コラム
2024年10月10日

米国のベンチャー業界におけるジェンダー問題への取り組み

総合政策研究部 取締役 部長 清水 勘

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過日、NHKがスタートアップを興した女性創業者に対するベンチャーキャピタリストによるセクシュアル・ハラスメント問題を取り上げていた1。女性を取り巻く環境の厳しさはベンチャー先進国の米国でも指摘されている2。本稿では、米国ベンチャー業界におけるジェンダー問題への取り組みについて触れてみたい3
 
1 “女性起業家の半数がセクハラ被害”スタートアップ業界で何が(2024年8月28日、NHK)
2 “Dear Big Tech And VC, Yet Again, You’ve Failed Women”(Dec 14, 2023、Allyson Kapin, Forbes Magazine)
3 尚、本稿では創業者が興した企業を“ベンチャー企業”、ベンチャー企業に出資する企業を“ベンチャーキャピタル”としている。

1-米女性創業者の資金調達の実態

[図表1]初めて資金調達した米国創業者の性別内訳(23 年) まず、米ベンチャー企業における女性創業者のプレゼンスはどの程度なのか。全米ベンチャーキャピタル協会(The National Venture Capital Association以下、NVCA)は女性創業者によるベンチャー企業の資金調達実績を定期的に公表している。この統計によれば2023年に初めて資金調達を行ったベンチャー企業は3,602社あり、このうち、創業者に1人でも女性を含む企業は全体の13%にあたる482社、創業者が女性のみの企業は同8%の283社であった [図表1]。この数値の評価は見解が分かれるかもしれないが、参考としてS&P グローバルマーケットインテリジェンス社が米国上場企業の女性経営責任者1について行った調査2がある。それによると対象となった米国上場企業の約15,000ある経営責任ポストに占める女性比率は2023年で11.8%であった。前者が企業数、後者がポスト数と調査単位が異なるが、女性の占める比率はどちらも約1割と狭き門であることに変わりない。
[図表2]米国女性創業者の資金調達額/件数推移 図表2は女性創業者による資金調達額と件数の推移を示している。創業者に1人でも女性を含むベンチャー企業は順調に推移しているが、創業者が女性のみの企業は低空飛行が続いている。2023年には米ベンチャー企業全体で1,664憶ドルの資金調達が行われたが、創業者に1人でも女性を含むベンチャー企業は448億ドル、創業者が女性のみの企業に至っては34億ドルに過ぎない。起業の世界では女性はまだ少数派だ [図表2]。
 
1 CEO, CFO, CIO等のC (Chief)の肩書の付く役職
2 “Elusive Parity: Key Gender Parity Metric Falls for First Time in 2 Decades” March 2024, S&P Global Market Intelligence

2-全米ベンチャーキャピタル協会の取り組み

こうした実態を踏まえベンチャーキャピタルの業界団体であるNVCAはどのように対応してきたのだろうか。その始まりは、協会内にNVCAダイバーシティ・タスクフォースを立ち上げた2014年に遡る。立ち上げにあたり協会はベンチャーキャピタル業界における多様性の欠如を指摘し、業界における人材多様性の確保とジェンダー、人種、世代間の格差是正を目標に掲げた。2016年にはベンチャーキャピタルの従業員実態調査が実施され、業界の人的資本に関する「Diversity(ダイバーシティ、多様性)」「Equity(エクイティ、公平性)」「Inclusion(インクルージョン、包括性)」(以下、DEI)の実態が明らかにされた。この調査は隔年で実施されており、現在もDEI推進の“見える化”努力は継続している。2020年には、NVCAダイバーシティ・タスクフォースを格上げし非営利団体Venture Forwardを立ち上げている。団体の重点取り組みの三本柱として、(1)業界への更なる投資家の引き込み、(2)既存投資家の後押しに加え、(3)DEIの推進と多様性のあるベンチャープラットフォーム構築を掲げている。このような取り組みを通じ、毎年、年次報告書でDEIの取り組み状況を確認できることに加え、四半期毎に発表される“The PitchBook-NVCA Venture Monitor”で女性創業者の資金調達状況もデータで把握することができる。

3-米ベンチャーキャピタルの取り組み

ではNVCAに加盟するベンチャーキャピタルはどれだけ協会の方針に応えているのだろうか。

1.で確認の通り、ベンチャーキャピタルから女性創業者への資金提供については、道半ばの状態にある。
[図表3]米国ベンチャーキャピタルの女性比率推移 次に、ベンチャーキャピタルの女性人材の活用について従業員構成を見てみよう[図表3]。全従業員では男女比がほぼ拮抗しており、この点でジェンダー不平等は認められない。ただ、職種でみると、パートナーや投資プロフェッショナルなどの上位職種では、依然、男性が過半を占める。とは言え、2016年から2022年の推移でみると上位職種でも女性登用が着実に拡大している。因みに、2022年調査に回答したのは315社と約2500社からなる業界の1割程度に過ぎない。この315社の平均を取ると従業員数は1社あたり18名、内、パートナー3名、投資プロ7名、その他8名という小世帯なので、女性が1名増えるだけで比率は大きく変わる。女性活用のトレンドが業界に定着するかどうかは今後の調査の進展を待つこととしたい。

4-おわりに

2019年に発表された文献3は、ベンチャーのエコシステムに参画するすべての当事者が同じ意識でこの問題に取り組む重要性を唱えている。ここで含まれる当事者とは、(1)政府、規制当局、(2)投資家、(3)起業家、事業主、(4)フェーダー(インキュベーター、アクセラレーター等)、(5)ベンチャーキャピタル、(6)業界団体、協会、(7)メディア機関、(8)大学、研究機関などだ。

冒頭のNHK報道は(7)メディア機関、そしてNVCAの活動は(6)業界団体、協会の取り組み事例ととらえることができる。また(1)政府、規制当局については、2023年9月に米国カリフォルニア州が、州内で事業を展開するベンチャーキャピタルに対しDEI取り組み状況や社会的少数派の起業家への出資状況の報告を義務付ける州法4を成立させている。実効性の高い格差の是正には、これら当事者が一丸となって取り組むことで初めて実現するのであろう。

ベンチャーキャピタルに限らず、少人数私募で取引が行われる金融投資ビジネスは、一部の限られた関係者で成り立つ狭い世界である。閉鎖的なコミュニティーでメンバーを厳選するとなると、どうしても同性、同人種になる。それはベンチャーキャピタルも創業者も同じである。ただ、近年、ベンチャーキャピタルの主要投資家である公的年金や機関投資家では、サステナビリティやスチュワードシップ推進のコンテクストを含めて投資先を選別する要請が急速に高まっている。こうした時代の変化に対して果たしてベンチャーのエコシステムが対応できるのか、今後の進展を見守りたい。
 
3 “Advancing Gender Equality in Venture Capital”(October 2019、Women and Public Policy Program Harvard Kennedy School)
4 California's Senate Bill 54, “Fair Investment Practices by Investment Advisers (the "New Diversity Reporting Law")”

(2024年10月10日「研究員の眼」)

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総合政策研究部   取締役 部長

清水 勘 (しみず かん)

研究・専門分野
経済政策研究担当

経歴
  • 【職歴】
    1987年に日本生命保険に入社。リーマンブラザーズ派遣、外務省派遣を経て国際投資部、ニューヨーク、シンガポールの各投資現地法人にて外国株式投資、外国債券投資、外国為替取引に従事。
    08年より米国保険現地法人CIOを担当した後、11年より特別勘定運用部長、14年より金融投資部長を歴任し、16年より現職。

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