2020年03月02日

インターネット広告業界への逆風、問われるサステナビリティ

中村 洋介

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2プライバシーへの懸念
インターネット利用者には、根強いプライバシーへの懸念もある。2018年3月、フェイスブックの利用者8,700万人分のデータが英国のコンサルティング会社のケンブリッジ・アナリティカに流出していたことが判明し、大きな騒動となった。また、ターゲティング広告の精度が上がってきていることもあって、嫌悪感を持ったり、不安を感じるインターネット利用者もいるだろう。

インターネット利用者の多くは、自分の閲覧履歴等のデータがどのように取得、活用されているのか等について、十分に理解しているわけではない。公正取引委員会が、デジタル・プラットフォームの利用者(消費者)に対して行ったアンケート調査(図表8)によれば、デジタル・プラットフォーマーによってどのようなデータが収集され、どのように利用されているのかについて、「あまり知らない」、「知らない」という利用者も多いという実態が見てとれる。
(図表8)公正取引委員会によるデジタル・プラットフォーム利用者へのアンケート調査(抜粋)
2018年10月、個人情報保護委員会はフェイスブックに対して「指導」を行った6。フェイスブックの利用者が、ソーシャルプラグイン(「いいね!」ボタン)が設置されたウェブサイトを閲覧した場合、そのボタンを押さなくともユーザーIDやアクセスしているサイト等の情報がフェイスブックに自動で送信されている、といった事案に対するものだ。ユーザーへの分かりやすい説明の徹底、本人の同意の取得、本人からの削除要求への適切な対応を行うこと等について、指導を行っている。そのような形で情報収集されているとは思いもしなかった、という利用者も多かったであろう。

デジタル・プラットフォーマーに限らず、インターネット広告業界では、クッキー等を活用して(どこの誰かは特定できないが)インターネット利用者の行動履歴等のデータを収集し、広告事業者間でそのデータが連携され、ターゲティング広告に活用されている。その仕組みについて、インターネット利用者の多くがその仕組みを十分に理解している、とは言い難い。

クッキー等の識別子は、それ単体では個人識別性を有しないため、日本の個人情報保護法上の「個人情報」とは解されていない(ただし、他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができる場合は、個人情報となる)。

一方、EUの「一般データ保護規則(General Data Protection Regulation/GDPR)」(2018年5月施行)においては、クッキーのような「オンライン識別子」も、規制の対象となる「個人データ(personal data)」に該当するとされている。また、電子通信データの扱いを規定する「eプライバシー規則(e privacy regulation)案」の検討も進められており、これらの法規制によって、インターネット上の行動を追跡するようなクッキーの利用に際して、インターネット利用者からGDPRに定める同意要件を満たす形で同意を得ることが求められる等、インターネット広告業界にも少なからず影響が出るものと見られている。2020年1月に施行した、米国のカリフォルニア州消費者プライバシー法(California Consumer Privacy Act / CCPA)でも、規制の対象となる「個人情報(personal information)」にクッキーが含まれる等、世界的にインターネット利用者のプライバシー保護を強化する機運が高まっている。

個人情報保護委員会が2019年4月にとりまとめた「個人情報保護法 いわゆる3年ごと見直しに係る検討の中間整理7」においては、「クッキー等自体は、『識別子』としてセッション管理を含め広範に用いられる技術であり、利用特性も多様であることから、現行法の規定に加えて、クッキー等をあえて個別に規律する必要性含め、慎重に検討する必要がある。」とした上で、「クッキー等であっても、会員情報等と紐付けられ特定の個人を識別できるような場合は、個人情報保護法上の個人情報として取り扱われる必要がある。しかし、事業者の中には理解不足と思われる事例も散見されるため、今後、委員会としても、実態を注視しつつ、適切に執行を行っていく必要がある。」とした。

民間企業側には規制強化への警戒感もある。楽天やサイバーエージェント等の多くのIT企業や新興企業が加盟する一般社団法人新経済連盟は、2019年4月に行われた個人情報保護委員会の会合でのヒアリング8で、クッキー等の取り扱いに関して、「それ単体では特定個人を識別しないものについて規制をする必要はない。」と意見を表明している。一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)が2019年10月に公表した提言「Society 5.0 の実現に向けた個人データ保護と活用のあり方9」においては、「クッキー等の識別子/端末情報単体で特定の個人を識別することはできず、識別子/端末情報を他の情報との照合によって特定の個人を識別できるようになった段階で個人情報保護法の規律が及ぶことから、追加の規律は不要である。」と言及されている。

しかしながら、特定の個人を識別できない情報が、個人情報を保有する企業に提供され、その企業が保有する情報と紐づけされる懸念が生じている。2019年8月、個人情報保護委員会は、大手就職情報サイト運営会社に対して、「内定辞退率」を算出し顧客企業に提供していた問題について勧告を行った。その後、12月に改めて勧告が出されているのだが、その事案がまさにそのケースであった。顧客企業の内定者にウェブアンケートを実施し、クッキーの情報とその顧客企業固有の応募者管理IDを取得する。また、運営している就職情報サイト上で、クッキーの情報、就職情報サイトの閲覧履歴を取得する。そして、両者のクッキー情報を紐づけ(応募者管理IDと就職情報サイトの閲覧履歴が紐づけられる)、スコアを算出していた。同社によれば、同社において特定の個人を識別することはできず、顧客企業においてのみ特定の個人を識別できるものと判断し、本人同意が必要な第三者提供には該当しないと整理していた。この事案に対して、個人情報保護委員会は、「個人情報である氏名の代わりにクッキーで突合し、特定の個人を識別しないとする方式で内定辞退率を算出し、第三者提供に係る同意を得ずにこれを利用企業に提供していた」、「内定辞退率の提供を受けた企業側において特定の個人を識別できることを知りながら、提供する側では特定の個人を識別できないとして、個人データの第三者提供の同意取得を回避しており、法の趣旨を潜脱した極めて不適切なサービスを行っていた」と指摘している。
(図表9)本人の同意なきデータの第三者提供(イメージ) その後、2019年12月に個人情報保護委員会がとりまとめた「個人情報保護法 いわゆる3年ごと見直し 制度改正大綱10」では、「ここ数年、インターネット上のユーザーデータの収集・蓄積・統合・分析を行う、『DMP(Data Management Platform)』と呼ばれるプラットフォームが普及しつつある。この中で、クッキー等の識別子に紐付く個人情報ではないユーザーデータを、提供先において他の情報と突合することにより個人情報とされることをあらかじめ知りながら、他の事業者に提供する事業形態が出現している」、「ユーザーデータを大量に集積し、それを瞬時に突合して個人データとする技術が発展・普及したことにより、提供先において個人データとなることをあらかじめ知りながら非個人情報として第三者に提供するという、法第23条11の規定の趣旨を潜脱するスキームが横行しつつあり、こうした本人関与のない個人情報の収集方法が広まることが懸念される。」と指摘されている(図表9)。これまでも、他の情報と容易に照合することで特定の個人を識別できる情報についても、個人情報に該当するとしてきたが、上記で問題とされているような、「情報の提供元においては個人データに該当しないが、情報提供先においては個人データに該当する場合」に関しては、必ずしも考え方がはっきりしていなかった。そこで、この制度改正大綱では「提供元では個人データに該当しないものの、提供先において個人データになることが明らかな情報について、個人データの第三者提供を制限する規律を適用する」と明記した。このように、インターネット上におけるプライバシーへの懸念行為に対しては、今後も規制当局の目が厳しくなっていくことが予想される。

なお、米国の巨大IT企業も、高まるプライバシーへの懸念に対して手を打ち始めている。2017年、アップルが提供するブラウザ「Safari」に、「Intelligent Tracking Prevention(ITP)」と称する機能が実装され、ターゲティング広告等に活用されているサードパーティークッキーに制限を加えた。その後も、インターネット利用者を追跡するような広告事業者等の行為を制限するべく、ITPのアップデートが順次行われている。2020年1月には、グーグルが提供するブラウザ「Chrome」において、今後2年以内にサードパーティークッキーのサポートを段階的に停止することが公表された。アップルとグーグルのブラウザの利用者は多く、制限されつつある手法を使ってインターネット利用者の行動を追跡していた広告事業者等は、こうした巨大IT企業の方策によって大きな影響を受ける可能性がある。
 
6 個人情報保護委員会「フェイスブックインクに対する指導について」(2018年10月)
 https://www.ppc.go.jp/files/pdf/20181022_Facebook.pdf
7 https://www.ppc.go.jp/files/pdf/press_betten1.pdf
8 https://www.ppc.go.jp/files/pdf/190401_shiryou1.pdf
9 https://www.keidanren.or.jp/policy/2019/083_honbun.html
10 https://www.ppc.go.jp/files/pdf/200110_seidokaiseitaiko.pdf
11 個人情報保護法第23条 。個人データの第三者提供の際の本人同意等について定めている。
3透明性や公正性への懸念
広告主や媒体(ウェブサイト運営)との取引等に関して、透明性や公正性に対する懸念もある。
(図表10)アドフラウドの一例 例えば、「アドフラウド(Ad Fraud)」と呼ばれる不正がある(図表10)。インターネット広告の多くは、ウェブサイトに広告が配信された回数や、クリック数といった成果に応じて広告収入が発生する。自動化プログラム(Bot)の使用等を通じて広告配信数やクリック数を稼ぎ、不正に広告収入を得る手法である。インターネット広告業界における健全性を維持する上でも、こうした悪質な不正を排除していくことが課題である。

また、広告主のブランド棄損の懸念もある。違法サイトやアダルトサイト、海賊版サイト等の不適切なウェブサイトに広告が表示されてしまうと、その広告主のブランドは大きく棄損する。広告がインターネット利用者の目に触れるまで、いくつもの広告事業者が複雑に関与していることもあって、どのウェブサイトに広告が配信されているのか把握しきれていない広告主もいると見られるだけに、不適切な掲載先を排除し、広告主のブランドの安全性(ブランドセーフティ)を保っていくことも求められている。

他にも、広告主が求める広告の視認可能性(ビューアビリティ)が確保されているのか、といった課題も指摘されている。

政府のデジタル市場競争会議では、こうした透明性や公正性への懸念についても、主要な論点として示された。インターネット広告市場の健全性向上に向け、どのような議論が進められるのか注目される。
 

5――問われるサステナビリティ

5――問われるサステナビリティ

これまで、インターネット広告の市場は大きく拡大し、巨大IT企業をはじめとしたインターネット広告事業者は、イノベーションの担い手、経済成長の牽引役としても期待されてきた。一方、プライバシー侵害、不透明、不公正な行い等への根強い懸念に厳しい目線が注がれており、当局による規制強化の動きも見られる等、逆風が強まっている。

日本で進められているデジタル市場のルール整備においては、特定デジタル・プラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律案の対象が、当面のところオンラインモールとアプリストアとされ、足もとではオンラインモール大手の「送料無料化問題」が優越的地位の濫用に当たるのか否かといったことが話題となっているが、次なる規制当局のターゲットはインターネット広告となる公算が大きい。現在進められている公正取引委員会の調査結果が公表され、デジタル市場競争会議で新たなルール整備の方向性が示された際には、改めてインターネット広告業界の問題点が強調され、世の中の注目を集める可能性がある。それは、巨大IT企業の問題点にとどまらず、広くインターネット広告業界の問題点にも焦点が当たる可能性が高い。日本企業にも、ポータルサイト運営やインターネット広告配信を手掛ける企業は多く、ここ数年でアドテクノロジー関連のスタートアップ企業(DSPやSSP、DMP)の新規上場も見られる。規制の動向や、巨大IT企業のプライバシー保護に向けた取り組みによって、こうした企業に何らかの影響が出ることも考えられる。

インターネット広告の市場は、テレビ広告に迫るほどにまで成長した。多くの人が毎日のようにインターネット広告を目にするようになっている。社会への影響度も格段に大きくなった今、成長とイノベーションを追求してきたインターネット広告事業者には、これまで以上に社会的責任、サステナビリティが求められていると言えよう。顧客や社会の懸念に向き合い、将来に渡って持続的な成長が可能なビジネスモデルを作り上げていくことが期待されている。

業界団体も取り組んでいる。例えば、日本インタラクティブ広告協会は、「行動ターゲティング広告ガイドライン」、「プライバシーポリシーガイドライン」、「広告掲載先の品質確保に関するガイドライン(ブランドセーフティガイドライン)」等のガイドラインを策定し、啓発活動等の自主的な取り組みを行っている。また、広告上に業界共通の「インフォメーションアイコン」を表示し、データの取扱いに関する説明やターゲティング広告を停止する手段(オプトアウト)等への導線を設けている。複雑な仕組み、業界構造ということもあって、インターネット利用者や広告主の理解はまだまだ十分ではない。インターネット広告の健全性、信頼性向上に向けて、各社の更なる取り組みが期待される。

こうした議論はインターネット広告事業者に限った話ではない。2019年2月、日本経済新聞が「国内で消費者向けサイトを運営する主要100社の5割が、具体的な提供先を明示せずに外部とユーザーの利用データを共有していた」と報じた12。主にクッキーの利用によるもので、消費者向けサイトを運営する企業側が直接導入した覚えのない広告配信やデータ収集用の外部サービスにデータが渡っている事象も紹介されている。最初の提供先から「2次」、「3次」への流通先へと渡り、提供元も把握できなくなる懸念も指摘されている。複雑な仕組みになっていることもあって、自社のウェブサイトの利用者の閲覧履歴等のデータがどのように第三者に渡っているのか、公表しているプライバシーポリシーの記載内容に齟齬はないか等、コンプライアンス担当部門等がその実態を十分に把握していないケースも考えられる。コンプライアンスや風評リスク等を考えれば、決して対岸の火事とは言えない状況だろう。

規制の議論を進める上では、成長や利便性とのバランスをどう考えるかといった視点が避けられない。技術革新が期待される分野であり、個人のデータ活用も成長戦略の1つとして期待されている中、イノベーションが過度に阻害されることに対しては警戒感もある。また、ウェブサイトを開くたびにインターネット利用者にデータ取得や利用に対する細かい同意を求めるようになれば、利用者の利便性は低下する。内容も見ずにただ形式的に同意ボタンを押すという形骸化の懸念もある。欧州並みの厳しい規律が求められるようになるのか、それとも規制強化への警戒感も根強い日本企業への影響があまり出ない形で落ち着くのか、将来どのような方向で議論が進められていくのか注目だ。
 
12 日本経済新聞電子版「情報共有先、5割が明示せず 閲覧履歴など主要100社-本人知らぬ間に拡散」(2019年2月26付)
日本経済新聞電子版「「狙う広告」成長で副作用 情報集積、飽くなき追求」(2019年2月26付)
 

6――おわりに

6――おわりに

技術革新等によってインターネット広告市場は大きく成長した。多くの企業にとって重要な広告手法となっており、たとえテレビ広告を打つ資金力がない新興企業でも、インターネット広告ならマーケティングに活用できる。また、インターネット広告があるからこそ、消費者は検索サービスや動画サイト等の便利なサービスが無料で使えるという一面もある。しかしながら、プライバシーに関する不信や警戒感の高まり、規制当局の動き等、インターネット広告は大きな岐路に立たされている。健全性や信頼性の向上、市場の発展に向け、今後インターネット広告事業者がどのように取り組んでいくのか、注目したい。

<参考文献>
・一般社団法人日本インタラクティブ広告協会「必携 インターネット広告 プロが押さえておきたい新常識」株式会社インプレス(2019年)
・広瀬伸輔「アドテクノロジーの教科書 デジタルマーケティング実践指南」株式会社翔泳社(2016年)
・若江雅子、森亮二、吉井英樹「オンライン広告におけるトラッキングの現状とその法的考察 ―ビッグデータ時代のプライバシー問題にどう対応すべきか」総務省 学術雑誌『情報通信政策研究』第 2巻第2号(2019年)
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中村 洋介

研究・専門分野

(2020年03月02日「基礎研レポート」)

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