2016年09月09日

欧州経済見通し~英国のEU離脱選択の影響は中期にわたる~

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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ECBは、9月8日政策理事会の追加緩和は見送り。APPの期限はいずれ延長へ

欧州中央銀行(ECB)の14年6月以降の金融緩和策は、(1)中銀預金金利をマイナスとするマイナス金利政策、(2)国債等を買い入れる資産買入れプログラム(APP、量的緩和)、(3)最長4年の資金を供給するターゲット型資金供給(TLTRO)、(4)政策金利の先行きに関するフォワード・ガイダンスの4本柱からなる(図表11)。

9月8日の政策理事会では、期限が17年3月と半年後に近づいているAPPの期限延長を決めると予想していたが、新たな決定は見送られた。しかし、APPの円滑な実施のための選択肢の評価を関連する委員会に指示したことは明らかになった。ECBのAPPには、(1)出資比率毎の買い入れ、(2)1銘柄・発行体あたりの上限(33%)、(3)買い入れ対象債券の利回り制限(中銀預金金利のマイナス0.4%を適用)があり、期限を延長するにせよ、買い入れ金額を増やすにせよ、買入れ対象債券の不足が指摘されてきた。

12月の理事会では経済見通しの改定月でもある。委員会の評価を受けて、APPの半年間の期限延長を決める可能性は高いと思われる。

その他の追加緩和については、ECBは、基本的には慎重な構えを崩さず、各国政府の財政・構造改革を促すスタンスとりそうだ。ユーロ圏でも、ドイツを中心に、超低金利政策の長期化が銀行の収益を圧迫することへの懸念が広がっている。16年12月以降、米FRBが、半年ごとの0.25%ポイントずつ利上げするという前提で、対ドルで緩やかなユーロ安を予想していること、インフレ率もゼロ近辺での推移を一旦抜け出すことも予想される。マイナス金利政策の深堀りは回避すると見ている。
(図表11)14年6月以降のECBの金融緩和強化策の4本柱/(図表12)ユーロ圏最高格付け国のイールドカーブ

政治的な緊張は続く

政治的な緊張は続く

今回の見通しの対象期間である17年末までは、EUの創設メンバーの国々で民意を問う機会が続く。

16年内には、イタリアで上院の権限縮小のための憲法改正の是非を問う国民投票が予定されている。17年春にはオランダ総選挙、フランス大統領選挙と議会選挙、秋にはドイツ総選挙がある。その他の国でも民意問う機会続く(図表13)。

イタリアでは国民投票が否決となった場合には首相が辞任する。総選挙が行われればユーロ離脱の国民投票を掲げる「5つ星運動」が第1党となる可能性がある。オランダでもEU離脱を掲げる「自由党」が支持率でトップに立つ。フランスではオランド政権の人気が低迷している。大統領選挙では反移民・反EUを掲げる右派の国民戦線マリーヌ・ルペン党首が決戦投票に進む可能性が高いと考えられている。ドイツでは、難民危機対応への国民の不満からメルケル政権の支持率が低下し、難民受け入れ制限を求め、ユーロ離脱を掲げる「ドイツのための選択肢(AfD)」が勢力を拡大している。

10月2日に予定されるハンガリーの国民投票、オーストリアの大統領選挙の再選挙も含めて、欧州統合を支えた主流派離れやEU懐疑の広がりが確認される可能性は高い。しかし、欧州の統合の屋台骨である独仏両国の場合は、新興勢力への支持は、主流派を上回るところまでは達していない。その他の国々でも、政治がユーロ離脱、EU離脱に動こうとすれば、市場が激しく反応し、政治には軌道修正を有権者に慎重な選択を促すだろう。

英国は、そもそも「離脱に最も近いEU加盟国」であり、ユーロ導入を見送り、通貨主権を保持していたために、離脱のハードルが低かった。その他の国々には、(1)EUにより深く組み込まれており、既得権も大きい(主にユーロ圏)、(2)EU離脱でEU予算からの補助金を失い、市場へのアクセスが悪化するコストが大きい(主に中東欧)、(3)安全保障の観点から欧州とのより深い統合を望む(主に東側のEU域外国境隣接国)などが、EU残留への強いインセンティブとして働く。

英国以外の国が離脱へと一気に突き進むことは考え難いというのが今回の予測のベースとなる基本的な認識だ。
(図表13)今後の主要政治日程
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2016年09月09日「Weekly エコノミスト・レター」)

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