2019年10月15日

中期経済見通し(2019~2029年度)

経済研究部 経済研究部

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(10年間の実質GDP成長率は平均1.0%を予想)
今回の見通しでは、2019年10月に8%から10%に引き上げられた消費税率が2026年4月に12%に引き上げられることを想定した。また、今回の税率引き上げ時には食料品等に軽減税率が導入されたが、12%への引き上げ時も軽減税率の対象品目は税率が8%で据え置かれるとした。
消費税率1%引き上げの影響 当研究所のマクロモデルによるシミュレーションでは、消費税率を1%引き上げた場合、消費者物価は0.71%上昇し、物価上昇に伴う実質所得の低下などから実質GDPは▲0.24%、実質民間消費は▲0.37%低下する(いずれも1年目の数値)。

2014年4月の消費税率引き上げ時には、民間消費が大きく落ち込んだ(前年比▲2.6%)ことなどから2014年度の実質GDPが前年比▲0.4%のマイナス成長となった。2019年10月の消費税率引き上げは、引き上げ幅が前回よりも小さいこと、軽減税率が導入されること、大規模な政府の増税対策が実施されることから、消費増税による経済への影響は前回よりも小さくなる可能性が高い。また、税率の引き上げは2019年度下期からとなるため、税率引き上げ前後の駆け込み需要と反動減の影響は2019年度内でほぼ相殺されることから、年度ベースの成長率の振幅は小さくなるだろう。

ただし、2014年度に比べて増税前の消費の基調が弱いこと、外部環境(海外経済、為替動向等)が厳しいことから、増税後に景気が一定程度悪化することは避けられない。また、2013年9月に2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催が決定されて以降、日本経済はインバウンド需要や建設投資などによって押し上げられてきたが、2020年夏のオリンピック終了後には関連需要の剥落によって景気の停滞色が強まる可能性が高い。
実質GDP成長率の推移 実質GDP成長率は2017年度の1.9%から2018年度には0.7%へと減速したが、2019年度から2021年度までは潜在成長率をやや下回るゼロ%台後半の成長が続くことが予想される。2022年度に1.1%と潜在成長率並みの成長へと回帰した後は、2026年度の消費税率引き上げ前後で振幅が大きくなることを除けば、概ね1%台前半の成長が続くだろう。日本の実質GDP成長率は予測期間(2020~2029年度)の平均で1.0%になると予想する。過去10年間(2010~2019年度)の平均1.2%を若干下回るが、過去10年間の平均成長率には、世界金融危機後の大幅な落ち込みの反動で高成長となった2010年度(3.3%)が含まれている。実質的には、今後10年間の成長率は過去10年間と同程度になると予想している。
(10年間の消費者物価上昇率は平均1.1%を予想)
消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合)は「量的・質的金融緩和」が開始された2013年度以降、年度ベースでは2016年度(前年比▲0.2%)を除いてゼロ%以上となっている。日本銀行が物価安定の目標とする2%は達成されていないが、少なくとも継続的な物価下落を意味するデフレからは脱却したと考えられる。
潜在成長率とGDPギャップの推移 物価動向を左右する需給バランスを確認すると、当研究所が推計するGDPギャップは世界金融危機後の2009年度にはマイナス幅が▲5%程度(GDP比)まで拡大した後、2013年度には消費税率引き上げ前の駆け込み需要もあり実質GDPが2.6%の高成長となったことからゼロ近傍まで改善した。消費税率が引き上げられた2014年度には▲0.4%のマイナス成長となったことから、GDPギャップは▲1%程度のマイナスとなった後、2017年度に1.9%と高めの成長となったことを受けていったんプラス圏に浮上したが、2018年度以降の景気減速によって足もとでは小幅なマイナスとなっている。2021年度までは潜在成長率をやや下回る成長が続くことから、GDPギャップのマイナス幅は若干拡大するが、その後は成長率の振幅に応じて振れを伴いながらもゼロ%近傍の推移となるだろう。

このように、GDPギャップがマイナスとなることが多かった過去10年間に比べると、今後10年間は需給面からの物価下押し圧力は明らかに小さくなることが見込まれるが、それでも2%の物価安定目標を達成することは困難だろう。
消費者物価のうち、財については為替、原油価格などの変動に伴う原材料価格の上昇を価格転嫁する動きが見られる。一方、サービス価格については人手不足に伴う人件費上昇を価格転嫁する動きが一部で見られるものの、全体としては小幅な伸びにとどまっている。サービス価格と連動性の高い賃金が、労働需給の引き締まりが続く中でも低い伸びにとどまっていることがその背景にある。

企業収益が過去最高を更新し、失業率もバブル期の水準まで低下するなど、賃上げを巡る環境は極めて良好な状態が続いてきたにもかかわらず、春闘賃上げ率は定期昇給分を除いたベースアップで0.5%前後にとどまっている。企業の慎重な賃金設定スタンスが維持される中、デフレマインドが残存していることを背景に労働者側の賃上げ要求水準が上がらないことが賃上げ率の低迷につながっている。賃金上昇率がベースアップで2%程度まで高まらなければ、サービス価格の上昇を通じて消費者物価上昇率が安定的に2%を維持することは困難と思われるが、予測期間中に賃上げ率が2%を上回る可能性は低いだろう。
財・サービス別の消費者物価(生鮮食品を除く)/サービス価格と賃金
消費者物価(生鮮食品を除く総合)の予測 消費者物価(生鮮食品を除く総合、消費税の影響を除く)は、景気低迷が続く2021年度までゼロ%台半ばの上昇率が続いた後、2022年度以降は需給バランスの改善に伴い伸びが高まり、消費税率引き上げ前の駆け込み需要で景気が過熱気味となる2025年度には1.8%まで上昇率が高まるだろう。物価上昇の定着によって企業、家計の予想物価上昇率が安定的に推移する中、金融政策面で緩和的なスタンスが維持されることから、その後も1%程度の伸びは確保されるものの、年度ベースで物価安定目標の2%が達成されることはないだろう。

消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合、消費税の影響を除く)は過去10年平均の0.2%に対し、今後10年間の平均で1.1%になると予想する。
(経常収支は2020年代後半に赤字へ)
足もとの経常収支はGDP比で3%を超える高水準の黒字となっているが、中長期的には貯蓄投資バランスによって決定される。部門別の貯蓄投資バランスの推移を見ると、貯蓄超過が続いていた家計部門は2013年度には小幅な貯蓄不足となったが、2014年度には再び貯蓄超過に戻った。一般政府はバブル期に貯蓄超過に転じた局面もあったが、バブル崩壊後は投資超過を続けている。また、企業部門は1998年度から一貫して貯蓄超過が続いている。
家計貯蓄率の見通し 家計貯蓄率は高齢化や可処分所得の伸び悩みの影響から長期的に低下傾向が続き、消費税率引き上げ前の駆け込み需要で個人消費が高い伸びとなった2013年度にはマイナスに転じたが、2014年度以降は個人消費の低迷に伴い2%台まで上昇している。消費増税の影響もあり個人消費はしばらく低い伸びが続くため、家計貯蓄率は2020年代初頭にかけて4%程度まで上昇するだろう。しかし、長い目でみれば高齢化の更なる進展が家計貯蓄率の低下要因となり、2020年代後半には家計貯蓄率がマイナスに転じることが見込まれる。これに伴い家計部門の貯蓄投資バランスも予測期間末には投資超過となることが予想される。
企業部門は、設備投資の伸びが高まることや予測期間終盤には金利上昇に伴い利払い費が増加することから貯蓄超過幅は縮小に向かう。政府は財政赤字の削減が緩やかながらも進展することから投資超過幅は縮小傾向となるだろう。今回の見通しでは、政府の投資超過幅は縮小するものの、家計が貯蓄超過から投資超過に転じ、企業の貯蓄超過幅が縮小する結果、経常収支は予測期間終盤に小幅ながら赤字化すると予想する。
制度部門別貯蓄投資バランス/経常収支の推移
(貿易収支の赤字、第一次所得収支の黒字が続く)
経常収支の内訳をみると、貿易収支は2017年度の4.5兆円から輸出の低迷を主因として2018年度に0.7兆円へと黒字幅が縮小した後、2019年度は小幅な赤字となることが見込まれる。貿易収支は短期的には海外経済、為替、原油価格の動向などに左右されるが、中長期的には高齢化の進展に伴う国内供給力の伸び率低下から趨勢的には輸入の伸びが輸出の伸びを上回ることになるため、貿易赤字の拡大傾向が続く可能性が高い。貿易収支は予測期間末には赤字幅が名目GDP比で3%程度まで拡大することが予想される。

一方、経常黒字の蓄積による対外資産の増加を反映し、2018年度の第一次所得収支は21.0兆円(GDP比で3.8%)の高水準となっている。日本の対外資産は1990年末の279兆円から2018年末には1018兆円まで増加し、対外資産から対外負債を差し引いた対外純資産も2018年には342兆円に達している。

今回の予測では、為替レートは2022年度まで円安基調が続いた後、2023年度以降は緩やかな円高傾向で推移するとしている。このため、第一次所得収支の黒字幅は予測期間中盤までGDP比で3%台の高水準で推移した後、予測期間後半は黒字幅が徐々に縮小すると予想する。
(訪日外国人旅行者数は10年後には5000万人へ)
オリンピック開催決定後の外国人旅行者数は過去の開催国をはるかに上回るペースで伸びている。これに伴い、一貫して赤字が続いてきたサービス収支は、旅行収支の改善を主因として赤字幅が縮小している。旅行収支は訪日外国人旅行者の急増を主因として2015年に1.1兆円と1996年の現行統計開始以来初の黒字となった後、2018年には2.4兆円まで黒字幅が拡大している。

安倍政権発足後に最初に策定された「日本再興戦略(2013年6月)」では、「2013年に訪日外国人旅行者1000万人、2030年に3000万人超を目指す」としていたが、「日本再興戦略」改訂2014では、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催決定を受けて、「2020年に向けて、訪日外国人旅行者数2000万人の高みを目指す」という目標を追加した。さらに、「日本再興戦略2016」では、訪日外国人旅行者数の目標を「2020年に4000万人、2030年に6000万人」へと上方修正し、訪日外国人旅行消費額の目標は「2020年に8兆円、2030年に15兆円」とした。
オリンピック開催時期の外国人旅行者数/訪日外国人旅行者数と旅行収支の予想
訪日外国人旅行者数は2012年から2017年まで前年比で二桁の高い伸びを続けてきた。2018年は台風、大地震による自然災害の影響、2019年は日韓関係悪化に伴う韓国からの旅行者数急減の影響で伸び率が鈍化しているが、東京オリンピック・パラリンピック開催年に当たる2020年には伸びが再加速することにより、政府目標の4000万人を突破する可能性が高い。一方、中国人を中心とした「爆買い」が一巡したことなどから一人当たり消費額は2016年頃から伸び悩みが続いている。2018年の訪日外国人消費額は4.5兆円で、2020年に8兆円を上回るには2019年、2020年の2年間で70%以上伸びる必要がある。訪日外国人消費額の目標達成は厳しいだろう。

過去のオリンピック開催国の例では、オリンピック終了後も外国人旅行者数の増加傾向が維持されるケースが多い。日本は近年の増加幅が極めて大きかったこともあり、オリンピック終了後には増加ペースが緩やかとなる可能性が高いが、訪日外国人旅行者数は予測期間末の2029年には5000万人を上回ることが予想される。

旅行収支の黒字幅は2018年の2.4兆円から2029年には6.4兆円まで拡大するだろう。旅行収支の受取額は2018年の4.6兆円、GDP比0.9%から2029年には9.6兆円、GDP比1.5%まで拡大すると予想する。
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