コラム
2018年03月29日

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実空間のあらゆる産業領域に活用し得るAI

IoT(モノのインターネット)、ビッグデータ、AI(人工知能)、ロボットの技術的ブレークスルーを活用する「第4次産業革命」が、米国やドイツを中心に世界で進みつつあるが、その本質は、サイバー空間(仮想世界)とフィジカル空間(実世界)が高度に融合・連動するシステム、すなわちCPS(Cyber Physical Systems:サイバーフィジカルシステム)にある。

サイバー空間でのAIによるビッグデータの解析結果がフィードバックされ最終的に活かされるのは、インターネットにつながったモノが存在するフィジカル空間であるため、AIはモノを扱うあらゆる産業へ大きな影響を与え得る、と考えられる。その影響は、モノを主として開発・製造する製造業にとどまらず、モノをストックし仕分けをする物流業、モノを運ぶ運輸業、モノを販売する小売業、建物というモノを設計・建築する建設業、それを開発・管理運営する不動産業など、極めて広範な産業領域に及ぶだろう1

さらに、第4次産業革命においてインターネットにつながる「モノ」は、物理的に形のある狭義のモノ(製造業が製造する生産物)に限らず、サービス、ヒトの動き、お金の流れなども含むとみられ、そう考えると、AIがインパクトを与え得る領域は、最終的には、実世界で事業を行うあらゆる産業領域にまで拡大し得る、と考えられる。
 
1 製造業を中心としたAIの産業利用事例については、拙稿「変わる製造現場 品質向上や新素材発見に威力 オフィスの働き方改革にも活用」『週刊エコノミスト』2017年6月27日号(特集:AIで増えるお金と仕事)を参照されたい。

第4次産業革命推進において高まる製造業の重要性

とは言っても、いきなり産業社会全域にAIを実装するのは不可能に近いため、まずは狭義のモノを扱う製造業関連から重点的に活用を進める、といった考え方もあり得よう。ドイツが国を挙げて取り組む「インダストリー4.0」は、まさに工場のスマート化・インテリジェント化などによる製造業の革新を目指したものだ。

また、AIやIoTの非常に重要な要素技術は半導体であり、第4次産業革命を強力に推進する供給サイドとしても、製造業が果たすべき役割は大きい2。インターネットにつながるモノの状態を把握するための各種センサーから始まり、AI用半導体として高速処理に対応したGPU(Graphics Processing Unit:画像処理用プロセッサー)やCPU(Central Processing Unit:中央演算処理装置)、データ量の急増に対応するデータセンターのサーバーに記憶装置として搭載されるSSD(Solid State Drive)向けNAND型フラッシュメモリーやサーバー用CPU・DRAM(Dynamic Random Access Memory:記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しできる半導体記憶回路)、通信用無線モジュールなど、AIやIoT のキーデバイスとして用いられる各種半導体の潜在需要は極めて大きい。

また半導体以外にも、例えば、自動運転に用いる電気自動車(EV)に搭載されるリチウムイオン電池や、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)型バーチャルリアリティ(VR)に搭載される有機ELパネルや高精細液晶パネルなども、AI・IoT時代のキーデバイスに位置付けられるだろう。
 
2 第4次産業革命における製造業の重要性については、拙稿「製造業を支える高度部材産業の国際競争力強化に向けて(後編)」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2017年3月31日を参照されたい。

AI活用のミッションは社会的価値創出にあるべき

2016年後半以降、ようやく「AIは人間に寄り添ってサポートをし、人間の能力を補い拡張する」との的確な見方が出てくる一方で、「AIは雇用を奪う」との脅威論も依然根強い。しかし、AIを活用した未来社会がどのようなものになるかを決めるのは、AIではなく、それを開発・進化させる科学者・開発者やそれをツールとして社会に実装・活用する経営者など、人間自身であるはずだ。

筆者は、AIを人件費削減ありきで単なる人員削減のための道具ではなく、人間と共生する良きパートナーと位置付けるべく、ビッグデータから人間では気付けない関係性やわずかな予兆を捉えるなど、AIにしか出来ない役割や、画像認識など既にAIが人間の能力を上回っている機能をAIに担わせるように、人間自身が強い意思を持って導くことが重要だと考える。AIに関わる科学者・開発者や経営者には、AIの開発・実装において、このような明確な「哲学」を強く持つことが求められる。

AIの活用によって、人間は本来不得意な業務から解放され、より高度で創造的な業務・活動を行い、ワークスタイルとライフスタイルを豊かにすることが、第4次産業革命の下での社会の在るべき姿だ。

AIをどのような目的のためにどのように使い、AIによる分析結果をどのように理解・判断し、そして業務にどのように活かすのかを決定すること、言わば「AIマネジメント」に関わる能力は、今後我々人間にとって重要な役割やスキルになってくるだろう。

AIとの共生とは、AIへの「戦略的なアウトソーシング」と言い換えてもよいだろう。一般的に戦略的アウトソーシングが成功するためには、委託機関・組織(この場合は人間)は、受託機関・組織(この場合はAI)に任せきり・丸投げにするのではなく、受託機関を共に切磋琢磨する「コラボレーションパートナー」と捉えることが重要となる3。委託機関が専門的知見と受託機関に対するマネジメント能力を十分に身につけていなければ、受託機関とのWin-Winの関係は築けない。人間がAIを活用し使いこなす際にも、これをAIへの業務のアウトソーシングと捉えれば、前述したAIマネジメント能力を人間が十分に身につけていることが、極めて重要であることがわかるだろう。

AIがもたらすアウトカムは、業務プロセスの効率化・改革を中心とする「プロセス・イノベーション」と、新技術・新事業の創出を中心とする「プロダクト・イノベーション」に大別でき、いずれも社会課題の解決、すなわち「社会的価値の創出」につながる、と考えられる(図)。人々が抱くAIへの懸念・不安を説明責任の明確化やプライバシーの保護などにより取り除く一方で、AIによって社会的価値を創出し社会を豊かにすることは、AIの開発・実装に携わる科学者・開発者や経営者の社会的責任であり、強い使命感・気概・情熱を持って、この志の高い社会的ミッションを成し遂げなければならない。
図 AI活用の社会への影響と科学者・経営者の社会的責任
 
3 企業の不動産管理(CRE)業務を中心とした戦略的アウトソーシングに関わる考察については、拙稿「CRE(企業不動産)戦略の進化に向けたアウトソーシングの戦略的活用」『ニッセイ基礎研REPORT』2010年8月号を参照されたい。

<参考文献>
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

(2018年03月29日「研究員の眼」)

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【AIの産業・社会利用に向けて】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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