2020年04月24日

老後資金の取崩し(3)-運用収益率の見通しが甘いと、どうなるか

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任 高岡 和佳子

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2株式の売却タイミングへの影響がプラスに働くのはなぜか?
「二つの財布法」において株式の売却タイミングへの影響がプラスに働くのは、実現収益率が想定収益率を下回るほど、株式の売却タイミングを逸し、結果として株式の長期保有となりやすいからである。当然、投資期間が一定ならば収益率が高いほど投資により得られる収益総額は大きく、また長期的にプラスの収益率が確保できるならば、投資期間が長いほど投資により得られる収益総額は大きくなる。実現収益率が想定収益率を下回り、想定したほどの収益が得られない場合、株式の売却タイミングを逸することで投資期間が長くなり、結果として収益の不足を補う効果を生む。このため、実現収益率が想定収益率を下回ったのに運よく30年間資産が枯渇しなかった場合に残る平均的な資産額も、総じて「リバランス法」よりも「二つの財布法」の方が高い(図表5)。当然のことながら、投資期間が長いほど収益が高くなるのは、その投資期間において実際にプラスの収益率が確保できる場合に限られるので、実現収益率が0%の場合、株式を長期保有してもプラスの効果はない。図表3~図表5をよく見ると、「リバランス法」が優れているケースは実現収益率が0%の場合に偏っていることが分かる。

実現収益率が想定収益率を上回る場合、「二つの財布法」は株式の売却が進みやすいので投資期間が短くなり、30年後に残る平均的な資産額は「リバランス法」より少なくなる。しかし、年金受給開始後も資産を運用する目的が、より多くの資産を子孫に残すことではなく、より確実に資産を確保し、老後の生活水準維持と、生存中に資産が枯渇するリスクの軽減の両立にある限り、問題視する必要はない。
 
以上より、たとえ実現収益率が想定収益率を下回ったとしても、株式の収益率が長期的にプラスである限り、「二つの財布法」には生存中に資産が枯渇するリスクを軽減する機能があり、「リバランス法」より優れていると言えるのではないだろうか。
図表5 運用収益の見通しが甘いとどうなるか(枯渇しない場合、30年後の平均残存率)

4――総括と今後の課題

4――総括と今後の課題

老後の生活水準維持と、生存中に資産が枯渇するリスクの軽減を両立するために、年金受給開始後も資産運用を継続する場合、運用収益率の想定が非常に重要となる。運用収益率の見通しが甘く実際の収益率が想定収益率を下回ればと、資産寿命の短期化を招く。これは、筆者が提案する「二つの財布法」に限った問題ではなく、年金受給開始後の資産運用と資産の取崩し方において代表的な方法「リバランス法」でも同様の問題が生じる。「二つの財布法」に限った効果として、実際の収益率が想定収益率を下回った場合、株式への投資期間が長期化し、結果として資産寿命の短期化を軽減する効果がある。このため、「二つの財布法」の方が「リバランス法」よりも、年金受給開始後の資産運用方法としては優れていると考える。

資産寿命の短期化を軽減する効果が表れるのは、実際の収益率がプラスである場合に限られる。しかし、株式のようにリスクを伴う資産の長期的な収益率が0%となる可能性は低い。大多数の人はリスクを避けたがるので、リスクを伴うのに収益率が0%ならば買い手がいない。市場で取引されているということは、プラスの収益率が期待できることを意味する。過去のデータを確認すると、投資期間によって収益率は異なるが、30年間の収益率(キャピタル収益率+配当利回り)がプラスにならない期間は、1989年のバブルの絶頂期に投資を開始した場合に限られる。更に言うと、仮にリスクを伴う資産の収益率が0%であっても、「二つの財布法」と「リバランス法」との差は軽微であるので、やはり「二つの財布法」を実践することが老後の資産運用と資産取崩しに有益であると考えている。
 
尚、「二つの財布法」は「リバランス法」よりも優れているとは言えるが、運用収益率の見通しが甘いと、資産寿命の短期化を招く。資産寿命の短期化の軽減を目指して、取崩しルールの改良など、引き続き検討していきたい。
 
 

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金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任

高岡 和佳子 (たかおか わかこ)

研究・専門分野
リスク管理・ALM、価格評価、企業分析

(2020年04月24日「基礎研レポート」)

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