- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 不動産 >
- CRE(企業不動産戦略) >
- コーポレートガバナンス改革・ROE経営とCRE戦略
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
1―― はじめに
本稿では、まず筆者が考えるCRE戦略論を概説し、続いて一連のコーポレートガバナンス改革の経緯やROE経営の在り方について概観した上で、ROE経営におけるCRE戦略の重要性と課題について考えてみたい。
2―― 筆者が考えるCRE戦略論の概説
企業が事業継続のために使う不動産を重要な経営資源の一つに位置付け、その活用、管理、取引(取得、売却、賃貸借)に際し、CSR(企業の社会的責任)を踏まえた上で、企業価値最大化の視点から最適な選択をするのがCRE 戦略1だ。外国人持ち株比率の上昇や物言う株主の台頭により資本市場から一層高まっている資産効率向上の要請、固定資産の減損会計適用など時価会計に向けた会計制度の変更、内部統制強化の要請などを背景に、適切なマネジメント体制の下で組織的に取り組む必要性が高まっているが、そのように取り組む企業はまだ少ない。
CRE 戦略は、経理・財務、人事、ITなどとともに、社内に専門的・共通的な役務を提供する「シェアードサービス型」戦略の一翼を担う。シェアードサービスは企業経営に不可欠だが、事業戦略と整合性がとられて初めて機能する。このため、CRE戦略には、経営層や事業部門など「社内顧客」に不動産サービスを提供する「社内ベンダー」、すなわち社内顧客の「ビジネスパートナー」であるとの発想が必要となる。
シェアードサービス型戦略としてのCRE戦略の主要な役割として、(1)日々の事業活動における不動産ニーズに対するソリューションの提示、(2)中期的な経営戦略の遂行をサポートする不動産マネジメントの立案・提案・実行(経営層の意思決定・戦略遂行に資するという意味で「マネジメント・レイヤーのCRE戦略」と呼ぶ)、(3)社内顧客のニーズと外部ベンダーのサービスをつなぐ「リエゾン(橋渡し)機能」(外部ベンダーを使いこなす「ベンダーマネジメント機能」と言い換えてもよい)の3つが挙げられる。このうち、(2)がCRE 戦略のコア機能であり、(3)も重要な業務だ。
社内のCRE部門が外部の専門機関の力を借りつつ、それらをコーディネートして、より高度なCREソリューションを社内顧客に提供するためには、社内顧客の不動産に関わる問題意識やニーズを十分に把握し、そのニーズに対応するために社内に不足している知見を明確に特定した上で、外部ベンダーの提案を検討・評価することが不可欠だ。その意味で、社内顧客の満足度向上につなげるための社内顧客との関係構築、言わば「社内CRM(Customer Relationship Management)」と、ベンダーマネジメントは、CRE部門が果たすべきリエゾン機能の「クルマの両輪」を成す。
このクルマの両輪がうまくかみ合うためには、社内CRMでは社内顧客とCRE部門、ベンダーマネジメントでは外部ベンダーとCRE部門の間の信頼関係・人的ネットワークが十分に醸成されていることが必要だ。そのためには、CRE部門が、社内CRMでは、「社内ニーズ把握力・コミュニケーション力」、外部ベンダーの知見も取り入れたCRE戦略の「提案力(コンサルティング力)・実行力」を十分に備えること、ベンダーマネジメントでは、戦略パートナーとして最適な外部ベンダーを見極める「目利き力」を十分に備えた上で、外部ベンダーとの「戦略的パートナーシップ」の構築・深化を図ることが重要となるだろう。
1 CRE 戦略の詳細については、文末の<参考文献>筆者が執筆したCRE 戦略に関わる主要な論考を参照されたい。
IBM、アップル、インテル、オラクル、グーグル、シスコシステムズ、ヒューレット・パッカード(HP)、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)、マイクロソフトなどの米国大企業、英国のグラクソ・スミスクライン、フィンランドのノキアなど先進的なグローバル企業のCRE戦略には、3つの共通点が見られる。筆者は、これらを先進的なCRE戦略を実践するための「三種の神器」と呼んでいる。この三種の神器は、グローバル企業に限らず、あらゆる企業がCRE戦略に取り組む際の重要なポイントになると考えられる(図表1)。
1点目は、CRE戦略を担う専門部署の設置による意思決定の一元化とIT 活用による不動産情報の一元管理により、CREマネジメントの一元化を図っていることである。ファシリティの運営維持管理コスト、利用度、従業員満足度などの一元管理された不動産情報は、世界の拠点間のベンチマークに活かされている。
2点目は、CRE戦略の重点を単なるハードの不動産管理にとどまらず、先進的・創造的なワークプレイスやワークスタイルを活用した人的資源管理(HRM:Human Resource Management)に移行させていることである。海外企業では、CREの担当役員が人事部門を同時に所管しているケースもある。
そして3点目が、外部の不動産サービスベンダーを効果的に活用することにより、戦略的業務への社内の人的資源の集中を進めていることだ。施設運営など日々のサービス提供業務は、外部ベンダーに包括的に委託する一方、CRE専門部署では社内スタッフの少数精鋭化を進め、戦略の策定・意思決定やベンダーマネジメントに特化する傾向を強めている。社内スタッフと外部ベンダーが異なる組織にいながら実質的には一つのチームを形成し、社内スタッフはこのチームをフル活用することで、戦略的業務に注力することができるのである。
中堅・中小企業も金融機関、不動産会社、税理士など専門機関の力を借りつつ、できれば専任担当者を置いてCREの有効活用に積極的に取り組むことが求められる。人材の制約から専任担当者を立てることが難しいなら、勿論兼任でもよい。さらに担当部署・担当者を置けない中小・小規模企業のケースでは、メーンバンクなどが専門部署の役割を担うべく、オーナー経営者をしっかりとサポートすることが求められる。
(2017年03月29日「基礎研レポート」)
このレポートの関連カテゴリ
関連レポート
- クリエイティブオフィスの時代へ-経営理念、ワークスタイル変革という「魂」の注入がポイント
- CSRとCRE戦略-企業不動産(CRE)を社会的価値創出のプラットフォームに
- 企業の不動産管理におけるアウトソーシング活用のすすめ-遅れている不動産管理ではCRE戦略の取り組み準備から
- 顕著な政策効果を発揮するアベノミクスの設備投資減税政策-「生産性向上設備投資促進税制」の考察
- CRE戦略の企業経営における位置付けと役割
- アベノミクスの設備投資促進策 - 国内投資底上げに向けた「異次元」の措置が必要
- イノベーション促進のためのオフィス戦略
- 企業不動産(CRE)戦略と企業経営
- 真のクラスター創生に向けて -都道府県別の工場用地分析を中心に-
- 企業の土地投資行動の裏にあるもの

社会研究部 上席研究員
百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)
研究・専門分野
企業経営、産業競争力、イノベーション、企業不動産(CRE)・オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営
03-3512-1797
- 【職歴】
1985年 株式会社野村総合研究所入社
1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
2001年 社会研究部門
2013年7月より現職
・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)
【受賞】
・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
(1994年発表)
・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)
百嶋 徹のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/04/03 | 企業不動産(CRE)は社会的価値創出のプラットフォームに-「外部不経済」の除去と「外部経済効果」の創出 | 百嶋 徹 | 研究員の眼 |
2025/03/31 | 「社会的ミッション起点の真のCSR経営」の再提唱-企業の目的は利益追求にあらず、社会的価値創出にあり | 百嶋 徹 | 基礎研レポート |
2025/01/22 | 社会的インパクトをもたらすスマートシティ-CRE(企業不動産)を有効活用したグリーンフィールド型開発に期待 | 百嶋 徹 | 基礎研レポート |
2024/10/08 | EVと再エネの失速から学ぶべきこと-脱炭素へのトランジション(移行)と多様な選択肢の重要性 | 百嶋 徹 | 基礎研マンスリー |
新着記事
-
2025年07月04日
金融安定性に関するレポート(欧州)-EIOPAの定期報告書の公表 -
2025年07月04日
「持ち家か、賃貸か」。法的視点から「住まい」を考える(1)~持ち家を購入することは、「所有権」を得ること -
2025年07月04日
米雇用統計(25年6月)-非農業部門雇用者数が市場予想を上回ったほか、失業率が上昇予想に反して低下 -
2025年07月03日
ユーロ圏失業率(2025年5月)-失業率はやや上昇したが、依然低位安定 -
2025年07月03日
IAIGsの指定の公表に関する最近の状況(14)-19の国・地域からの60社全てのIAIGsのグループ名が公開された-
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2025年07月01日
News Release
-
2025年06月06日
News Release
-
2025年04月02日
News Release
【コーポレートガバナンス改革・ROE経営とCRE戦略】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
コーポレートガバナンス改革・ROE経営とCRE戦略のレポート Topへ