2017年07月18日

アジア生命保険市場の概況・展望-中長期の市場動向のダイナミックな変化を踏まえて-

平賀 富一

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2先進アジア地域の生保普及度の変化
図表-6・7で、日本とNIES4の5ヶ国・地域別に、生保普及度(1人当たりの生命保険料と対GDPの生命保険料比率)の20年間の推移を見ると、2016年では、香港と台湾が二つの指標で1-2位にあり、日本は、いずれの指標においても第4位というポジションとなっており、NIES4における生保の普及が進んでいることがここでも示されている。
図表-6 1人当たり生命保険料(ドル)/図表-7 対GDPの生命保険料(%)
3|日本・中国の生保市場規模の推移
次に、アジアにおける国別の生保市場規模について、最大市場である日本と、第2位の市場である中国1について、生命保険料収入ベースでの20年間の推移をみる(図表-8)。2007年には、日本と中国の差が2,383億ドルと大きく、中国の市場規模は日本の19.8%にしか過ぎなかったが、中国市場の高伸長の継続による規模の増加により、2016年では、日中の保険料の差は915億ドル、中国の市場規模は日本の74.2%と両者の差は急速に縮小・接近してきており、近い将来、両者のポジションが逆転する可能性があると見られている(本項のテーマに関しては、片山(2017)を参照されたい)。
図表-8 日本・中国の生命保険料の推移(億ドル)
 
1 2016年の世界ランキングで、日本第2位、中国第3位であり、中国は前年の4位から英国を抜いて順位を上げた。
 

3――市場の競争環境の変化(ASEANの3ヶ国のアジア通貨・金融危機前と現在の比較)

3――市場の競争環境の変化(ASEANの3ヶ国のアジア通貨・金融危機前と現在の比較)

本年は、1997年7月1日のタイ・バーツの為替レートの急落を発端とし、その翌年にかけて、アジア経済に甚大なダメージを与えたアジア通貨・金融危機から20年の節目に当たる。そこで本項では、アセアン諸国の中で、最も大きなダメージを被った3ヶ国(マレーシア、タイ、インドネシア)の生保市場の変化について、各国の競争環境の変化(有力企業の顔ぶれとマーケットシェア、特に外資系企業の存在感の増大)を、アジア通貨・金融危機時の前の1996年と2015年の時点で比較する。

1997-1998年のアジア通貨・金融危機で、アセアン諸国の中で経済が特に厳しいダメージを被った 3ヶ国の実質GDPの対前年増減率は、図表-9のとおりであり、1997-1998年(特に1998年)の落ち込みの大きさがわかる。
図表-9 ASEAN3ヶ国におけるアジア通貨・金融危機のダメージ(実質GDP対前年増減率:%)
図表-10は、1996年と2015年の3ヵ国の生保市場における上位10社のマーケットシェアのランキングであり、そこから以下のようなポイントが指摘できる。
図表-10 アセアン3ヵ国生保市場の上位10社(1996年/2015年:生命保険料収入ベースのマーケットシェア(%))
アジア通貨・金融危機前には、外資出資規制2や外資企業を含めての新規の市場参入に関する規制や当局の方針等があり、その時点でタイ・マレーシアで例外的に支店形態(すなわち100%自社でコントロール可)での営業が認められていたAIA(1996年当時は米AIGグループ傘下、現在は同グループから独立している)を除けば、外資系企業の本格的な市場参入や合弁形態での所有・経営のコントロールは難しい面が多かったが、危機後の規制等の緩和により有力な外資企業の本格的な参入とマーケットシェアの拡大が進んでいる。それに代って、地場の有力企業のポジションの低下事例がみられる3

外資系企業としては、特に、AIA、Prudential (英国)、Manulife (カナダ)、Allianz(ドイツ)、AXA(フランス)などのプレゼンスが大きくなっている。タイでは、危機前に5割近いマーケットシェアを保有していたAIAのマーケットシェアが、競争激化の中で約13%と縮小しているが、タイ生保市場の規模が、2015年には1996年の9倍強と大幅に増加している中で、AIAの生命保険料収入(現地通貨ベースの金額)も2.3倍と大きく増えている。

このように外資規制や市場への参入条件の緩和などを契機として、有力な外資企業が新興国の生保市場でマーケットシェアを拡大する傾向があり、このことは、現在、外資出資規制が強い中国とインドなどにおいても、将来、規制の緩和が行われた場合には同様の事象が起きる可能性を示唆していると考えられる。

また、上記のタイにおけるAIAのシェアの大幅な縮小を典型例として、各市場の拡大・変化の中で、有力なプレーヤーの顔ぶれや、そのポジションも大きく変化する可能性も示されており、欧米日やアジア域内の有力保険企業間での競争環境の更なる変化を予期しうると言えよう。
 
2 外資出資規制については、マレーシアの30%が典型例であり、危機後に70%へ緩和された。
3 インドネシア生保市場の有力企業の変化に関する詳細な分析は、松岡(2017)を参照されたい。
<参考文献>

IMF(2017),World Economic Outlook Database(April,2017).
Ins Communications, Asia Insurance Review各号.
Ins Communications (2017),Insurance Directory of Asia 2017.
スイス再保険(Swiss Re)(2017),sigma 3/2017: WORLD INSURANCE IN 2016: THE CHINA GROWTH ENGINE STEAMS AHEAD.および同WORLD INSURANCE各年版.
生命保険文化研究所(1999)『東アジアの生命保険市場』.
片山ゆき(2017)「中国保険市場、米国に次いで2位に?-世界における中国のプレゼンス 中国保険市場の最新動向(24)」『保険・年金フォーカス』ニッセイ基礎研究所.
平賀富一(2015)「アジア地域で大きなプレゼンスを有する外資大手生保の経営・営業の特徴点は何か?」『基礎研レター』ニッセイ基礎研究所.
平賀富一(2016)『生命保険企業のグローバル経営戦略―欧米系有力企業のアジア事業展開を中心として』文眞堂.
松岡博司(2017)「成長するインドネシア生保市場と外資系生保の幸せな関係-市場活性化・高度化に貢献し覇権を達成-特色ある特約付きユニットリンク保険の販売-」『基礎研レポート』ニッセイ基礎研究所.
ミュンヘン再保険(Munich Re)(2017), Insurance Market Outlook for 2017/2018.
Timetricデータベース.
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平賀 富一

研究・専門分野

(2017年07月18日「保険・年金フォーカス」)

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