コラム
2019年11月22日

どの国よりも健康でありたい日本~引退年齢と健康寿命の国際比較~

総合政策研究部 取締役 部長   清水 勘

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1――延びる余命

日本人の平均寿命が延びている。厚生労働省が取りまとめた「2018年簡易生命表」によると日本人の平均寿命は、男性が81.25歳、女性が87.32歳で、前年から各々0.16年、0.05年延び、過去最長を更新した。平均寿命とは、その年に生まれた人が何年生きるかという平均余命を指すので、今を生きる我々が何歳まで生きるかを考える場合は、平均寿命ではなく現在の年齢に対する余命を見なければならない。例えば、60歳で今年定年を迎えた男性の余命は23.84年、84歳に届きそうなところまで生きることになる。更に、同生命表によれば死亡数がピークを打つ年齢は男性で88歳、女性で92歳であった。こうしてみても、人生は平均寿命以上に長い道のりということになる。

2――引退後の余生が7年延びた?

日本は、生産年齢人口(15~64歳)の割合が従属人口(15歳未満・65歳以上)に対して上昇する「人口ボーナス期」に飛躍的な経済成長を遂げた後、90年代からその趨勢が低下に転じる「人口オーナス期」に突入したとされている。
図表1-平均実効引退年齢(日本、男性) この期間、日本における男性の引退年齢はどうであったか。加盟各国の年金制度を展望するOECD調査“Pensions at a Glance 2017”によると、高度成長期にあった1970年の日本の男性の平均実効引退年齢1は72.8歳であったが、2012年には69.2歳と70歳の大台を割り込んだ。その後2017年には70.2歳まで戻っているが、それでも高度成長期にあった1970年に比べれば3年近く引退年齢が前倒しとなっている。(図表1)

では、引退時の男性の平均余命はどう推移したのであろうか。1970年の平均実効引退年齢である73歳男性の平均余命を当時(1970年)の完全生命表でみると8.04年とある。また、2017年の平均実効引退年齢である71歳男性の平均余命を2017年簡易生命表でみると15.00年。単純計算で日本の男性の引退後の余生は7年近く増えたことになる。
 
1 平均実効引退年齢は、OECDが算出する40歳以上の労働者が実際に労働市場から退出する平均年齢。

3――増える社会負担

図表2-高齢者扶養率 より多くの人が早期に引退しより長く生きれば社会全体としての負担も増える。年金財源を納める現役世代と年金を受け取る高齢者の割合を示す高齢者扶養率(生産年齢人口100 人に対する65歳以上の老齢人口)で見た場合、日本は、1975年の12.7%から2015年には46.2%とOECD加盟国の中では群を抜いて高い。とは言え高齢者扶養率の上昇は、日本に限らず多くのOECD加盟諸国が直面している問題だ。(図表2)

高齢化に伴い悪化する年金財政に対し各国は年金の改革を進めており、引退年齢と年金支給開始年齢の引き上げは主たる取組みの1つとなっている。

4――各国の引退年齢と年金支給開始年齢の展望

前出“Pensions at a Glance 2017”では、2016年に20歳で労働市場に参入し各国の標準的な年金支給開始年齢までの期間を平均賃金で就労した場合に受け取る年金額や所得代替率2を試算している。その中で特徴のある国を筆者が任意で抜き出し、試算で用いられた各国の年金支給開始年齢の現在から将来への推移と現在の平均実効引退年齢を図表3に、また、同試算に基づく将来の年金による所得代替率推計を図表4に示した。更に、図表5では、現在の高齢者世帯の収入に占める勤労収入の比率を載せている。尚、国は、将来の所得代替率の高い順に並べている。
図表3- 平均実効引退年齢/年金支給開始年齢/図表4– 将来所得代替率推計/図表5– 65 歳以上世帯収入に占める勤労収入比率
図表3を見ると今後、年金支給開始年齢の引き上げを行う国が総じて多いことがわかる。高い所得代替率が見込まれるオランダやフランスもこの例外ではない。加えて、図表3からは各国の引退時期についてある特徴が浮かび上がる。欧州の高齢者は年金支給開始を待たずに引退する傾向があり、逆に日本と韓国の高齢者は年金支給開始年齢になっても働き続ける傾向が認められる。前述の通り日本の引退年齢は高度成長期以降3年近く若返ったが、それでも年金支給開始年齢から更に5年、韓国に至っては更に11年近くも働き続けるのが実態の様である。図表5にある現在の高齢者世帯収入に占める勤労収入の比率を見ると日韓両国の比率は他の国に比べて高く、年金支給開始年齢になっても働き続ける両国の高齢者の実態とも符合する。欧州と日韓との間に存在するこの歴然とした違いはどこから生まれるのであろうか。

欧州の引退年齢が早いのは、低迷する若者の雇用機会を拡大させる目的で年金支給開始以前であっても現役に早期引退を促す経済的な施策を講じてきたことが背景にある3とされている。また、欧州は租税負担や社会保険料負担等の国民負担が元々高いだけに年金による所得代替率も高く、年金支給開始後に働く必要もない。そして何よりも重要なこととして、ワークライフバランスにおいて就労よりも余暇に重きを置く欧州固有の労働観も忘れてはならない。

他方、日韓両国の高齢者が年金支給開始年齢以降も引退せずに働き続けるのは、高齢者の就労意欲が高いこと、老後資金の支えである強制加入型年金給付の低いこと等が背景にあるようだ。図表4に掲げたOECDによる将来の所得代替率推計は、その対象を強制加入型年金のみとする場合とそれに任意加入型も加える場合とで率が変わる。公的年金を中心とする強制加入型年金だけでみると日本は40.0%とOECD加盟諸国35カ国中4番目に低い水準となると推計されており、平均実効引退年齢が日本より6年も高い韓国の45.1%をも下回る結果となっている。

前頁3.で日本は高齢者扶養率が群を抜いて高く、現役世代がより多くの高齢者を支えている。しかし、その高齢者でさえ他国との比較で見るとより長く働き、稼ぎ続けなければならないという日本の実態が浮かび上がる。
 
2 税・社会保険料控除後の純所得代替率。尚、OECDが試算する日本が財政検証で算出する所得代替率とは(1)対象(OECD本人:日本 本人+配偶者)、(2)加入期間(OECD45年、日本40年)(3)年金額(税・社会保険料控除の有無)等で異なっており両者を直接比較することは難しい。
3 労働市場から早期退出制度としてフランスの特定連帯手当(ASS)やドイツの失業給付IIなどがある。近年の財政状況悪化でこれら早期引 退促進策は適用条件の厳格化等見直しが進んでいる。

5――立ちはだかる健康寿命の壁

図表6-平均実効引退年齢と健康寿命 日本の高齢者がより長く働くのであれば、その分だけ健康でいる期間も長くあって欲しいものだが、現実は理想とは少し異なる。WHOによる各国の60歳男性の健康寿命4は、平均実効引退年齢ほどのばらつきがなく、どの国も77~79歳の範囲に収まっている。(図表6)

2019(令和元)年の将来の公的年金の財政見通し(財政検証)では本体試算とは別にオプション試算が盛り込まれた。そのオプションのひとつである「就労延長と受給開始時期の選択肢の拡大」は、受給開始可能期間の年齢上限を現行の70歳から75歳まで引き上げることを想定している。現時点で年金の繰り下げ受給を選択している受給権者は全体の1%程度にすぎないが、今後、これが増えれば高齢者の就労延長が更に進み、欧米諸国と比べ既に高齢化が進んでいる日本の平均実効引退年齢が一層引き上がる可能性もある。しかし、引退年齢引き上げには健康寿命という大きな壁が立ちはだかる。前述の通り、日本の平均実効引退年齢は既に70.2歳。WHOが算出した健康寿命478.7歳との差は僅か8.5年しかない。他方、今回取上げた国の中で最も若いフランスの平均実効引退年齢は60.0歳、健康寿命4と79.1歳とその差は実に19年もある。この平均実効引退年齢と健康寿命の差を将来の高齢者就労延長のポテンシャルを測る物差しと考えた場合、国によってその余地に大きな開きが存在し、特に日本はその余力が欧米と比べ少ないことが分かる。ここからも日本人がどの国よりも健康でなければいけない現実が浮かび上がる。
 
4 WHOのLife expectancy(HALE) at age 60 (years)(60歳時の健康余命)に年齢60歳を加えて算出。尚、WHOの健康寿命は国民生活基礎調査に基づき算出される日本の健康寿命と異なることに留意を要する。(巻末の補足を参照)

6――おわりに

図表7-60歳の平均余命、健康余命(日本、男性) 人口の高齢化は年金支出の増加を促す。どの国でも年金改革は避けて通れない課題であり、年金支給開始年齢や引退年齢の引上げは改革の有効なオプションと位置づけられている。しかし、企図する通りに引退年齢を引き上げられるか否かは、引き上げられた分だけ高齢者が健康に働き続けられるかどうかにかかっている。目安のひとつである健康寿命と引退年齢の差は、国によって大きな開きがあり、その中でも引退年齢が既に高い日本は、欧米諸国と比べ両者の差が短く引退年齢の引上げ余力が少ない。健康寿命の延伸が頭打ちとなれば引退年齢の引き上げも困難となり、将来的な年金支給開始年齢引き上げにも影響が及ぶ。WHOによれば、今のところ日本の60歳の男性の健康余命は平均余命に沿って延びている。但し、平均余命に比べると健康余命の延びは小さい。60歳の男性の健康余命と平均余命との差である不健康な期間は2000年の4.5年から2016年には5.0年と伸びており、平均寿命の延伸がダイレクトに高齢者の就労可能期間の延伸につながっていないことが分かる。(図表7)

日本は、既に前人未到の少子高齢化社会に突入している。少子化によって支える現役世代の人数が減少する一方で、高齢化で年金受給世代は増え続ける。高齢者人口は、団塊ジュニア世代(1971~74年生まれ)が65歳以上の高齢者となる2040年まで増え続ける見通しだ。鍵となる高齢者の就労機会拡大にむけ健康寿命という高い壁に立ち向かわなければならない。

政府は「経済財政運営と改革の基本方針2019」で健康寿命の具体的な数値目標を掲げ2040年までにその実現を目指している。また、未来投資会議では、高齢者の就業拡大に向けた方針を提示した。高齢化の最先端にいる日本が、こうした取組みを通じて早期に高齢者健康の維持・改善モデルを確立すれば、同様の問題を抱える世界に範を示すことになる。今後の取組みに期待したい。
図表8-国際機関統計と政府統計の比較
 
5 詳しくは、厚生労働省健康寿命のあり方に関する有識者研究会報告書(2019年3月)を参照
 
 

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総合政策研究部   取締役 部長

清水 勘 (しみず かん)

研究・専門分野
経済政策研究担当

(2019年11月22日「研究員の眼」)

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