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20年を迎えた介護保険の足取りを振り返る(下)-制度改正に共通して見られる4つの傾向

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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財政構造だけでなく、人員の配置基準や報酬のルールが複雑化している。具体的には、3年に一度の介護報酬改定に際して、ガイドラインや通知、「Q&A」と呼ばれる疑義解釈など、かなりの書類が現場の事業所に示されており、こうした複雑化を端的に表すのが「サービスコード」の増加である15。
ここで言うサービスコードとは、言わば介護保険サービスの「メニュー表」である。具体的には、介護保険法に基づく告示(省令)として、サービスの種類・内容、単価を細かく定めており、ケアプラン作成の際、どんなサービスを使っているかを示す。
コードは原則として6ケタ。このうち、上2ケタでサービスの種類、下4ケタではケアの行為やサービスの内容、人員・施設基準などに応じて番号が細かく割り当てられている。例えば、訪問介護は「11」、訪問看護は「13」といった形で、サービスの種類ごとに2ケタの番号が振られており、このうち訪問介護の「身体介護20分以上30分未満」は「1111」という4ケタの番号が続く。つまり、身体介護20分以上30分未満の場合、「111111」というサービスコードが割り振られている。そして、ケアマネジャーはケアプランのうち、サービス利用票別表の「サービス内容/種類」欄を記入する際、身体介護20分以上30分未満を意味する「身体介護1」、サービスコードの欄に「111111」を記入する。
さらに、それぞれのサービスコードには単価が割り振られており、「身体介護20分以上30分未満 サービスコード111111」には249単位という単価が設定されている。これがケアプラン作成の給付管理で使われている。具体的には、月単位の利用日数のほか、1単位当たり原則として10円16を乗じ、保険給付額や自己負担額を確定する。例えば、月に10回、訪問介護の身体介護20分以上30分未満を受ける場合、249単位×10回=2,490単位、つまり2万4,900円がサービス総額としてカウントされ、そこから原則10%の自己負担分(249単位、2,490円)を差し引いた2万2,410円が介護保険の給付費から支給されることになる。こうしたサービスコードを使った介護報酬の計算は本来、自らの負担と紐付けて介護保険給付を理解できる点で非常に重要である。

では、こうした形で複雑化している理由は何か。考えられる理由としては、新しいサービス類型が付加された影響である。確かに2006年度の増加については、「地域密着型サービス」の創設などが影響しているが、その後の増加を見ると、サービスの多様化だけで説明しにくい。
むしろ、厚生労働省が給付を抑制するため、3年に一度の介護報酬改定に際して、「××を実施したら加算」「△△の基準を満たさなければ減算」「◎◎の加算を取得できる要件を見直す」といった形で、単価や基準、要件などを細かく変更している影響の方が大きい。例えば、例示した訪問介護の「身体介護1 20分以上30分未満」の場合、表3の通り、夜間早朝の場合は25%加算の311単位、深夜の場合は50%加算の374単位、2人の介護職員が従事した場合は498単位に細分化されており、これに20分以上45分未満の生活援助が絡めば315単位、45分以上70分未満だと381単位といった形で、細かく決まっており、それぞれに訪問介護を意味する「11」から始まる6ケタのサービスコードが振られている。
さらに訪問介護の場合、「身体介護 20分未満」「身体介護 30分以上1時間未満」といった形で時間ごとに区分されており、それぞれの区分で表3のようなサービス内容と算定項目が設定されている。このほか、生活援助だけの訪問介護についても、「11」で始まる6ケタのサービスコードが別に割り振られており、訪問介護だけでサービスコード数は1,414項目に及ぶ。
表1で示した制度改正、報酬改定の経緯のうち、「効率化」「重点化」と書かれた部分の多くは加算、減算を増やして来た部分であり、専ら給付抑制を図る中でサービスコードの数が膨張したと言える。
しかし、こうした複雑な制度を理解しようとすると、相当な機会費用(手間暇)を要するため、制度に精通していない住民やサービス利用者が制度を理解する上での「参入障壁」となりかねない。その結果、(上)で述べた通り、介護保険制度の創設時に重視された「高齢者の自己決定」「住民参加」妨げられることになりかねない。
実際、「被保険者が介護報酬に基づく給付費と関連づけて保険料の妥当性を判断することがますます難しくなる」という指摘が出ている18。こうした制度の複雑化も20年間の変化と言えるであろう。
15 サービスコードの複雑化の過程や問題点に関する分析については、三原岳・郡司篤晃「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』第7巻1号を参照。(DOI:https://doi.org/10.24533/spls.7.1_175)。
16 単位は原則として10円だが、地域によって異なる。
17 堤修三(2018)『社会保険の政策原理』国際商業出版p59。
18 堤修三(2010)『介護保険の意味論』中央法規出版p74。
7――有効な解決策が見えない人手不足
しかし、介護職員処遇改善交付金は3カ年の時限措置だったため、「例外的かつ経過的な取り扱い」として2012年度改定で加算措置が介護報酬本体に取り込まれた。その後、引き上げられた消費税財源を活用するなど、加算額は少しずつ段階的に引き上げられてきた。
それでも介護現場の人手不足感は強く、介護労働安定センターの2018年度「介護労働実態調査」によると、介護サ-ビスに従事する従業員の過不足状況について、「大いに不足」「不足」「やや不足」と答えた事業者は計67.2%に及んでいる(回答数7,084事業所)。さらに「不足している理由」を尋ねたところ、「採用が困難である」という答えが89.1%で1位となり、次いで「離職率が高い」が18.9%だった(回答数4,759事業所、複数回答可)。
さらに、20年を迎えて実施した自治体向け大手メディアの調査でも、人手不足が最大の課題に挙がっている。例えば、読売新聞の調査19では今後10年間を見通した制度の持続可能性を尋ねる問いに対し、計9割の自治体が「困難」「どちらかというと困難」と回答し、そのうちの約7割が「人材や事業所の不足」を挙げたという。さらに共同通信の調査20でも制度の問題点を尋ねる問い(複数回答可)に対し、9割の自治体が「介護現場の人手不足」を課題に挙げたとされている。厚生労働省の試算によると、人口的なボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上になる2025年には介護需要が増加する中で、約55万人が不足するとされており、こうした状況が自治体の危機感に繋がっていると言える。
しかし、現時点で有効な打開策は示されておらず、筆者自身も答えを持っていない。何よりも制度創設時点で「例外的かつ経過的」とされた加算措置が10年近く続いていることからも、その窮状が見て取れる。
さらに給与を引き上げても課題が解決するとは限らない。例えば、先に触れた介護労働安定センターの2018年度調査では介護労働者に対してもアンケートを実施しており、この中の「前職の仕事をやめた理由」を尋ねた設問では、「収入が少なかったため(12.5%)よりも、「結婚・出産・妊娠・育児のため」(26.6%)、「自分の将来の見込みが立たなかったため」(15.6%)、「職場の人間関係に問題があったため」(15.4%)という回答結果が多い(回答者数1万7,217人、複数回答可)。
つまり、人手不足の解消は介護職員の給与引き上げだけで解決するとは限らず、出産・育児との両立やキャリアアップのコース確立、働きやすい職場づくりといった対応策も必要であり、これまでに挙げた施策などを展開しつつ、総合的な対応策が求められる。
19 2020年3月23日『読売新聞』。都道府県の県庁所在市、政令市、中核市、東京特別区の計102自治体から回答を得たという。
20 2020年3月29日『共同通信』配信記事。都道府県庁所在地の自治体(東京都は都庁の立地する新宿区)と政令市のうち、計50自治体から回答を得たという。
8――おわりに
さらに、こうした傾向は介護保険制度の運用にも影響しており、自己選択を意味していた「自立」の変容、市町村の関与拡大、制度の複雑化など、制度創設時とは異なる傾向が鮮明となっている。
こうした中、人手不足が顕在化しており、介護保険は「財源」「人手」という「2つの不足」に直面し、大きな曲がり角を迎えている。
しかし、3年に一度の制度改正で少しずつ課題解決に取り組む現在の方法では、地域支援事業を拡充する流れが一層強まったり、制度の複雑化が進展したりする危険性がある。介護保険制度は元々、負担と給付の関係が明確であることを考えれば、いたずらに制度を複雑にさせるのではなく、持続可能な制度の確立に向けて、「負担増で給付維持するのか」「給付抑制で負担を維持するのか」といった形で国民に選択肢を提示していくことが求められる。
(2020年04月10日「基礎研レポート」)
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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