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二つ目の戦略例として、フロア面積の広いメガプレートを備えた大規模ビルへ、分散していた本社機能などを戦略的に移転・集約することが挙げられる。賃料などの本社費用を抑えることも、ROSを高める方法の一つだ。ただ、大規模ビルへの移転・集約に際しては、単純なスペースの見直しや賃料削減などコスト削減だけに終わらせるのではなく、関連性のある複数の部署やグループ会社をワンフロアに集めることにより、社内のインフォーマルなコミュニケーションやコラボレーションの活性化を図り、グループのシナジー創出につなげることも欠かせない。この戦略は、コーポレート費用削減と(1)のクリエイティブオフィス構築の合わせ技とも言える。
例えば、キリンビール、キリンビバレッジ、メルシャンなどを傘下に持つキリンホールディングスは、2013年5月に東京都中央区新川など12拠点に分散していたグループ17社の本社機能を、中野に竣工した新築大型賃貸ビルである中野セントラルパークサウスに移転・集約した。同ビルの基準階1フロア面積は、5,057.09m2(約1,530坪)であり、当時では都内最大級だった。また、三菱化学、三菱樹脂、三菱レイヨン、田辺三菱製薬を傘下に持つ三菱ケミカルホールディングスは、2012年7月に東京都港区田町などに分散していた事業会社の本社機能を、丸の内に竣工した大型賃貸ビルであるパレスビルに移転・集約した。同ビルの基準階1フロア面積は、約2,096m2(約634坪)であり、大規模ビルの範疇に入る。
さらに最近の事例では、ファーストリテイリングが、大和ハウス工業とともに東京都江東区有明に新設した国内最大規模の次世代専用倉庫である有明倉庫20(延床面積:約11.24万m2)の最上階(6階)を有明本部とし、2017年2月にユニクロのマーチャンダイジング、R&D部、マーケティング部、生産部、商品計画部、営業部、IT部などの商品、商売機能を移転した21。有明本部のフロア面積は、16,500m2(5,000坪)に達し、都内最大規模だ。有明本部では、前述の関連する複数の部門をワンフロアに集結させることにより、社員の働き方をチームワークを中心とした新しい働き方に変革させ、顧客の欲しい商品をスピーディに商品化できる体制を構築し、ひいては、これまでのアパレルの製造小売業(SPA:Speciality store retailer of Private label Apparel)から「情報製造小売業(Digital Consumer Retail Company)」へとビジネスモデルを転換させるのだという。戦略的なオフィス移転を契機に、働き方改革に加えビジネスモデル変革にまで取り組む先進事例と言えよう。
大規模ビルへの戦略的な移転・集約においては、CRE部門は、自社活用しているオフィス群の賃料等不動産コストやスペース効率などのポートフォリオデータや不動産市況の俯瞰分析に基づいた、賃借・取得・既存ビルの有効活用の選択を含めた、移転先オフィス物件の選定、移転のプロジェクトマネジメントなど移転集約プロジェクトの主要な業務について、外部の不動産サービスベンダーの力も借りながら、主導的な役割を果たすことが求められる。
20 有明倉庫(建物名称はUNIQLO CITY TOKYO)は、ファーストリテイリングと大和ハウス工業の共同出資による物流事業運営会社オンハンドが運営する。
21 マスコミ報道によれば、東京本部があるミッドタウン・タワー(東京都港区赤坂)から約1,000人のスタッフが移転したという。
三つ目の戦略例として、ROSの高い事業へ集中する事業ポートフォリオ転換や、効率性の高い最新鋭設備への更新集約による設備年齢(ビンテージ)構成の若返りに資する不動産サービスの提供が挙げられる。
特に日本の製造業が低収益構造から脱却するためには、生産性とエネルギー効率が高い最新鋭設備への更新投資の促進が欠かせないと、筆者は考えている22。日本の製造業全体の設備投資は、80年代までは減価償却費を上回って、大幅な上昇基調を示していたが、91年度にピークを付けて以降、循環変動を示しつつも下降傾向に転じた。特に94年度には、財務省「法人企業統計」で設備投資データが取られ始めた61年度以降で初めて減価償却費の水準をも下回り、その後も98~03年度、08~13年度でも減価償却費を下回っている(図表8)。アベノミクスの奏功による企業収益の改善や設備投資減税23による投資底上げなどを受けて、直近2年間の14~15年度には設備投資が減価償却費を若干上回ったものの、十分な更新投資がなされない状況が続いている。このため、80年代までは設備投資の拡大とともに積み上がってきた有形固定資産(土地を除く)の簿価が、90年代以降は過少投資により一転して減少基調を示しており、現時点での日本の製造業の設備は、総じて、償却の進行とともに老朽化の一途を辿っていると考えられる。
三つ目の戦略例では、いずれの施策においても、事業拠点の移転集約・再編成を伴うケースが多く、CRE部門による迅速なサービス提供が欠かせない。例えば、ノンコア事業に関わる拠点を縮小・閉鎖する一方、コア事業に関わる工場やR&D拠点を新設するケースや、設備の老朽化が進んだ事業拠点を縮小・閉鎖する一方、最新鋭設備への更新投資を新規立地で行うケースがこれに当たる。
事業拠点の縮小・閉鎖により遊休化した不動産をタイムリーかつ高値で売却し投資資金を捻出する一方、新規拠点に関わる複数の立地候補地の不動産情報を経営層や事業部門に迅速に提供し、そして立地地域が絞り込まれた際には、地権者との交渉を迅速にまとめることを含めて、適地に事業用地を迅速に確保することが、CRE部門の重要な役割となる。
また、経営トップがコア事業を強化するための戦略投資としてM&Aを行うケースでも、CRE部門のサポートが欠かせない。例えば、買収対象の企業や事業に所属する従業員が入居しているオフィスと自社のオフィスを統合・集約する際に、CRE部門は不動産の専門的知見を活かして主導的な役割を果たすことが求められる。
22 老朽設備を廃棄し、生産性とエネルギー効率が高い最新鋭設備に入れ替えれば、経済性と環境性の両面で効率化を生むことが期待できる。我が国の製造業の低収益構造に関する考察については、拙稿「製造業の『国内回帰』現象の裏にあるもの」『ニッセイ基礎研REPORT』2004年12月号、同「アベノミクスの設備投資促進策」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013年7月31日を参照されたい。
23 アベノミクスの設備投資減税政策に関する考察については、拙稿「顕著な政策効果を発揮するアベノミクスの設備投資減税政策」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2014年8月7日を参照されたい。
5―― むすび
このため、CRE戦略においても、中長期的なROS向上に資するマネジメント・レイヤーの戦略が非常に重要だ。中長期的なROS向上に資するCRE戦略については、4章2節にて主要な戦略例を挙げたが、勿論ここに挙げた戦略例にとどまるものではない。経営トップが打ち出す中期経営戦略は各社各様であるため、それに伴って取るべきマネジメント・レイヤーのCRE戦略も当然各社で異なるはずだ。
マネジメント・レイヤーのCRE戦略には、教科書的に決まったものがあるわけではなく、「中期経営戦略の遂行を不動産の視点からサポートする」という原理原則しかなく、具体戦略は各社のCRE部門が考え出さなければならない。中期経営戦略やそれに関わる経営のコミットメントの中には、一見するとCRE戦略と関係が薄いように思われるものもあるだろうが、CRE部門ではすぐに「関係ない」と判断するのではなく、中期経営戦略とCREの関係性を徹底的に考え抜き、マネジメント・レイヤーのCRE戦略を導き出す努力を怠らないことが何よりも重要だ。
従って、経営トップが打ち出すROS向上に向けた中期経営戦略に対して、不動産の視点からどのような貢献ができるのか、CRE部門のスタッフは徹底的に考え抜くことが求められる。
※全文を弊社ホームページにて公開している。弊社ホームページ「百嶋 徹のレポート」を参照されたい。
- 「クリエイティブオフィスの時代へ」『ニッセイ基礎研REPORT(冊子版)』2016年5月号
- 「クリエイティブオフィスの時代へ」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2016年3月8日
- 「CSRとCRE戦略」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2015年3月31日
- 「企業の不動産管理におけるアウトソーシング活用のすすめ」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2014年10月23日
- 「顕著な政策効果を発揮するアベノミクスの設備投資減税政策~『生産性向上設備投資促進税制』の考察」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2014年8月7日
- 「CRE戦略の企業経営における位置付けと役割」『ニッセイ基礎研所報』2014年Vol.58
- 「アベノミクスの設備投資促進策」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013年7月31日
- 「イノベーション促進のためのオフィス戦略」『ニッセイ基礎研REPORT』2011年8月号
- 「CRE(企業不動産)戦略の進化に向けたアウトソーシングの戦略的活用」『ニッセイ基礎研REPORT』2010年8月号
- 「企業不動産(CRE)戦略と企業経営」『ニッセイ基礎研REPORT』2006年8月号
- 「真のクラスター創生に向けて」『ニッセイ基礎研所報』2005年Vol.38
- 「企業の土地投資行動の裏にあるもの」『ニッセイ基礎研REPORT』2005年9月号
(2017年03月29日「基礎研レポート」)
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- アベノミクスの設備投資促進策 - 国内投資底上げに向けた「異次元」の措置が必要
- イノベーション促進のためのオフィス戦略
- 企業不動産(CRE)戦略と企業経営
- 真のクラスター創生に向けて -都道府県別の工場用地分析を中心に-
- 企業の土地投資行動の裏にあるもの

社会研究部 上席研究員
百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)
研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営
03-3512-1797
- 【職歴】
1985年 株式会社野村総合研究所入社
1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
2001年 社会研究部門
2013年7月より現職
・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)
【受賞】
・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
(1994年発表)
・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)
百嶋 徹のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/04/03 | 企業不動産(CRE)は社会的価値創出のプラットフォームに-「外部不経済」の除去と「外部経済効果」の創出 | 百嶋 徹 | 研究員の眼 |
2025/03/31 | 「社会的ミッション起点の真のCSR経営」の再提唱-企業の目的は利益追求にあらず、社会的価値創出にあり | 百嶋 徹 | 基礎研レポート |
2025/01/22 | 社会的インパクトをもたらすスマートシティ-CRE(企業不動産)を有効活用したグリーンフィールド型開発に期待 | 百嶋 徹 | 基礎研レポート |
2024/10/08 | EVと再エネの失速から学ぶべきこと-脱炭素へのトランジション(移行)と多様な選択肢の重要性 | 百嶋 徹 | 基礎研マンスリー |
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