2020年05月01日

ECB政策理事会-担保緩和の伏線からの追加緩和決定

経済研究部 主任研究員 高山 武士

文字サイズ

1.結果の概要:TLTROIIIの金利優遇およびPELTRO導入

4月30日、欧州中央銀行(ECB;European Central Bank)は政策理事会を開催し、金融政策について決定した。概要は以下の通り。
 

【金融政策決定内容】
貸出条件付長期資金供給オペ(TLTROIII)の金利をさらに優遇
貸出条件なしのパンデミック緊急長期リファイナンスオペ(PELTRO)の導入

【記者会見での発言(趣旨)】
・2020年の成長率は▲5%から▲12%となる見通し
・必要があればPEPPの規模・資産構成を見直す準備がある
・OMTは新型コロナウィルス対策のツールとしては不適切

2.金融政策の評価:上限撤廃はないものの、きめ細やかな政策ツールを準備

金融政策については、市場では、FRBや日銀のように国債の購入上限を撤廃するのではないか、という期待もあったが上限撤廃は決定しなかった。記者会見でもPEPPの規模拡大に触れられたが、ラガルド総裁は現段階では十分な緩和策が打ち出せているとし、今後、必要があればPEPPの柔軟性を利用する、規模拡大も検討すると繰り返し述べている。

今回は量的緩和策の上限を撤廃しなかったものの、実際に購入量の不足が懸念された場合には、速やかに規模の拡大を実施するという期待を持たせる会見だったと言えるだろう。
 
一方、TLTROIIIの追加緩和、および、新しい流動性供給策としてPELTROが発表された。PELTROについては、TLTROと異なり「貸出条件付」ではなく、また、適用金利も主要リファイナンス・オペ金利-0.25%(=現在▲0.25%)とかなり優遇されているため、金融機関の流動性確保手段としてはかなり使いやすいツールと評価できる。また、TLTROⅢに関してもさらに一段の条件緩和を実施し、来るTLTROIIIの4回目に向けて、アクセスしやすい信用供与策の整備が進んだと言える。

なお、ECBは今回の政策理事会が開催される前の4月7日および22日に適格担保要件を緩和する下地も作っていた。TLTROIIIまでのつなぎであるLTROだけでなく、PELTROを整備したことで、適格担保拡大の効果より効果的に発揮できると見られる。

記者会見では、厳しい経済環境に触れ、4-6月期で前期比▲15%(厳しいシナリオの場合)、2020年で▲5%から▲12%の落ち込みを想定していることに言及した。質疑応答では、OMTについての利用を何度か質問されたが、新型コロナウィルス対策としては、不適当であるとし、PEPPの柔軟性および、その他のパッケージの有用性を強調した。きめ細やかな政策ツールを各種準備したことと、PEPPの柔軟性を強調したことで、十分な緩和策が実施されていると印象付けられたと言えるだろう。

3.声明の概要(金融政策の方針)

4月30日の政策理事会で発表された声明は以下の通り。
 
  • TLTROIIIの金利優遇1(追加)
    • 2020年6月から2021年6月までの期間の計算に用いる金利を優遇
      基準金利:主要リファイナンス・オペ金利-0.50%(=現在▲0.50%)
      優遇金利:預金ファシリティ金利-0.50%(=現在▲1.00%)

      (2020年3月12日の金利優遇よりさらに0.25%引き下げ)
       
  • PELTROの導入(追加)
    • 短期金融市場の効果的な補強(backstop)として実施
    • 2020年5月から7回実施
    • 満期は2021年7月から9月まで段階的に設置2(担保要件緩和と平仄)
    • 金利は主要リファイナンス・オペ金利-0.25%(=現在▲0.25%)
    • 完全割り当て(金額上限なし)
       
  • パンデミック緊急プログラム(PEPP)の実施(3/18から変更なし)
    • 新型コロナウィルスのパンデミックが及ぼす金融政策波及効果やユーロ圏見通しへのリスク対応として実施
    • 7500億ユーロの枠で3月下旬より購入開始済
    • 資産クラスや国については、実施期間中、柔軟な購入を実施
    • 新型コロナウィルスの危機が去るまで実施、ただし、少なくとも年末までは実施
       
  • 資産購入プログラム(APP)の実施(変更なし)
    • 月額200億ユーロに加えて、年末までの1200億ユーロの購入を実施
    • 毎月の購入は、緩和的な政策金利の影響が強化されるまで必要な限り継続
    • 政策金利の引き上げが実施される直前まで実施
       
  • APPの償還再投資(変更なし)
    • APPの元本償還分は全額再投資を実施
    • 政策金利を引き上げ、十分な流動性と金融緩和を維持するために必要な限り実施
       
  • 政策金利の維持(変更なし)
    • 主要リファイナンス・オペ(MRO)金利:0.00%
    • 限界貸出ファシリティ金利:0.25%
    • 預金ファシリティ金利:▲0.50%
       
  • フォワードガイダンス(変更なし)
    • インフレ見通しが、見通し期間において2%に十分近いがやや下回る水準へと確実に収束し、かつ、インフレ動向に一貫して反映されるまで、政策金利は現行水準もしくはより低い水準を維持する
       
  • 追加緩和へのスタンス(3/18からほぼ変更なし)
    • PEPPの規模拡大や構成変更について、必要であれば必要なだけ実施する準備がある
    • インフレが目標に向け推移するよう、必要に応じ、すべての手段を調整する準備がある
 
1 金利については、前回の政策理事会(3月12日)で0.25%に引き下げていたが、追加で0.25%引き下げた。貸出期間中の主要リファイナンス・オペ金利もしくは預金ファシリティ金利の平値で貸出金利が決まるが、平均値をとる際、2020年6月24日から2021年6月23日までについては、▲0.50したものが適用される。また、同時に、優遇金利適用条件の緩和も発表されている。具体的には2020月3日1から2021年3月31日の貸付額が基準対比0%以上、もしくは2019年4月1日から2021年3月31日の貸付額が基準対比1.15%以上で適用、となった。(TLTROⅢ導入当初は、期間を通じて基準対比2.5%以上の増加を上限に線形的に優遇していたが、3月12日に緩和策が公表され、「2020年4月1日から2021年3月31日の増加率が0%以上で優遇する」としていた)
2 満期の設定が独特で、後半の入札ほど満期が早くなるように設定されている。具体的には2020年5月・6月・8月開始の3回は2021年9月が満期、9月・10月開始の2回は2021年8月が満期、11月・12月開始の2回は2021年7月が満期

4.記者会見の概要

政策理事会後の記者会見における主な内容は以下の通り。

(冒頭陳述)
  • ユーロ圏は前例のない大きさと速度の経済収縮に直面している
    • 経済活動の大部分が停止
    • 経済停滞と労働環境の大幅悪化で、消費者・企業景況感は急落
    • 経済活動の回復のスピードと規模には大きな不確実性が残る
    • インフレ率は原油価格の急落で低下、エネルギー・食料を除くインフレ率も若干低下
       
  • 3月以降の金融政策手段は重要な支援となっている
    • 流動性供給は家計・中小企業への信用供給を維持する助けになっている
    • 理事会はすべての産業・地域に対する好ましい資金調達環境を維持している
       
  • 政府・欧州機関が実施してきた措置を歓迎している
    • 十分な医療資源の確保や、被害を受けた企業・労働者・家計を支えている
    • 引き続き協調政策を実施して、下振れリスクを抑制し景気回復に向けた努力が必要
       
  • 理事会は、権限に従い、混乱や不確実性に直面している家計・企業を支援し、中期的な物価安定を守ることを決意する
     
  • 金融政策の決定内容
    • (具体内容は上記第3節記載の通り)
    • 今回の金融政策は、これまでの刺激策とともに、流動性と資金調達環境を支え、実体経済への円滑な信用供与を維持するのに貢献する
    • 理事会は、きわめて困難な時期を通じ、ユーロ圏のすべての市民を支援するために権限の中で必要なことはすべて実施すると約束する(fully committed)
    • これは物価安定の責務において、金融政策の波及効果が経済・地域全体へ伝達することを確実にするために、我々に必要な役割である

(経済分析)
  • 経済指標・調査は前例のない減少で、ユーロ圏の経済活動縮小・労働市場の悪化を示した
    • パンデミックとその対策により、製造業・サービス業、生産・国内需要に影響が生じた
    • 2020年1-3月期の実質GDPは、最終週のロックダウンを反映して、前期比▲3.8%
    • 4月の急激な経済活動停滞を勘案すると4-6月期はより深刻となる見込み
    • パンデミック後は、良好な資金環境、財政策、世界経済の活動再開により回復見込み
       
  • パンデミックの不確実性が高く、景気後退・回復の規模・期間の予測は非常に困難
    • ECBスタッフの6月公表予定の成長率は2020年で▲5-▲12%になる見通し
    • その後の正常化までの回復に数年間
    • 縮小・回復の規模は新型コロナ対策の成否と期間、供給と需要に対する恒久的な被害、所得や雇用支援策の成否に大きく依存する
       
  • ユーロ圏のヘッドラインインフレ率(HICP)は3月0.7%から4月0.4%まで低下
    • 主にエネルギー価格の低下、エネルギーと食品を除くインフレ率も若干低下
    • ヘッドラインインフレ率は今後も大きく低下する見込み、経済活動の停滞も悪影響
    • パンデミックで需要減の低下圧力と供給減の上昇圧力があり、中期的には不確実性が高い
    • 市場での期待インフレ率は低迷している
    • インフレ期待調査では、短期・中期的には低下、長期的な期待への影響は小さい
       
(金融分析)
  • M3上昇率は3月7.5%で2月5.5%より上昇
    • 信用緩和によって銀行による民間部門への信用創造が進んでいる
    • 経済の不確実性により、予防的な理由による貨幣保有選好が進んでいると思われる
    • 流動性の高い狭義通貨M1が広義通貨の伸びをけん引している
 
  • 民間部門への貸付も新型コロナウィルスの影響を受けている
    • 家計向け貸出伸び率は2月3.7%から3月3.4%まで低下
    • 非金融法人向け伸び率は2月3.0%から3月5.4%に増加
    • 2020年1-3月期は企業の運転資金への需要が高まる一方、設備投資の需要は減少
    • 住宅ローン需要は前期から減速
    • 景気悪化や信用力低下により企業への貸出態度は厳格化、家計への貸出態度もより厳格化
    • 2020年4-6月期に向けては貸出態度が緩和される見込み
       
  • TLTROIIIの基準緩和は、民間部門への貸出を支援する
    • 各国政府や欧州機関による信用支援とともに多くの人への資金調達支援となっている
       
(検討結果)
  • 経済分析・金融分析の結果、十分な金融緩和策が必要であると確認された
     
(財政政策)
  • ユーロ圏の急激な縮小を踏まると、野心的かつ協調した財政政策が重要
    • 可能な限り、一時的かつ対象を絞った措置が必要
    • 欧州理事会の労働者・企業・国家のための5400億ユーロの政策への承認を歓迎する
    • 同時に、理事会はさらに強力かつ適した回復支援策も要請する
    • この点で欧州理事会の復興基金の設立に向けた取り組み合意を歓迎する。
 
(新型コロナウィルスについて)
  • 世界的な健康危機であり、最優先事項は命を守ること、感染者の拡散を防ぐこと
    • 前回の記者会見から300万人以上が感染し、その3分の1がユーロ圏
    • 死者数が平坦化することは励みになるが、それぞれの死が悲劇である
    • 死に苦しんでいる人に同情と哀悼の意を表したい
    • 医師・看護師・救急車の運転士等、命の危険をさらし、最前線でウィルスと闘う人々に感謝の意を表したい
  • デギンドス副総裁が隣にいないことから分かるように、非常に奇妙で不確実時代
    • 別々のチームで、実際には合わずに、オンライン上で電話にて参加している
       
  • 記者会見も以前とは違い、部屋には誰もいない
    • インターネットにて理事会の結論についての質問が提出されることになっている
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【ECB政策理事会-担保緩和の伏線からの追加緩和決定】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

ECB政策理事会-担保緩和の伏線からの追加緩和決定のレポート Topへ