2024年03月22日

日銀短観(3月調査)予測~大企業製造業の業況判断DIは4ポイント下落の9と予想、来年度計画に注目

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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3月短観予測:製造業の景況感は悪化、新年度計画に注目

(非製造業の景況感は堅調維持) 
4月1日に公表される日銀短観3月調査1では、注目度の高い大企業製造業の業況判断DIが9と前回12月調査から4ポイント下落し、景況感の悪化が示されそうだ(表紙図表1)。品質不正問題に伴って自動車生産・出荷が大規模に停止された影響が現れる。景況感の悪化は4四半期ぶりということになる。一方、大企業非製造業では、株高による資産効果やインバウンド需要増などが支えとなり、業況判断DIが33(前回は32)と、引き続き堅調な推移が予想される。
 
ちなみに、前回12月調査2において、大企業製造業では供給制約緩和に伴う自動車生産の回復や円安などを受けて、非製造業では経済活動正常化に伴うサービス需要やインバウンド需要の回復などを受けて、それぞれ景況感が改善していた(図表2・3)。
(図表2)前回調査までの業況判断DI/(図表3)主な業種の業況判断DI(大企業)
今回調査では、既述の通り、昨年末以降に、品質不正問題によって自動車の生産・出荷が大規模に停止された影響が現れる。徐々に生産は再開されているものの、未だ回復途上の段階にある。特殊要因とはいえ、自動車産業は裾野が広いだけに多くの業種に悪影響が及んだと考えられる。一方で為替が円安水準で推移している点は輸出産業の景況感にとって支えになるだろう。

大企業非製造業では、物価高による消費の抑制や人手不足が重石になるものの、株価上昇による資産効果やインバウンド需要の増加などが支えとなり、景況感は堅調を維持しそうだ(図表4~7)。なお、製造業・非製造業ともに価格転嫁が進展したことは景況感にプラスに寄与したものと考えられる。

中小企業の業況判断DIについては、製造業が前回から5ポイント下落の▲3、非製造業が2ポイント上昇の16と予想(表紙図表1)。大企業同様、製造業景況感の悪化が目立つと見込んでいる。
 
先行きの景況感については方向が分かれると予想(表紙図表1)。製造業では、自動車生産の回復見通しや半導体市場の回復期待が支えとなり、景況感の持ち直しが示される可能性が高い。ただし、中国経済の停滞や米国経済の減速懸念が一定の重石となるだろう。

一方、非製造業では、物価上昇に伴う国内消費の腰折れや人手不足の深刻化などへの警戒感が台頭し、先行きに対する慎重な見方が示されると見ている。労働時間の制限強化(2024年問題)を控える運輸や建設業では、人手不足への警戒が景況感の重石になりやすい。一方で、今春闘での賃上げ拡大を通じた消費回復への期待が非製造業全体の下支えになると見ている。
(図表4)生産・輸出・消費の動向/(図表5)鉱工業生産の動向(実績・予測)
(図表6)国内延べ宿泊者数の動向/(図表7)ドル円と輸入物価の動向
 
1 今回、調査対象企業の定例見直しが実施されることに伴い、予測の前提となる前回12月調査の値は昨年12月短観での公表ベースではなく、調査対象見直し後の再集計ベースの値を使用している。
2 前回12月調査の基準日は11月27日、今回3月調査の基準日は3月13日(基準日までに約7割が回答するとされる)。
(設備投資計画は23年度が下方修正・24年度は強めのスタートへ)
2023年度の設備投資計画(全規模全産業)は前年比9.3%増となり、前回12月調査(11.8%増)から下方修正されると予想(図表8~10)。

例年、3月調査(実績見込み)では、中小企業で計画が具体化してくることによって上方修正される反面、大企業で下方修正が入ることで、全体としては若干下方修正される傾向がある3。今年度については、人手不足による工事の遅れや資材価格高騰を受けて、年度前半の設備投資が低迷したことから、例年よりもやや大きめの下方修正が入ると予想している。ただし、今回下方修正されたとしても、3月調査における前年比9.3%増という伸び率は、直近10年間で3番目の高水準に当たり、引き続き堅調な投資計画と言える。
 
また、今回から新たに調査・公表される2024年度の設備投資計画(全規模全産業)は、2023年度見込み比で2.2%増と予想。従来、3月調査の段階では翌年度計画がまだ固まっていないことから前年割れとなる傾向が強い4。しかし、2024年度については、例年より大きめになることが予想される2023年度計画からの先送り分が計画の押し上げ要因になると見込まれるほか、収益回復を受けた投資余力の改善、脱炭素・DX・省力化等に向けた投資需要の存在がプラスに寄与する形となり、23年度3月調査に次ぐ高い伸び率からのスタートが示されそうだ。
(図表8)GDP 統計 設備投資の動向/(図表9)設備投資計画推移(全規模全産業)
(図表10)設備投資計画の予測表
 
3 直近10年間(2013~22年度)における3月調査(実績見込み)での修正幅は平均で▲0.9%ポイント。
4 直近10年間(2014~23年度)の3月調査(新年度計画)における伸び率は平均で前年比▲1.4%。
(注目ポイント:新年度計画と物価関連項目)
今回の短観において、特に注目されるのは今回から新たに集計・公表される2024年度の収益・設備投資計画だ。今年の年初以降、企業収益の改善期待などを受けて株価が急上昇したが、上場企業のみならず幅広い企業を対象とする短観において、企業がどの程度の収益改善を見込み、積極的な設備投資を計画しているかがポイントになる。
 
また、物価関連項目も今後の物価動向を見通すうえで引き続き注目度が高い。企業による値上げの勢い(モメンタム)を示す「販売価格判断DI」(全規模)は22年12月調査以降低下基調にあるものの、そのペースは緩やかで水準も高止まりしていた(図表11)。仕入価格判断DIと比べても低下ペースは遅く、結果的にマージンの回復に繋がっていた。

これに関連して、「企業の物価見通し」も注目される。企業の予想物価上昇率である当項目は21年以降に大きく上昇し、前回調査でも、1年後・3年後・5年後ともに物価目標である前年比2%を上回っていた(図表12)。今回も高止まりが予想されるが、特に中長期の物価見通しは企業の賃金・価格設定に与える影響が大きいとみられるだけにポイントになる。

今後、「賃金と物価の好循環」が持続していくためには、企業が前向きな設備投資を通じて生産性を向上したり、価格転嫁を継続したりして、賃上げの原資を確保することが重要になる。今回短観における来年度計画や物価関連項目は、「賃金と物価の好循環」の持続性やそれに伴う追加利上げの可能性を考えるうえでの手がかりになる。
(図表11)仕入・販売価格DI(全規模)/(図表12)企業の物価見通し(全規模)
(追加利上げの可能性を考える材料に)
日銀は3月MPM(3/18-19開催)で、「2%の物価目標が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至った」として大規模緩和の正常化に踏み切り、マイナス金利政策の解除・YCC(長短金利操作)の撤廃等を決定した。一方で、「現時点の経済・物価見通しを前提とすれば、当面、緩和的な金融環境が継続すると考えている」と声明文に明記したうえ、これまでと概ね同程度の金額での長期国債買入れを継続するとし、さらなる正常化を急がない姿勢を示している。そして、植田総裁は今後の追加利上げの条件として、「基調的物価上昇率の上昇」や「物価見通しの上振れ」を挙げている。
 
今回の短観では、注目度の高い大企業製造業の景況感悪化が予想されるが、日銀としては、あくまで品質不正問題という特殊要因の影響と位置付けて大きく問題視することはないだろう。むしろ、来年度にかけての堅調な設備投資計画や物価関連項目の高止まりが示されることで、日銀にとって「賃金と物価の好循環に伴う基調的物価上昇率上昇」への期待を繋ぐ材料になり得る。

日銀は今週正常化に踏み切ったばかりであり、当面は慎重に情勢を見定める時間帯であるため、今回の短観が決め手となって早期の追加利上げに踏み切る事態は想定されない。ただし、市場関係者にとっては、今後の追加利上げの可能性を意識させる内容となる可能性がある。
 
 

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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

(2024年03月22日「Weekly エコノミスト・レター」)

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