2019年08月26日

改正相続法の解説(4)-銀行預金をどう払い戻すか

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

人が亡くなると何かとお金がかかる。たとえば一般的な葬儀をあげるとすれば葬式代や接待食事代、お布施等で200~300万円程度、家族葬という簡易なお葬式でも100万円程度はかかるといわれている。最近では通夜も告別式も行わない直葬というものもあり、直葬では十数万円~数十万程度で収まるとはいわれているようだ。

さて、大事な人が亡くなったら、悲しみにくれる間もなく、あちこちに届出をしなければならない。役所への届出、税務署への届出、保険会社への届出等があるが、銀行にも届け出ないといけない。ご存知の方も多いかと思うが、銀行へ届出をしたと同時に故人の銀行口座は凍結されてしまい、引き出しができなくなる。そうすると亡くなった人が主に生計を負担していた場合は、残された家族の生活費が引き出せなくなる。また、葬式代も支払うことができなくなる。

さらに、クレジットカード利用代金の引き落としや、公共料金の振替も行われなくなる。すぐに公的サービスが止まることはないであろうが、滞納状態が長く続くことは好ましくない。

預金が凍結されるのは、銀行預金が相続人間で分割の対象となる相続財産となるとされているため、遺産分割前には各相続人が勝手に引き出せないからである。このことは最大決平成28年12月19日民集70巻8号2121項で示されている。なお、この最高裁決定より前の裁判所のスタンスでは、預貯金は分割可能な債権であるとし、相続と同時に各相続人に当然に分割され、各相続人は自己が相続した分の預貯金を引き出せるものとしていた1

本年7月施行の改正相続法では遺産分割前の預貯金の引き出しについて二つの制度を用意し、複数の相続人がいる場合においても単独の相続人が引き出せる制度を用意した。

今回も仮定のケースを前提に説明を加えたい。被相続人には相続人として配偶者と子がいることとする。相続財産のうち、預貯金はA銀行に普通預金900万、定期預金(満期到来済み)600万円、またB銀行に普通預金が600万円あるとする。A銀行とB銀行の預金合計2100万円のほかに相続財産はないものとする(図表1、以下本件ケース)。
【図表1】仮定のケース
なお、本稿にかかる民法の改正についてはすでに本年7月1日に施行済みであるので、条文引用の際には単に民法と表記する。
 
1 ただし、従来の銀行実務では預貯金の引き出しには相続人全員の同意を求めるなど厳重な手続きに従う限りにおいて認めていた。
 

2――遺産分割前の預貯金の払戻制度

2――遺産分割前の預貯金の払戻制度-必要書類取得に手間がかかる-

1制度の概要
本件ケースで配偶者が喪主となって葬儀を執り行うこととなり、葬式費用を支払うために250万円ほど銀行口座から引き出したいとする。

民法第909条の2によると、各相続人は遺産に属する預貯金債権額の三分の一に自分の法定相続分を乗じた額については単独で引き出すことができるとされている。ただし、一銀行あたり150万円を上限とする(民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額を定める省令)。

なお、本件ケースでは法定相続分は配偶者も子も二分の一ずつである(民法第900条)。
そうすると配偶者がA銀行から引き出せる額は、まず個別の預金ごとに見るとそれぞれの上限額は、
個別の預金ごとに見るとそれぞれの上限額
となる。合計は250万円となるが、一銀行あたり150万円の制限を超えてしまうことから、A銀行からは150万円を上限として引き出すことができる。

他方、B銀行からは、
B銀行から
まで引き出すことができるので、両行をあわせて必要額250万円を充たすことができる。
2具体的な手続き
全国銀行協会のHPによれば、必要書類は引き出しをしようとする相続人の本人確認書類にくわえて以下の書類が必要としている。

(1) 被相続人(亡くなられた方)の除籍謄本、戸籍謄本または全部事項証明書(出生から死亡までの
連続したもの)
(2) 相続人全員の戸籍謄本または全部事項証明書
(3) 預金の払戻しを希望される方の印鑑証明書

相続人が権利を単独行使できるといっても、さほど時間のない中で、取得に手間のかかる必要書類があることに留意が必要である。
 
ところで、このように引き出した預金はその後の遺産分割においてどのように取り扱われるのであろうか。この点について民法第909条の2は預貯金債権を引き出した者が遺産の一部の分割により、これを取得したものとみなすとしている。葬式費用の負担について民法は明らかにしていないが、喪主が負担するという考えが有力なようである2。そうすると、本件ケースでは、配偶者が250万円の遺産を既に受け取っているので、配偶者と子の最終的な取得分が葬式費用引き出し前の相続財産総計額(2100万円)の二分の一(各々1050万円)になるように残りの預貯金(1850万円)を分割することが原則となりそうである。この場合、各々の取得額は以下の通りである。

配偶者:800万円 (先に引き出した250万円を加えて総計1050万円)
子  :1050万円

ただ、引き出した250万円を葬儀のために使ったことが明らかであれば、その残りである1850万円を二分の一ずつ分割することも必ずしも不合理ではないと思われる。
 
2 なお、葬式費用は相続税法上、相続財産から控除できることとされている(相続税法第13条第1項第2号)。
 

3――預貯金債権について仮分割の仮処分

3――預貯金債権について仮分割の仮処分-家庭裁判所への申立てが必要-

1制度の概要
預貯金を遺産分割前に引き出すことのできるもうひとつの制度は、預貯金債権についての仮分割の仮処分である。相続法制改正の一環として、家事事件手続法が改正されている(本年7月1日施行)。同法第200条第3項では、家庭裁判所は、
(1) 遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、
(2) 相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要があるときは、
(3) 他の共同相続人の利益を害しない限り、
相続人の申立てにより、預貯金債権の一部又は全部を申立人に仮に取得させることができるとしている。

本件ケースにおいて、配偶者と子の間で遺産の分割に争いがあって、家庭裁判所の調停等にまでもつれ込んだとき(上記①)、上記②に該当する理由があれば家庭裁判所の仮処分に基づいて預貯金の払戻ができる。この払戻は他の共同相続人を害さないという限度つきである(上記③)。たとえば本件ケースで被相続人に1500万円の借入があって調停期間中に返済期限が来たとする。配偶者が借入金の返済をするために申し立てた場合は、1500万円分の預貯金の払戻が認められると考えられる。2100万円の相続財産(積極財産)だけに着目すれば、子の法定相続分は1050万円であるところ、1500万円を支払ってしまえば、子が満額の1050万円受け取れない結果を招き、子の利益を害するようにも見える。しかし借入金(消極財産)は相続人が法定相続分で継承するのが原則であることからすれば、そもそも2100万円の相続財産を二分の一ずつ分割した後、相続した借入金1500万円の二分の一をそれぞれが支払う場合と結果は同じになる。したがって、この場合は子の利益を侵害しないと考えられる。

(配偶者が仮分割を受けて借入金を弁済するケース)
配偶者が借入金1500万円弁済
⇒配偶者と子が預貯金各1050万円を相続
⇒配偶者が子に借入金弁済額の分担割合である2分の1(法定相続分)の750万円を請求
⇒配偶者も子も最終取得額は各300万円
 
(各々が相続財産を相続し、それぞれ借入金を弁済するケース)
配偶者と子がともに預貯金各1050万円を相続
⇒配偶者と子がそれぞれ750万円の借入金を弁済
⇒配偶者も子も最終取得額は各300万円
 
他方、本件ケースでこの1500万円が借入金の返済ではなく、たとえば配偶者が施設入居するための一時金だとした場合は、残る財産の600万円では子の法定相続分である1050万円には足りず、子の利益を害することとなるため、家庭裁判所は仮処分を認めないものと思われる。
2具体的な手続き
仮払いの申立ては相続人から遺産分割の審判や調停を行っている家庭裁判所に対して行う。仮処分の決定が行われると審判書が交付されるので、その謄本(審判書上確定表示がない場合は、さらに審判確定証明書も必要)、および払戻を使用とする相続人の印鑑証明書を銀行に提出する。

この仮払いにより各相続人の最終的な相続分が増減することはなく、仮分割がなかったものとして分割の調停または審判が行われる3
 
3 堂園幹一郎、野口宣大「一問一答・新しい相続法」(商事法務・平成31年)p84参照。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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