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- 2019年の欧州のリスク-外的リスクに弱く、政策対応力に不安
2018年11月21日
通商摩擦の影響を受けやすいドイツ。消えていない米国の自動車追加関税リスク
外的な下振れリスクのうち、通商摩擦の影響を受けやすいのは、製造業の輸出を柱とする国であり、その代表格がドイツだ。
ドイツにとっては引き続き米国の通商政策が懸念材料だ。米中貿易戦争の間接的な影響ばかりでなく、ドイツが最も警戒する自動車と自動車部品への追加関税のリスクも消えていない。
米国とEUは、今年7月の首脳会談で通商交渉を開始、交渉期間中は新たな措置を採らないこと、鉄鋼とアルミの輸入制限措置についても見直すこと、世界貿易機関(WTO)改革で共同歩調をとることなどで合意した。
うち、WTO改革については4、今月12日のWTO物品貿易理事会に日米欧などが、通知なしの補助金交付などのルール違反に制裁を課す改革案を共同提案した。しかし、中国が反対の意向を示すなど、164の加盟国・地域の幅広い支持を得る目途は立っていない。
米欧の通商交渉の先行きも不透明だ。米通商代表部(USTR)は、10月16日に、日本、EU、英国と貿易協定の締結のため通商交渉を始める方針を米議会に通知し、米国側は19年1月中旬には交渉を開始できる体制が整いつつある5。
しかし、EU側は、正式な協議に入る目途が立っていない。通商交渉における大統領の権限が大きい米国と異なり6、EUの場合、欧州委員会が加盟国に交渉権限の委任を求める手続きを必要とする。この手続きが、USTRとの間で交渉範囲に農産品を含めるか否かでの対立が続いているため進んでいない。7月の米EU首脳会議の合意文書7には、交渉の対象は「自動車以外の工業製品」と明記されているが、USTRは農産品を対象とすることを主張しているという。欧州委員会のマルムストロム通商担当委員は、11月14日のUSTRのライトハイザー代表との会談の後、メディアに、「ライトハイザー代表は、EUは自動車と自動車の追加関税を回避できるかについて確約しなかった」と語っている。EUが要求している鉄鋼とアルミの輸入制限措置の撤回に応じる姿勢もないようだ。
通商摩擦の拡大が、足もとは好調を保つ投資にも影響を及ぼすリスクへの警戒が必要だ。
4 WTO改革については、研究員の眼「WTO改革を巡る協調の行方-三極フォーラムへの参加で感じたこと」(https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=59780?site=nli)もご参照下さい。
5 USTR (2018)
6 米国では2021年6月30日まで3年間延長された大統領貿易促進権限(TPA)法により、TPAに定められた目的や手続きにのっとって政権がまとめた通商協定法案は、議会で修正を受けずに賛否のみの採決に付すことができる。
7 European Commission (2018a)
ドイツにとっては引き続き米国の通商政策が懸念材料だ。米中貿易戦争の間接的な影響ばかりでなく、ドイツが最も警戒する自動車と自動車部品への追加関税のリスクも消えていない。
米国とEUは、今年7月の首脳会談で通商交渉を開始、交渉期間中は新たな措置を採らないこと、鉄鋼とアルミの輸入制限措置についても見直すこと、世界貿易機関(WTO)改革で共同歩調をとることなどで合意した。
うち、WTO改革については4、今月12日のWTO物品貿易理事会に日米欧などが、通知なしの補助金交付などのルール違反に制裁を課す改革案を共同提案した。しかし、中国が反対の意向を示すなど、164の加盟国・地域の幅広い支持を得る目途は立っていない。
米欧の通商交渉の先行きも不透明だ。米通商代表部(USTR)は、10月16日に、日本、EU、英国と貿易協定の締結のため通商交渉を始める方針を米議会に通知し、米国側は19年1月中旬には交渉を開始できる体制が整いつつある5。
しかし、EU側は、正式な協議に入る目途が立っていない。通商交渉における大統領の権限が大きい米国と異なり6、EUの場合、欧州委員会が加盟国に交渉権限の委任を求める手続きを必要とする。この手続きが、USTRとの間で交渉範囲に農産品を含めるか否かでの対立が続いているため進んでいない。7月の米EU首脳会議の合意文書7には、交渉の対象は「自動車以外の工業製品」と明記されているが、USTRは農産品を対象とすることを主張しているという。欧州委員会のマルムストロム通商担当委員は、11月14日のUSTRのライトハイザー代表との会談の後、メディアに、「ライトハイザー代表は、EUは自動車と自動車の追加関税を回避できるかについて確約しなかった」と語っている。EUが要求している鉄鋼とアルミの輸入制限措置の撤回に応じる姿勢もないようだ。
通商摩擦の拡大が、足もとは好調を保つ投資にも影響を及ぼすリスクへの警戒が必要だ。
4 WTO改革については、研究員の眼「WTO改革を巡る協調の行方-三極フォーラムへの参加で感じたこと」(https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=59780?site=nli)もご参照下さい。
5 USTR (2018)
6 米国では2021年6月30日まで3年間延長された大統領貿易促進権限(TPA)法により、TPAに定められた目的や手続きにのっとって政権がまとめた通商協定法案は、議会で修正を受けずに賛否のみの採決に付すことができる。
7 European Commission (2018a)
市場の緊張の影響を受けやすいイタリア
他方、金融市場の緊張の高まりの影響を受けやすいのは、過剰な債務、銀行システムの脆弱性、競争力が低い国々であり、その代表格がイタリアだ。
21日にも欧州委員会は、イタリアの2019年度(1~12月)の拡張的な暫定予算案に対する正式な意見を表明する見通しだ8。イタリアの政府債務や不良債権の規模が大きく、システミック・リスクとなりかねない。欧州委員会は、予算案の修正要請に対して、財政赤字の目標等の大枠は変えず、国有資産の売却加速に留めたイタリアに厳しく対処せざるを得ない。拡張的な暫定予算案、EUとの対立を嫌気して、イタリアの10年国債利回りの水準はじわじわと上昇している(図表9)。イタリア政府にとっては、EUとの対立の長期化は、財政運営が厳しさを増し、銀行システムからの資本流出加速を招きかねないリスクを伴う。
EUにとっても、有権者が支持する予算案を阻止し、さらに制裁を課すという段階に入ることにはイタリアにおける反EU機運を高めるという深刻な副作用を伴う。
19年5月には5年に1度の欧州議会選挙という審判の時を控えるだけに悩ましい。
8 イタリアの19年度の暫定予算案を巡るEUとの対立については、Weeklyエコノミスト・レター2018-10-25「イタリア19年度予算案の波紋−初の暫定予算案差し戻しのその先」(www.nli-research.co.jp/report/detail/id=59951?site=nli)もご参照下さい。
21日にも欧州委員会は、イタリアの2019年度(1~12月)の拡張的な暫定予算案に対する正式な意見を表明する見通しだ8。イタリアの政府債務や不良債権の規模が大きく、システミック・リスクとなりかねない。欧州委員会は、予算案の修正要請に対して、財政赤字の目標等の大枠は変えず、国有資産の売却加速に留めたイタリアに厳しく対処せざるを得ない。拡張的な暫定予算案、EUとの対立を嫌気して、イタリアの10年国債利回りの水準はじわじわと上昇している(図表9)。イタリア政府にとっては、EUとの対立の長期化は、財政運営が厳しさを増し、銀行システムからの資本流出加速を招きかねないリスクを伴う。
EUにとっても、有権者が支持する予算案を阻止し、さらに制裁を課すという段階に入ることにはイタリアにおける反EU機運を高めるという深刻な副作用を伴う。
19年5月には5年に1度の欧州議会選挙という審判の時を控えるだけに悩ましい。
8 イタリアの19年度の暫定予算案を巡るEUとの対立については、Weeklyエコノミスト・レター2018-10-25「イタリア19年度予算案の波紋−初の暫定予算案差し戻しのその先」(www.nli-research.co.jp/report/detail/id=59951?site=nli)もご参照下さい。
2019年は5年に1度の欧州議会選挙の年。EUにとって大きな転換点に
欧州議会の選挙の結果は、次期、欧州委員会委員長のポストに反映される。欧州議会では、議員は、会派を組んで活動するが、会派の形成には7カ国25人以上議員が必要だ。現在、欧州議会にはENF、EFDDなどのEU懐疑派の会派があるが、EU懐疑派が、第1会派となって欧州委員会のトップを担うというほどの激変はさすがにないだろう(図表10、図表11)。それでも、EU統合を推進してきた中道右派のEPP、中道左派のS&Dの議席減は避けられない見通しであり、議席の分散が予想される。
EUの立法は、加盟国の代表からなる閣僚理事会と欧州議会が共同で行うが、イタリア、ハンガリー、ポ-ランドなど、すでに閣僚理事会には、EU懐疑主義の政権の閣僚が参加するようになっている。19年に欧州議会の構成も変わることで、EUの政策決定の困難さが一段と増すことが予想される。
EUの立法は、加盟国の代表からなる閣僚理事会と欧州議会が共同で行うが、イタリア、ハンガリー、ポ-ランドなど、すでに閣僚理事会には、EU懐疑主義の政権の閣僚が参加するようになっている。19年に欧州議会の構成も変わることで、EUの政策決定の困難さが一段と増すことが予想される。
委員会の委員だけでなく、EU首脳会議の議長、ECBのドラギ総裁とEU機関のトップの顔ぶれも替わる。
さらに長年にわたり存在感を発揮してきたドイツのメルケル首相も与党党首退任後、首相ポストを維持できるかも不透明だ。フランスのマクロン大統領の支持率も下げ止まらない。
独仏の指導力低下が、危機対応力の低下につながるリスクも懸念される。
さらに長年にわたり存在感を発揮してきたドイツのメルケル首相も与党党首退任後、首相ポストを維持できるかも不透明だ。フランスのマクロン大統領の支持率も下げ止まらない。
独仏の指導力低下が、危機対応力の低下につながるリスクも懸念される。
[参考資料]
・European Central Bank (2018a), “Introductory Statement”, 25 October 2018 (https://www.ecb.europa.eu/press/pressconf/2018/html/ecb.is181025.en.html)
・European Central Bank (2018b), “Results of the Q4 2018 ECB Survey of Professional Forecasters”, 26 October 2018 (https://www.ecb.europa.eu/press/pr/date/2018/html/ecb.pr181026.en.html)
・European Commission (2018a), “Joint EU-U.S. Statement following President Juncker’s visit to the White House”, 26 July 2018 (http://trade.ec.europa.eu/doclib/press/index.cfm?id=1898)
・European Commission (2018b), Autumn 2018 Economic Forecast: sustained but less dynamic growth amid high uncertainty (https://ec.europa.eu/info/sites/info/files/economy-finance/ecfin_forecast_autumn_081018_overview_en.pdf)
・The United States Trade Representative(2018), “Trade Administrations Announces Intent to Negotiate Trade Agreement with Japan, the European Union and the United Kingdom”, 10/16/18 (https://ustr.gov/sites/default/files/20181017004903138_2.pdf)
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経歴
- ・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職
・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
(2018年11月21日「Weekly エコノミスト・レター」)
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