2018年11月12日

Brexitに向けての保険会社及びLloyd’sの対応-欧州拠点移転等の状況はどうなっているのか-

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5―国境を越えた保険契約の取扱等を巡る英国とEU等の動き

前回のレポート「Brexitに向けての英国政府の対応-No-deal(合意なし)シナリオも踏まえた保険監督当局等の検討状況-」(2018.10.30)において、「国境を越えた保険契約(Cross-border contracts)の取扱」を巡る動きについては、英国と(英国以外の)EUの間での認識や対応に差異が見られている、と報告した。

ここまで、述べてきたように、多くの英国等の保険会社は、この問題に対して、英国以外にEUの保険子会社を設立して、Part VII の移転を行うことで対応しようとしている。ところが、全ての保険会社がこのような対策を講じているわけではなく、引き続きこの問題は英国の保険業界がBrexitに伴う最も大きな課題の1つと考えるものとなっている。

これに関して、先の基礎研レポートの出稿後に新たな動きがあったので、ここで報告しておく。

1|国境を越えた保険契約に関して、新たにEIOPAが声明を発表
EIOPAは、2018年11月5日に、「EIOPAは、国境を越えた保険におけるサービスの継続性を確保するための即時行動を求めている(EIOPA calls for immediate action to ensure service continuity in cross-border insurance)」との声明5を発表した。なお、EIOPAは、2017年12月に、「保険会社は、EUからの英国の撤退に際し、サービスの継続性を確保するための十分かつタイムリーな準備を行うことを促される」として、「EUからの英国の離脱を踏まえた保険におけるサービス継続性に関する意見(Opinion on service continuity in insurance in light of the withdrawal of the United Kingdom from the European Union)」とする意見書6を公表していた。

この意見書の中で、EIOPAは、英国と英国が離脱した後の英国なしの欧州共同体(EEA30)間の国境を越えた保険契約の継続性を保証するために、保険会社に適切な時期に必要な措置を講じるように要請していた。

今回の声明の中で、EIOPAは、「保険会社、特にEEA30カ国7における国境を越えた契約を有する英国及びジブラルタルからの会社のコンティンジェンシー・プラン(緊急時対応計画)を綿密に監視している。」と述べた。EIOPAによれば、「EEA30カ国で大規模な国境を越えた契約を有する保険会社は、措置を講じ、緊急時対応策を実施している。しかし、現在まで、EEA30カ国の管轄区域で国境を越えた契約を有する英国とジブラルタルからの124の会社は、英国がEUとの間で合意なしで離脱した場合にサービスの継続性を確保するためのコンティンジェンシー・プランがないか不十分なままである。」と述べている。

さらに、「合意なしの離脱の場合、910万人のEEA30カ国の保険契約者は不確実性に直面し、支払いを受け取るのが遅れる可能性がある。これは、国境を越えた契約を結んでいる合計3800万人のEEA30カ国の保険契約者からは大幅に少ない数値であり、国境を越えた大規模な契約を有する英国保険会社の措置の程度を示している。関係する残りの国境を越える契約は、74億ユーロの保険負債を有している。十分なコンティンジェンシー・プランがない英国及びジブラルタルからの保険会社の残りの契約は、(保険負債に関して)EEA30カ国における保険契約全体のわずか0.16%に過ぎない。」と述べている。

加えて、「(保険負債54億ユーロの)大部分の契約は、英国の保険会社のほんの一握りに関連している。残りの契約は、主に価値の低い負債と短期借入債務を有している。全体として、関連する契約の75%は年間平均保険料が100ユーロ未満のポートフォリオに属している。平均して、契約の76%の負債残存期間は2年未満である。契約の大部分は損害保険会社との契約である。潜在的に影響を受ける保険契約者の3%のみが生命保険会社と契約している。」としている。

EIOPAは、残りの契約に対するリスクに対処するために各国の管轄当局と協力しているが、保険会社や保険契約者に対しては、以下のように述べて、行動等を促している。

「法律では、保険会社は、コンティンジェンシー・プランの策定を含む、活動の継続性と規則性を確保する必要がある。監督当局はそれぞれコンプライアンスを確保しなければならない。サービスの継続性の中断を避けるためには、会社及び監督当局からの即時かつ強化された措置が必要となる。消費者を損なう可能性がある不十分なコンティンジェンシー・プランは、ガバナンスの重大な失敗である。

英国及びジブラルタルからの会社との国境を越えた保険契約の保険契約者は、保険会社が取っている関連する緊急時対応策及び契約上の関係及びサービスへの影響について、通知を受けるべきである。さらに質問がある場合、顧客は保険会社に連絡することもできる。保険契約及びサービスの離脱の影響に関する一般的な情報については、保険契約者は、各国の監督当局又は英国又はジブラルタルの監督当局に連絡することができる。」
2|EIOPAの声明に対するABI(英国保険会社協会)の反応
ABI(英国保険会社協会)は、11月5日に、このEIOPAの声明に対する反応8を発表している。

これによれば、「欧州委員会は、No Deal Brexitのシナリオで国境を越えた契約の継続性の問題を改善する措置を講じることを拒否し続けているようである。EIOPAが発行したプレス声明では、彼らは、政策立案者や規制当局ではなく、個々の保険会社や年金会社の責任であると主張し続けている。」と批判している。

さらに、「これは、2017年12月に、英国の財務省と規制当局がEUの会社が英国の顧客に対する契約にサービスを提供し続けることを可能にする『no deal』シナリオにおける「暫定的許可」制度を設定すると発表した英国のアプローチとは著しい対照をなしている。」として、英国の監督当局とは対照的にEIOPAが具体的な行動を起こしていない、と述べている。

英国保険会社の規制担当ディレクターであるHugh Savill氏は、「EIOPAがいまだ英国の業界にNo Dealシナリオで国境を越えた契約の継続性の問題を解決することを盲目的に求めているのをみるのは信念を無力化する。英国の保険会社はすでに可能な行動をとっている。」と述べた。さらに、「我々は何回も述べてきた。単純な解決策がある。英国当局はそれにコミットしている。全てのEU当局は相互的に対応するしかない。全くもって、なぜ彼らが何百万人のEUの保険契約者にこの心の安らぎを提供しようとしないのか、そのことを推測するのは難しい。」と付け加えた。

このように、ABIは、EIOPAの声明に対して、怒りのコメントを発表している。
3|英国政府の反応等 
今回のEIOPAの声明に対して、英国のPRAは特段のコメントを述べていない。

一方で、英国の金融行動規制機構(FCA)の国際担当理事であるNausica Delfas氏は、11月5日にロンドンで行われた「第3回英国金融サービスBrexit Summit」のイベント「City and Financial」のスピーチ9で、「2019年3月に英国がEUを離脱するとき、スムーズな移行を確保するために英国は取り組んでいるが、一部の崖っぷちのリスクは残っている。」と述べた。さらに、「英国とEUの間の個人データの転送がより制限的になることに関連したリスクを例として挙げ、サービスにアクセスし管轄地域間で契約を継続する能力に影響を与えるとして、英国とEUの両当局による行動が必要とされている。」と述べた。さらに、「英国政府は、No dealのシナリオでは、英国からEUへのデータの転送を促進するEU体制が適切であると判断している。我々は緊急に、EUのカウンターパートナーからの同様な行動を必要としている。」と述べた。

Delfas氏は、覚書(MOU)や他の実務上の取決めが可能な限り早急に締結される必要がある、と付け加えて、「我々は、このような協力協定に同意する用意がある。これは共同で市場を監督する能力をサポートし、英国だけでなくEUのカウンターパートにとっても重要である。金融市場がこれを基にして計画できることが重要だ。」、さらには、「この技術的な監督当局と監督当局の連携は、no dealの状況における混乱を最小限に抑えるために不可欠である。私たちの見解では、MOUを準備する作業はすぐに始められるべきである。」と述べた。

このように、英国サイドは、EUとの協力関係の中で、かなり積極的に具体的な対応策が取られていくことを望んでいる。  

6―まとめ

6―まとめ

ここまで、Brexitを残り4か月余りで迎える中での、英国の保険会社及びLloyd’sのEU拠点の移転対応の状況及び国境を越えた保険契約の取扱を巡る最近の動きについて、報告してきた。

1|英国と英国以外のEU加盟国間の対立
今回のレポートで報告したように、これまで英国に置かれていたEU拠点の英国以外のEU加盟国への移転問題については、Brexitまで残り5か月を切ってきている中で、大規模な保険会社を中心に多くの保険会社においては、ほぼ何らかの形での対応がなされてきている状況のようである。

一方で、こうした移転等を行っていない保険会社等では、いまだに国境を越えた保険契約の取扱が大きな課題として残っている状況にある。いまだ対応ができていないのは、EIOPAの調査によれば、「一握りの保険会社」で、その殆どが損害保険契約であり、小規模の契約で、残存保険期間も短いものとなっているとのことである。これらの契約に対する対応が今後なされていくことが望まれることになる。

今回のBrexitを機に、「英国と英国以外のEU加盟国間の対立」が、国境を越えた保険契約の取扱という保険契約者保護に関係する重要な問題に関しても、表面化した形になっているが、今後両者の溝がどうやって埋められていくことになるのかは大変気になるところである。

2|EU加盟国間の規制当局の対応の差異
さらには、今回の移転問題に関係して、「EU加盟国間の規制当局の対応の差異」という問題が、改めて焦点を浴びて、今後とも大きな議論になる問題となってきている。

これについては、実際に、EUに設定されたEU子会社の詳細な体制等の状況が判明してくれば、一部のEU加盟国の政府や規制当局が他の国々よりも魅力的な取引を提供していたがどうかが明らかになってくるものと思われる。各会社が新たなEU子会社をどのように位置付けているのかは、例えば、何名のスタッフを新たなEU子会社に配置しているのか、彼らがどのような決定を下す権限が与えられているのか、そして、どの程度の規模の再保険が元々の英国におけるEU拠点等に対して行われているのか、等に基づいて、差異の有無の判断がなされていくことになるものと思われる。

こうした実態において、各国で設定されたEU子会社間で差異が見られるとするならば、まさに「EU加盟国間の規制当局の対応の差異」を示しているものと言えることにもなるだろう。

その意味において、今回の英国からのEU子会社誘致に関する問題は、EU加盟国間の規制のコンバージェンスがどの程度なのかを示す1つのテストケースといえるかもしれない。実際にBaFinのFrank Grund氏は「原則として、我々は公平な競争条件の確保に取り組んでいるが、現時点では完全に調和しているとは言い切れない。」と述べている。特にルクセンブルグが本当に「ライトタッチ(light-touch)」な監督当局であり、他の監督当局とは異なる、より柔軟で緩やかな要件を認めているのか、そうだとした場合にそれがどの程度のものなのか、そしてそれは監督規制上本来的に問題がないものなのか等ということは、大変興味深い点であると思われる。

いずれにしても、今後Brexitの交渉がどのように進展していくのか、その結果として今回のBrexitに伴う英国等の保険会社のEU拠点の移転問題等の実態がどのような結果になっているのか、さらには国境を越えた保険契約の取扱がどうなっていくのか、については、関係者の間でも極めて関心の高い事項であることから、今後の動向についても、引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2018年11月12日「基礎研レポート」)

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