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感染症の現状 (前編)-医療関連感染の防止には何が必要か?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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大腸菌は、ヒトの常在菌として大腸に存在する。通常は、感染症を発症させることはない。ただし、免疫不全のある患者には日和見感染症として、大腸菌が血流などに乗って感染症を起こす場合がある。
大腸菌のうち、感染症が問題になるのは「腸管出血性大腸菌」で、重症患者では痙攣(けいれん)や意識障害などの脳症や、「溶血性尿毒症症候群(HUS 26)」を起こすことがある。HUSは、溶血性貧血、血小板減少、腎臓の細い血管内に血小板血栓が生じることによる急性腎不全が主な症状となり、致死率が高くなる。これまでに国内では、汚染された井戸水などが原因となって、医療施設での集団感染が発生している。特に、O-15727は、30分ごとに二分裂を繰り返すような高い増殖能力を有している。このため、体内にわずか50個ほどの菌が入っただけでも、10時間後には100万個以上に増殖して、大腸内でベロ毒素と呼ばれる毒素を産生して発症に至るとされる。
医療施設では、まず、日常的な給食管理における腸管出血性大腸菌による集団感染の1次発生を防止する。併せて、感染症を発症している患者の入院を受け入れる際に、他の入院患者や医療従事者への伝播による2次感染を予防することも重要となる。腸管出血性大腸菌感染症に対しては、標準予防策に加えて糞便を中心とした接触感染予防策がとられる。
26 HUSは、Hemolytic Uremic Syndromeの略。
27 O(オー)は、O抗原という細胞壁の抗原を意味する。大腸菌は、O抗原によって180種類ほどに分類される。O-157は、157番目に発見されたため、そのような名称となった。
緑膿菌は、水が溜まる場所に繁殖しやすいとされる。このため、病院内のトイレ、浴室などの水回りで繁殖して、患者に感染する頻度が高い。ときには氷嚢(のう)用の氷の製氷機のなかで、緑膿菌が増殖するといったケースもある。
緑膿菌は、傷口に感染したときに、緑色の膿を出すことからこのように名づけられた。緑膿菌の病原性は低く、通常、健康な人は感染症を起こすことはないとされる。緑膿菌が起こす感染症は、主に免疫力の低い患者に対する日和見感染である。
一般に大腸菌や緑膿菌等のグラム陰性菌は、グラム陽性菌よりも高い薬剤抵抗性を持つとされる。このうち、緑膿菌は、抗菌薬の継続使用により、耐性を獲得しやすいとされる。複数の抗菌薬に耐性を示す多剤耐性緑膿菌(MDRP28)も出現している。このため、治療に抗菌薬を用いる際の選択範囲が限られるという問題も出てきている。緑膿菌の感染が想定される場合には、初期治療と最適治療とで、厳格に抗菌薬を変えるといったことも行われている。
28 MDRPはMulti Drug Resistant Pseudomonas aeruginosaの略。
病院内で、腸炎により発症する頻度の高い下痢として、クロストリディオイデス・ディフィシル感染症(Clostridioides difficile infection, CDI)が知られている。抗菌薬の投与により、腸内細菌叢(そう)(腸内で一定のバランスを保ちながら共存しているさまざまな腸内細菌の集まりで、「腸内フローラ」とも呼ばれる)が破壊されると、クロストリディオイデス・ディフィシル(CD)という菌が増殖する。この菌がトキシンという毒素を産生して、腸炎を引き起こす。CDIの症状は、下痢や腹痛が中心となる。
CDIの感染を予防するためには、患者を個室管理29し、トイレを他の患者と共有しないことと、医療従事者の予防策が必要となる。
医療従事者を通じた患者間の感染を防ぐために、標準予防策と接触感染予防策が用いられる。特に、医療従事者は、患者ケアの前後に衛生的手洗い30をする必要がある。CDは、「芽胞」を形成することが特徴とされる。この芽胞には、アルコール消毒が効かない。このため、CDIを防ぐためには、石鹸と流水での手洗いが必要となる。また、医療従事者は、患者ケアの際、ガウンと医療用手袋の着用が求められる。このガウンや手袋を使い回しは禁止とされており、患者ごとに廃棄される。
29 すべての感染患者に対して個室が確保できない場合もある。その場合は、同じ病原体の保菌者、感染者を、同じ大部屋で入院させる。これは「患者のコホーティング」と呼ばれる。アウトブレークが起こり、感染患者が多数発生している場合、医療従事者のうち、専任スタッフを指定する「スタッフのコホーティング」が行われることもある。専任スタッフは、感染患者のみをケアして、他の患者のケアは行わない。これは、スタッフの手指や衣類を介した患者間の感染拡大や耐性菌の移動を防ぐ狙いがある。
30 手洗いには、一般の人が食事前やトイレ後に行う「日常的手洗い」、医療従事者がケアの前に行う「衛生的手洗い」、手術前に行う「手術時手洗い」がある。
5――医療関連感染の予防
また、標準予防策は、常時行われるもので、感染症予防策のベースといえる。標準予防策だけでは感染経路を完全には遮断できない場合に、感染経路別予防策(接触感染予防策、飛沫感染予防策、空気感染予防策等)が用いられる。複数の感染経路がある場合には、複数の感染経路別予防策が併用される。
病室での入院患者のケアは、原因菌や感染経路によって異なる。感染経路別予防策について、接触感染、飛沫感染、空気感染別にみていこう。
(1) 接触感染予防策
患者とその周辺環境への接触を通じて、感染病原体が伝播することを防止する。患者をケアする医療従事者は、病室に入る際にガウンと手袋を装着し、病室から出る前に廃棄する。患者は個室へ入院させるが、個室が不足する場合は、同じ病原体の保菌者・感染者を同じ大部屋で入院させる「コホーティング」が行われる。
(2) 飛沫感染予防策
飛沫に含まれた患者の呼吸器からの分泌物が、別の人の呼吸器や粘膜に接触して感染病原体が伝播することを防止する。飛沫感染では、病原体が感染性を維持しながら長距離を移動することはないため、換気や特別な空気処置は不要とされる。患者をケアする医療従事者は、病室に入る際に「サージカルマスク31」を装着し、退室時に廃棄する。また、患者も咳エチケットとして、サージカルマスクを装着する。
31 耐水加工で水滴を通しにくい外層、高密度でほこり・飛沫などに含まれるウイルスを捕集する中間層、肌触りや通気性のよい内層、の三層構造からなる。平均径3マイクロメートル(1000分の3ミリメートル)以上の粒子が除去される割合は、95%以上とされる。
(3) 空気感染予防策
空気中を浮遊して、長距離に渡って感染性を維持しうる病原体が伝播することを防止する。患者は、「空気感染隔離室」に入室させる。病原体を含んだ空気流が室内から外部に出ていかないよう、室内の空気圧が隣接区域よりも陰圧となるように維持する。病室の扉は、必ず閉める。患者をケアする医療従事者は、入室時に「N95マスク 32」を装着する。一方、患者は咳エチケットとして、サージカルマスクを装着する。
32 Nは「耐油性なし(Not resistant to oil)」、95は最も捕集しにくいとされる動力学的直径が0.3マイクロメートルの粒子に対する試験で「95%以上の捕集効率を示した」ことを意味する。N95マスクは、工事現場のような油分を含む環境では使用できない。装着にあたり、空気の漏れがないか、事前にフィットテストを行っておく。フィットテストには、噴霧したサッカリンの味を装着状態で感じるかどうかといった定性的フィットテストと、専用機器によりマスクの内外の室内粉塵の割合を測定する定量的フィットテストがある。そして臨床医療において、フィットテスト合格済のN95マスクを装着する際は、息を吐く陽圧チェックと、息を吸う陰圧チェックのシールチェックを通じて、空気の漏れがないことを確認する。
また、災害や事故に伴う救急処置として手術を行うような場合、患者は大量の出血をすることがある。医療従事者は、患者の血を浴びる血液曝露の恐れがあるため、ゴーグルやフェイスシールドを装着して、眼や顔面を守ることが必要となる。
33 以前は、ブラシを用いて、洗浄剤を含んだ消毒薬で5分以上手洗いを行っていた。しかし、そのために手荒れが悪化して、かえって手に付着する細菌が増えてしまうことがあったといわれる。
患者に人工透析を行う透析室には、手術室や病棟とは異なる特殊性がある。まず、血液透析を受ける患者の血液が飛散しやすい。患者の血管に、何度も穿刺針が挿入されるためだ。また、1回4時間程度の透析中、他の透析患者と透析室を共有する。すなわち、透析室では数件の小手術を同時に行っている状態とみることができる。このため、感染症の病原菌が患者間で伝播する恐れがある34。
特に、B型肝炎ウイルスは透析装置のコントロールスイッチ、鉗子(かんし)、はさみ、ドアノブなどに生息して1週間程度感染力の維持が可能とされる。このため、透析室の感染予防策が必要となる。
予防策の1つとして、透析を受ける患者のベッド配置が工夫される。B型肝炎ウイルスに感染している患者(同ウイルスの外殻を構成するHBs抗原というタンパク質が検出される患者)のベッドを透析室内の隅に配置する。そして、B型肝炎ウイルスに対する免疫を持っている患者(HBs抗原に対する抗体を持っている患者)のベッドを、それを取り囲むように配置する。B型肝炎ウイルスに対する免疫を持っていない患者のベッドはその外側に配置する。つまり、感染防止のために、免疫を持つ患者を緩衝として配置する形をとる。加えて、ケアを行う医療従事者について、感染者と免疫を持っていない患者の同時ケアは不可とする。ただし、感染者と免疫保持者のケア、免疫保持者と免疫を持っていない患者のケアは可とする。このようにすることで、ケアを通じた感染を防止する。
34 「You Can Do it ! CDCガイドラインの使い方 感染対策-誰でもサッとできる !」矢野邦夫著(メディカ出版, 2019年)を参考に、筆者がまとめた。
(2019年08月13日「基礎研レポート」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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