コラム
2018年12月07日

台頭するデジタルプラットフォームビジネス~テクノロジーは、加速度的にビジネスを陳腐化させる~

総合政策研究部 取締役 部長 清水 勘

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1――テクノロジーの進歩とアセット・ライト戦略の出現

1965年に将来のIT革命の進行を予測するムーアの法則が発表された。集積回路上の素子の数が1.5年ごとに倍になるというこの法則に沿ってCPUや半導体メモリーの性能が急速に発達した。このテクノロジーの急速な進歩でパソコンのライフサイクルが短縮し価格が崩壊する。製品がすぐに陳腐化するのであれば、巨額な資本を投じて製造設備を維持する意味がない。そこで多くの半導体企業が、開発から生産まで行う自前主義から「開発は自社、製造は他社」というファブレス経営に乗り出し、資産をより軽くするアセット・ライト戦略を展開した。更に、WTO等の投資・貿易自由化の後押しもあり、資本集約的な製造活動は、設備や労働の柔軟性が高くコストも安い開発途上国にシフトする。その一方で、テクノロジーは、知的財産として先進国企業の中でその地位を益々高めていくことになる。80年代にパソコン市場を席巻したIBMを例に取ると、同社が1ドルの売上げを出す為に必要な固定資産1は、1980年に約1ドルであった。それが2017年には僅か40セントにまで低下している。同じ売上を得るのに、以前ほど固定資産がいらなくなっているのだ。
図表 1 米国のICT 投資額推移(名目) 競争や採算の厳しさは、どのビジネスにも共通する課題である。大きなバランスシートは高い固定費として企業の競争力や成長に重くのしかかる。フットワークが軽くなければ、急速に発展するテクノロジーの波にも取り残される。こうした背景からアセット・ライト戦略は、最適最小の資産で固定費を圧縮し、対総資産での利益率、即ち、総資本利益率を上げようとする試みとして世の注目を浴びてきた。少ない資産で利益を上げる過程で、多くの企業が効率性、生産性向上に直結するテクノロジー投資に傾倒していったことは必然であったのかもしれない(図表1)。
 
1 減価償却前固定資産

2――アセット・ライト戦略の進化 ~デジタルプラットフォームビジネスの台頭~

今世紀に入り、そのアセット・ライト戦略が新たな展開を見せる。テクノロジーの進展で、大きな資産を抱えずとも十分なスケールメリットを発揮するビジネスが現れたのである。昨今、脚光を浴びるデジタルプラットフォームビジネスだ。デジタルプラットフォームビジネスとは、その名が示す通り、デジタルテクノロジーを駆使して多数の利用者に無形の「場」を提供し、利用者はそこで製品やサービスを通じた価値や情報の交換を行う。それまでバラバラに散らばっていた利用者がひとつの「場」に集まることでネットワーク効果が生じ、コミュニティーやマーケットが形成される。「場」を支えるのは、大規模で拡張が自在、かつ常時オンデマンドでアクセスが可能なネットワークである。20年ほど前は、ほぼ不可能だったこのネットワークが実現できたのも、テクノロジーの急速な発展に負うところが大きい。

この18年間の米国の時価総額上位10社の顔ぶれの変遷を見れば、デジタルプラットフォームビジネスのプレゼンスが如何に拡大しているかが分かる。
図表 2 米国上場企業(時価総額上位10 社)の推移
今日のアメリカ株式市場を代表する企業は、いずれも独自のデジタルプラットフォームを通じてアセット・ライト戦略を展開するところが目立つ。アップルやアルファベット(グーグル)は、各々App Store、Google Playという独自の「場」を作り、自社が開発したオペレーティング・システム(OS)とその製品の周りを取り囲むエコシステムを構築した。製品の開発は自社だが、携帯端末製造は他社に任せ重厚長大な生産施設は持たない。アップルを例に取ると、そのエコシステムには毎年16万人近い外部のアプリケーション開発者や企業が参画しアプリを提供している。冒頭で述べたファブレス経営の例に準えれば「場の開発」は自社、「コンテンツ作り」は他社という仕組みがここでも活用されている。こうして提供されたアプリは2百万種類に上る2。 企業が1社で自前開発していたら到底実現できないようなスケールを可能としてしまうのがデジタルプラットフォームの凄さだ。同社の携帯端末の累計出荷台数は 2018年9月時点で20億台に迫っている3。 ユーザーが求めるニーズがどのように変容しても、その「場」に集う外部の開発者が常に応えてくれる。この好循環が競争力の維持に少なからず貢献している。このように開発されたアプリが、カメラ、ビデオ、カーナビ、時計、電卓といった製品から、映画、音楽といったサービスに至る広範な分野で既存のビジネスを侵食している。

ソーシャルネットワーキングサイト(SNS)という「場」を作ったフェイスブックやツイッターは、20年前は存在していなかった。それを可能としたのも正しくテクノロジーの進歩だ。彼らは、従来のメディア産業と異なり独自の番組やコンテンツは一切制作しないので、その分、資産も軽い。これらデジタルプラットフォームは、自前でコンテンツを作らないにもかかわらず、既存メディア産業が垂涎するような大衆を世界規模で囲い込み、マスメディアの概念を根本から変えてしまった。人々が1日のうちソーシャルメディアに費やす時間は約2時間4といわれている。他の活動を削り、その時間をソーシャルメディアに割いている訳であり、既存のビジネスへのインパクトは計り知れない。

シェアリング・エコノミーで注目される民泊サイトのAirbnb(エアービーアンドビー)や配車サイトのUber(ウーバー)も、業種は違えど着想点は似ている。両社は、空き家となっている個人宅や週日は稼働していない個人所有の自動車など、各地に点在する資産を自社の「場」に取り込み、既存のホテルやタクシー会社の牙城に切り込む。商売道具として不可欠な資産(宿泊施設や自動車)はあくまでも個人に帰属し、企業として保有することはないため、これもアセット・ライト経営のひとつだ。そのAirbnbに登録された民泊物件数は4百万件に上り、部屋の質はさておき数の上では世界のホテルブランドトップ5が提供する総客室数を上回る5。米国ではUberにフレックス労働制で登録したドライバーがおよそ200万人いるとされ、約30万人いるタクシー、お抱え運転手の数を大きく上回る。

流通で今や時価総額世界最大となったアマゾン。同社が立ち上げたアマゾン・ドット・コムという「場」に流通する商品も、過半数は第三者の業者によるものだ。ここでも「場の開発」は自社、「コンテンツ」は他社という関係が成り立つ。IT技術を駆使し、徹底した物流の効率化を図ることで小売の在り方を根底から覆した同社は、近年まで店舗も持たず、商品在庫は常に最適最少にすることでアセット・ライト戦略を展開してきた。同社は、その身軽さとデジタルプラットフォームビジネス固有のネットワーク力で販売者と消費者を空前のスケールで囲い込み、創業から21年で巨星ウォルマートを時価総額で抜くまでに成長したのである。
 
2 “iOS Developers Ship 29% Fewer Apps in 2017, the First Ever Decline – And More Trends to Watch” Appfigures Mar 30, 2018
3 2018年9月に開催されたApple主催のイベントでのクックCEO発言より
4 “Daily Time Spent on Social Networks Rises to Over 2 Hours”  Global Web Index  May 16, 2017
5 “Airbnb now has more listings worldwide than the top five hotel brands combined” Business Insider  Aug. 10, 2017

3――おわりに

デジタルプラットフォームビジネスは、新しいテクノロジーによってもたらされた「場」を通じ、それまで点在、或いは分断されていた消費者、生産者、開発者等を空前のスケールで囲い込み、既存産業の一角を切り崩した。

純粋なデジタルプラットフォームビジネスは、生産手段や在庫を抱えず、コンテンツも作らない。持つのはあらゆるものを繋いでしまう「場」というデジタルプラットフォームとそれを支える最先端のテクノロジーだ。余計な資産を持たない分、ビジネス自体がアセット・ライトな建付けとなっており、デジタルプラットフォームビジネスは、そのフットワークの軽さをバネに急速に成長した。急成長の要因は、フットワークの軽さだけによるものではない。指数関数的に進歩するテクノロジーがその成長に大きく関わっていることも忘れてはならない。

新たなイノベーションが古いビジネスを陳腐化させ経済や産業の新陳代謝を促すという流れは、今に始まったことではない。ただ、この数十年で起きたテクノロジーやイノベーションが驚くほど急速に発展したため、それに追従できなかった産業は、新興のデジタルプラットフォームビジネスに大きく水をあけられ、一部のビジネスモデルは存続の危機に瀕している。テクノロジーが進化し続ける限り、あらゆる産業がこの洗礼を受けることになる。その動きにどれだけ迅速に対応するかが、今後の産業が勝ち残っていく上での成否の分かれ目となるだろう。
 
 

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総合政策研究部   取締役 部長

清水 勘 (しみず かん)

研究・専門分野
経済政策研究担当

(2018年12月07日「研究員の眼」)

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