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広がる英国のEU離脱選択の影響-政治に先行して進む市場の調整
基礎研REPORT(冊子版) 2016年8月号
経済研究部 研究理事 伊藤 さゆり
1――離脱選択で政治は混乱。なお不透明なこれからの道筋
経済合理性の観点では、英国とEUの市場の一体性が保たれることが最善だ。EU側も、「英国との緊密なパートナーシップ」を望んでいる。しかし、「EU単一市場へのアクセスには(人・モノ・資本・サービスの)4つの自由のすべてが必要」との原則も崩すつもりはない。英国が、EU市場の一体性、つまりEU市場へのアクセスを維持したければ、離脱派が離脱のベネフィットと主張した人の移動の制限は断念しなければならない。
EUの法規制もEU市場との一体性を保とうとすれば、受け入れる範囲が広くなる。しかも、従来のように意思決定に関わることはできない。主権奪還という面では不満が残る決着となる。
EU財政に対しても、欧州経済領域(EEA)に参加し、単一市場にアクセスするノルウェーや自由貿易協定(FTA)を締結しているスイスのように、一定の拠出を求められる可能性がある[図表2]。離脱派は、キャンペーン中にEU離脱のベネフィットとして「週3.5億ポンド(455億円)」の拠出が節減でき、国営医療サービス(NHS)などの充実を図ることができると訴えた。離脱派は国民投票で離脱が選択された後、早々に金額の下方修正を迫られたが、今後のEUとの協議次第ではEU離脱で節約される財源はさらに減少する。そもそも離脱によって経済活動にブレーキが掛かれば税収が落ち込む。国民投票前の各種機関の試算でも、離脱による財政への悪影響は、EU財政への拠出金の節減効果を上回るという見解は一致していた1。
2――先行する市場の調整。懸念される経済・雇用への影響
ポンド相場は、主要貿易相手国通貨との加重平均である名目実効相場で、国民投票の後、1割強下げた[図表3]。国民投票が意識され、利上げ観測が後退し始めた15年半ばから下げ始めていたため、ここ1年間の累計下落率はおよそ15%に達する。近年では2007年半ばから2009年初にかけて、英国内の不動産バブルの崩壊にリーマン・ショックが加わり、累計でおよそ3割下落した。この時は輸入物価が跳ね上がり、ピーク時の2008年9月にはインフレ率(CPI)は中央銀行のイングランド銀行(BOE)の目標の2%を大きく超える5.2%に達した。今回、物価は、雇用の先行き不透明感を伴いながら上昇する。堅調に推移してきた個人消費にブレーキが掛かる可能性がある。その影響は、輸出へのプラスの効果をはるかに上回るだろう。
英国の代表的な株価指数・FTSE100は、逸早く国民投票前の水準を回復したが、英国経済の底堅さの先行指標とは言い切れない。FTSE100の対象銘柄は、グローバルに展開する大企業が中心。海外事業、外貨建て収益の割合が高いため、ポンド相場が大きく下げると、ポンド換算の収益は膨らみ株価を押し上げる。ここ1年余り、日経平均株価が、円高による企業業績悪化への懸念から、上値が重くなっているのと対照的だ。今回の英国の場合、たとえ、ポンド建てで企業収益が膨らんだとしても、先行きの不透明感が強すぎるため、英国内に投資は向きにくい。
銀行株は、英国ばかりでなく、欧州の銀行については、国民投票の結果判明後の大幅な下げの後も戻りが弱い。
理由の1つはコスト増が予想されることにある。ロンドンは、国際金融センターとして英銀のほか、米銀、邦銀、欧州大陸の銀行なども現地法人や支店でビジネスを展開している。離脱の選択で、EU域内で自由に金融サービスを提供できる単一銀行免許の継続が不透明になり、人の移動にも制限が加わる可能性が生じた。英国からEU圏内への業務移管を行う場合、新たなコストが生じる。
ビジネスの縮小と利鞘のさらなる縮小も懸念されている。経済の先行きが不透明になり、BOEばかりでなく欧州中央銀行(ECB)の超金融緩和政策がさらに長期化する見通しになったからだ。
不動産市場にも調整圧力が加わる。国民投票による離脱選択から2週間で不動産ファンドの解約停止は7社に拡大した。不動産市況の悪化を見込み、解約請求が急増したことに対応した措置だ。不動産投資信託(REIT)指数も離脱ショック後の戻りが弱く、先行きに対する慎重な見方が支配的だ。銀行等の事業の移転、人員の削減は不動産市場にとってマイナス要因となる。ポンドの大幅な下落は、外国投資家にとってポンド建て資産の割安感につながるが、EU離脱の影響が見極め切れないため、当面は需要刺激効果が限られるだろう。
3――金融安定に力を注ぐBOE。不確実性の解消には政治が動く必要
世界金融危機を教訓とする規制強化で、銀行の自己資本の増強も進んでいることもあり、リーマン・ショック時のように銀行間取引市場が機能停止に陥るような兆候はない。英国債の利回りも、離脱選択後の信用格付けの引き下げにも関わらず低下している。企業を取り巻く環境も、資金調達という面では大きくは悪化していない。
EU離脱の経済的コストに警鐘を鳴らしてきたオズボーン前財務相は国民投票の結果への対応として、2020年までに財政を黒字化する目標を放棄する一方、現在20%の法人税率を15%に引き下げる方針などを打ち出していた。しかし、ハモンド新蔵相は財政健全化目標の先送りは認める一方、税制については決定事項ではなく、緊急予算も組まない方針だ。具体策が見えてくるのは、11月の「財政報告」となりそうだ。
銀行の収益や不動産市場の見通し悪化の原因はEU離脱のプロセスや離脱後のEUとの関係の不透明さにある。BOEが政策手段を駆使しても根本の問題は解決できない。EU離脱に関わる不確実性を早期に解消するためには政治が動くしかない。
03-3512-1832
(2016年08月05日「基礎研マンスリー」)
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