2017年03月29日

コーポレートガバナンス改革・ROE経営とCRE戦略

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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1―― はじめに

2014年以降、日本版スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードの制定など「コーポレートガバナンス改革」が、アベノミクスの成長戦略の一環として政府主導で進められ、この中で「自己資本利益率(ROE:Return On Equity)重視の経営」が求められている。一方、不動産を重要な経営資源の一つとして企業価値最大化のために利活用する経営戦略である「CRE(Corporate Real Estate)戦略」が、企業を取り巻く環境変化の下で、その重要性が高まっている。

本稿では、まず筆者が考えるCRE戦略論を概説し、続いて一連のコーポレートガバナンス改革の経緯やROE経営の在り方について概観した上で、ROE経営におけるCRE戦略の重要性と課題について考えてみたい。
 

2――筆者が考えるCRE戦略論の概説

2―― 筆者が考えるCRE戦略論の概説

1CRE戦略の企業経営における位置付けと役割
企業が事業継続のために使う不動産を重要な経営資源の一つに位置付け、その活用、管理、取引(取得、売却、賃貸借)に際し、CSR(企業の社会的責任)を踏まえた上で、企業価値最大化の視点から最適な選択をするのがCRE 戦略1だ。外国人持ち株比率の上昇や物言う株主の台頭により資本市場から一層高まっている資産効率向上の要請、固定資産の減損会計適用など時価会計に向けた会計制度の変更、内部統制強化の要請などを背景に、適切なマネジメント体制の下で組織的に取り組む必要性が高まっているが、そのように取り組む企業はまだ少ない。

CRE 戦略は、経理・財務、人事、ITなどとともに、社内に専門的・共通的な役務を提供する「シェアードサービス型」戦略の一翼を担う。シェアードサービスは企業経営に不可欠だが、事業戦略と整合性がとられて初めて機能する。このため、CRE戦略には、経営層や事業部門など「社内顧客」に不動産サービスを提供する「社内ベンダー」、すなわち社内顧客の「ビジネスパートナー」であるとの発想が必要となる。

シェアードサービス型戦略としてのCRE戦略の主要な役割として、(1)日々の事業活動における不動産ニーズに対するソリューションの提示、(2)中期的な経営戦略の遂行をサポートする不動産マネジメントの立案・提案・実行(経営層の意思決定・戦略遂行に資するという意味で「マネジメント・レイヤーのCRE戦略」と呼ぶ)、(3)社内顧客のニーズと外部ベンダーのサービスをつなぐ「リエゾン(橋渡し)機能」(外部ベンダーを使いこなす「ベンダーマネジメント機能」と言い換えてもよい)の3つが挙げられる。このうち、(2)がCRE 戦略のコア機能であり、(3)も重要な業務だ。

社内のCRE部門が外部の専門機関の力を借りつつ、それらをコーディネートして、より高度なCREソリューションを社内顧客に提供するためには、社内顧客の不動産に関わる問題意識やニーズを十分に把握し、そのニーズに対応するために社内に不足している知見を明確に特定した上で、外部ベンダーの提案を検討・評価することが不可欠だ。その意味で、社内顧客の満足度向上につなげるための社内顧客との関係構築、言わば「社内CRM(Customer Relationship Management)」と、ベンダーマネジメントは、CRE部門が果たすべきリエゾン機能の「クルマの両輪」を成す。

このクルマの両輪がうまくかみ合うためには、社内CRMでは社内顧客とCRE部門、ベンダーマネジメントでは外部ベンダーとCRE部門の間の信頼関係・人的ネットワークが十分に醸成されていることが必要だ。そのためには、CRE部門が、社内CRMでは、「社内ニーズ把握力・コミュニケーション力」、外部ベンダーの知見も取り入れたCRE戦略の「提案力(コンサルティング力)・実行力」を十分に備えること、ベンダーマネジメントでは、戦略パートナーとして最適な外部ベンダーを見極める「目利き力」を十分に備えた上で、外部ベンダーとの「戦略的パートナーシップ」の構築・深化を図ることが重要となるだろう。
 
1 CRE 戦略の詳細については、文末の<参考文献>筆者が執筆したCRE 戦略に関わる主要な論考を参照されたい。
2CRE戦略実践のための「三種の神器」
IBM、アップル、インテル、オラクル、グーグル、シスコシステムズ、ヒューレット・パッカード(HP)、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)、マイクロソフトなどの米国大企業、英国のグラクソ・スミスクライン、フィンランドのノキアなど先進的なグローバル企業のCRE戦略には、3つの共通点が見られる。筆者は、これらを先進的なCRE戦略を実践するための「三種の神器」と呼んでいる。この三種の神器は、グローバル企業に限らず、あらゆる企業がCRE戦略に取り組む際の重要なポイントになると考えられる(図表1)。

1点目は、CRE戦略を担う専門部署の設置による意思決定の一元化とIT 活用による不動産情報の一元管理により、CREマネジメントの一元化を図っていることである。ファシリティの運営維持管理コスト、利用度、従業員満足度などの一元管理された不動産情報は、世界の拠点間のベンチマークに活かされている。

2点目は、CRE戦略の重点を単なるハードの不動産管理にとどまらず、先進的・創造的なワークプレイスやワークスタイルを活用した人的資源管理(HRM:Human Resource Management)に移行させていることである。海外企業では、CREの担当役員が人事部門を同時に所管しているケースもある。

そして3点目が、外部の不動産サービスベンダーを効果的に活用することにより、戦略的業務への社内の人的資源の集中を進めていることだ。施設運営など日々のサービス提供業務は、外部ベンダーに包括的に委託する一方、CRE専門部署では社内スタッフの少数精鋭化を進め、戦略の策定・意思決定やベンダーマネジメントに特化する傾向を強めている。社内スタッフと外部ベンダーが異なる組織にいながら実質的には一つのチームを形成し、社内スタッフはこのチームをフル活用することで、戦略的業務に注力することができるのである。
図表1 CRE戦略実践のための「三種の神器」
CRE戦略は、大企業にとってのみ重要なのではなく、中堅・中小企業にとっても極めて重要な課題だ。最近では、企業の土地取得額に占める中堅・中小企業の割合は4~5割に達しており(図表2)、CRE戦略を通じた企業価値の向上は、中堅・中小企業にも問われている。しかし、現在も多くの中小企業が担保資産として不動産を所有し、有効活用されていないケースもあるのではないだろうか。換金性の高い好立地のCREが企業価値向上に寄与しない状況を放置すると、買収されるリスクが高まる。まず、活用度をチェックするために、不動産の棚卸しをすることが不可欠だ。

中堅・中小企業も金融機関、不動産会社、税理士など専門機関の力を借りつつ、できれば専任担当者を置いてCREの有効活用に積極的に取り組むことが求められる。人材の制約から専任担当者を立てることが難しいなら、勿論兼任でもよい。さらに担当部署・担当者を置けない中小・小規模企業のケースでは、メーンバンクなどが専門部署の役割を担うべく、オーナー経営者をしっかりとサポートすることが求められる。
図表2 企業の土地投資(新規取得)の推移(業種別・企業規模別)
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

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