは2003年の34,427人( うち、8,897人は経済・生活問題が原因)だが、その時期は失業者数のピーク(2002年の359万人)とほぼ一致している。その後、自殺者はリーマン・ショック後の2009年にいったん増加したが、2010年以降は雇用情勢の改善に伴う失業者の減少とともに10年連続で減少し、2019年には20,169人(うち、3,395人は経済・生活問題が原因)となった。今後、景気の急速な悪化によって、失業者、自殺者が急増するリスクがある。
失業者数と自殺者数

倒産→失業→自殺の悪循環を断ち切る

失業者、自殺者を増やさないために必要なことは、言うまでもなく企業の倒産を防ぐことだ。通常の経済対策は、景気悪化によって落ち込んだ需要を喚起することに重点が置かれる。しかし、現在は政府が感染拡大を防ぐために人為的に需要を抑えているという極めて特殊な状況にある。所得税、消費税の減税などによる需要喚起策は、消費の場が失われたままでは意味をなさない。
 
実は、急速に落ち込んでいる需要を喚起するために特別な経済対策は必要ない。政府が終息宣言をし、自粛要請を解除するだけで経済はV字回復する。しかし、現状は感染拡大を防ぐために自粛要請を続けているのだから、その間は需要の拡大を諦めるしかない。
 
足もとの景気悪化は、経済的な被害が一部の業界に偏り、かつその被害が極めて大きいことが特徴である。もちろん、経済の停滞が長期化すれば悪影響は全体に及ぶことになるが、現時点では、旅行、宿泊、運輸、外食、レジャー関連などの業界が甚大な被害を受けている一方で、悪影響が限定的にとどまっている業界もある。また、休業や失業で収入が激減した労働者もいれば、公務員やリモートワークが進んでいる会社で働く人のように、収入がそれほど変わらない労働者もいる。したがって、一律の減税や給付金のように広く薄く恩恵が及ぶような政策は適切とはいえず、新型コロナウィルスの影響を受けた企業の損失補償など、一点集中型の対策を講じるべきだ。
 
政府は4/7に事業規模108.2兆円の緊急経済対策を閣議決定した。通常の経済対策と異なり、中小・小規模事業者等に対する給付金、資金繰り対策、減収世帯への給付金など「雇用の維持と事業の継続」に重点が置かれていることが特徴である。需要の押し上げ効果は限定的だが、経済活動を制限する中での経済対策として、セーフティーネットの強化に重点を置いたことは一定の評価ができる。ただし、その規模については今後予想される需要の落ち込みに対して十分ではない可能性がある。経済の悪化が想定を上回るような場合には、迅速かつ大胆な追加対策を講じることが望まれる。
 
追加対策によって財政赤字は大きく膨らむが、危機の際に巨額の借金ができるのは政府だけだ。この金額は自粛要請によって本来は自由であるべき経済活動を制限したことによる損失額と割り切るしかない。新型コロナウィルス感染症対策もそれに対応する経済対策も可能な限り死者を減らすことを最優先とすべきだ。
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斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

(2020年05月12日「基礎研マンスリー」)

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