2017年02月15日

完全雇用に近づく米労働市場-トランプ大統領が掲げる25百万人雇用増加は可能か。

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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3――トランプ政権が掲げる今後10年間で25百万人の雇用創出は可能か

110年間で25百万人(年間250万人)は、80年以降最も高い増加ペース
(図表5)非農業部門雇用増減(年間) 80年以降の年間雇用増加ペースをみると、年度によっては250万人を上回る年が散見されるものの、80年代から00年代にかけて10年間の平均をみると、いずれの期間でも250万人を下回っていることが分かる(図表5)。

米国では人口が増加していることから、雇用者数も以前に比べれば増加ペースが加速することが見込まれるが、高齢化に伴い、人口増加ほど労働力人口の増加が期待できないことを考慮すると、相当高いハードルであると言える。
2失業者・非労働力人口:失業者数は僅か800万人、非労働力人口の半分以上は高齢者
(図表6)年齢別失業者・非労働力人口内訳(17年1月) トランプ氏は、選挙後はじめて実施した記者会見において、米国には職を希望しているのに職に就けていない人が96百万人いると説明した。これは明らかにミスリードだ。家計調査によると、足元で職探しをしているが、職に就けていない失業者数は17年1月時点で800万人強に留まっている(図表6)。

トランプ氏が言う96百万人は、現在職探しをしていない非労働力人口であり、17年1月では95百万人強である。このうち、職を希望している人数は僅か590万人に過ぎない。残りの89百万人は、そもそも職を希望していない。このため、仮に590万人が職探しを再開して労働市場に再参入したとしても足元の失業者と合わせて1,390万人にしかならない。

また、非労働力人口のうち、職を希望していない人数を年齢別にみると、55歳以上のシェアが58.8%と大きいことが分かる。これは高齢になりリタイアした人数が相当数含まれていると想定でき、雇用環境が改善したところで職探しを再開するか疑問だ。一方、16歳から54歳で職を希望しない人数は合計37百万人ほど存在しており、雇用環境の好転によっては一部職を希望する人がでる可能性はあるが、それにしてもトランプ氏の主張する96百万人とは大幅に乖離している。
3人口増加、高齢化の進展:今後10年間で16-54歳人口の増加は僅か400万人に留まる。
(図表7)米年齢別人口 センサス局によれば、米国の人口は16年が3億2,400万人であり、10年後には3億4,900万人へ2,500万人弱増加すると推計されている(図表7)。人口増加は、労働力人口の増加に追い風である。なお、人口推計では、海外からの移民については、主要地域毎に過去の移民流入状況と今後の人口想定から移民増加数を推計しているようだ3

さて、人口増加の年齢別内訳をみると、55歳以上で1,500百万弱増加し、人口に占めるシェアが、16年の28.0%から26年には30.9%まで増加すると見込まれている。

一方、労働力人口の中核であるプライムエイジの人口は、400万人強の増加に留まっており、人口増加に伴う労働力人口の増加は限定的である。米国でプライムエイジの人口を増加させるためには、海外から積極的に移民を受け入れる必要があり、トランプ大統領が移民流入を抑制する場合には、労働力人口の増加が雇用目標達成のネックになる可能性が高い。
 
3 Methodology, Assumptions, and Inputs for the 2014 National Projections(センサス局、14年12月)。2060年までに海外からの移民は190万人増加、そのうちメキシコからは50万人の増加を想定。
4労働参加率試算:目標達成には、生産年齢人口増加か、高齢層労働参加率の大幅な引き上げが必要
(図表8)労働参加率 最後に、25百万人雇用が増加した場合に労働参加率がどのように変化するか試算する。センサス局の人口推計を用いて試算すると、10年後に雇用者が25百万人増加するには、労働力人口が16年末の1億6,000万人弱から26年に1億8,500万人弱まで増加する必要がある。この結果、労働参加率は16年末の62.7%から10年後には66.2%に増加すると推計される(図表8)。これは08年1月の水準であり、この結果だけをみれば、金融危機前の水準に戻るだけなので、あまり、非現実的な結果にはみえない。
しかしながら、労働参加率は高齢化により構造的に低下するため、金融危機前の年齢別労働参加率が続くと仮定して、人口動態変化だけを加味した労働参加率を推計すると、10年後には62.8%まで低下することには注意が必要だ(図表9)。

このため、年齢別の労働参加率が変化しない想定では、労働力人口1億8,500万人を達成するためには、生産年齢人口がセンサス局の人口推計より1,500万人多く増加する必要がある。一方、生産年齢人口がセンサス局の人口推計2億7,900万人から変化しないとすると、55歳以上の労働参加率を足元の4割弱から5割弱まで大幅に引上げる必要があることを意味している。
(図表9)労働参加率シミュレーション

4――結論

4――結論

これまでみたように、米労働市場はトランプ大統領が示す悲観的な状況とは対照的に長期に亘る回復局面にあり、完全雇用が視野に入る状況である。トランプ大統領の雇用増加目標は80年以降の雇用増加ペースと比べても高いほか、高齢化が進む米国ではその実現は非常に困難である。仮に、25百万人の増加目標に拘るなら、高齢層の労働参加率を大幅に引上げるか、移民対策の強化によって移民流入の減少が予想されるトランプ氏の移民政策の転換が必要となろう。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2017年02月15日「基礎研レポート」)

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