2016年03月31日

進化を続けるリバースモーゲージ~(その1)米国:ライフサイクルを通じた持家政策の実現へ~

社会研究部 土地・住宅政策室長   篠原 二三夫

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■要旨

リバースモーゲージ等の調査のため米国を訪問し、HUDやFHA、ジニーメイ、業界団体であるNRMLAなどと面談し、HECM制度の最新状況と課題について調べる機会を得たので報告する。
1987年住宅コミュニティ法に基づく制度実験からスタートしたHECMは、ライフサイクルを通じた持家政策の最終退出(exit)支援策と位置づけられる。HECMは、2000年頃からの住宅市場の景況とともに徐々に利用されるようになったが、サブプライムショックによる金融危機に直面し、FHA融資保険制度の要となるMMI基金の健全性を維持しつつ、政策面から困窮する住宅市場を支援することを議会から要請された。HECM制度の見直しと様々な制度改正が行われた結果、2015年度になってMMI基金は当面の危機を乗り切り、HECMは制度的に一層の進化を遂げることとなった。
今後、英国のエクリティ・リリース市場及びフランスのヴィアジェと同ファンド市場の現状も報告する。

■目次

1――はじめに
2――米国のリバースモーゲージ(HECM)の経緯と普及状況
3――HECM市場と一般の住宅融資市場の規模比較
4――HECM制度の仕組みと関係組織
5――HECM制度の概要
6――FHA融資保険
7――HECM市場及びHMBS証券化市場の現状と今後
8――むすび・FHA融資制度の健全性維持への努力と日本への示唆

1――はじめに

1――はじめに

通常の住宅融資の場合、物件の担保評価に基づく融資限度額の範囲内で資金を借入れ、その後は毎月の元利返済に応じて借入残高は減少する。このように融資後に時間の経過とともに借入残高が減少する融資をフォワードモーゲージ(Forward Mortgage)と言う。これに対し、生活資金や住宅の改修等の資金を融資限度内で借り入れるが、元利返済は当該住宅の居住者(=所有者や配偶者)が亡くなる等の事由の発生により当該住宅を売却処分して一括返済するまで猶予され、元利による借入残高が時間とともに次第に増加する融資を総じてリバースモーゲージ(Reverse Mortgage)という1
このリバースモーゲージは、年金などの収入しかないが、一定の評価額が得られる住宅資産を有する者が、亡くなるまで自宅に居住しつつ、所得補填を行い、必要な資金を得るために活用できる融資であることから、高齢者の持家資産の流動化策として注目されてきた。
わが国では、住宅金融支援機構や厚生労働省、民間銀行などが商品を提供している2。しかし、リバースモーゲージを貸し付ける融資機関側の3大リスクである(1)長生きリスクや、(2)住宅価格下落リスク、(3)金利上昇リスクへの対応が難しいため、融資残高が融資限度額を超えた場合は生存中であっても超過(金利)分の返済が必要という条件が付いたり、住宅の評価額や融資掛け値が低く設定されたりするため、消費者にとっては今の所、魅力的な商品とは考えにくい。加えて、融資返済時には持家を処分して債務に充当する必要があるため、家族などの相続人の支持は一般的に得にくい。まだ馴染みのないリバースモーゲージの仕組みは高齢者にとっては一層理解しにくいだろうし、長年住み続け、終の棲家と考えていた持家の処分は死後とは言え大変な意思決定を必要とする。融資条件の説明を受けて仕組みを理解した場合でも、長生きすれば利子負担が増し、一部の債務返済義務が生存中に生じるという懸念も生まれることだろう。高齢化率と高齢化の速度の双方においてわが国は世界のトップランナーにあり、潜在需要は高いはずだが、以上のような理由からリバースモーゲージの普及は期待ほど進んでいないのが実情と判断される。
さて、筆者は昨年(2015年)の10月に、貸付機関にとっての3大リスクを公的な融資保険制度によりカバーされるリバースモーゲージについて米国調査を行なう機会に恵まれた3。そこで、本稿では、米国の公的なリバースモーゲージ制度である住宅資産転換融資制度(Home Equity Conversion Mortgage、以降HECMと略す)の現状と今後について、若干の考察とともに報告したい。次回以降は、今年(2016年)2月に調査を実施した英国のリバースモーゲージ商品であるエクイティ・リリース及びフランスの類似商品であるヴィアジェと同ファンドなどの現状と今後について報告し、米英仏の状況を参考に、日本のリバースモーゲージの今後について、課題を含めて展望することしたい。
 
1  リバースモーゲージの基本的な仕組みや機能、課題などについては、既往の関連論文が多数あるのでご参照いただきたい。基本的な仕組みについては、本稿では詳述しない。当研究所の関連アウトプットとしては、米澤慶一「リバースモーゲージ再考~停滞の歴史と活性化への課題」基礎研レポート2000年5月、石川達也「米国の高齢者世帯はどのようにして負の貯蓄額をファイナンスしているのか?」基礎研レポートコラム2007年6月、高岡和佳子「子孫に美田を残す可能性を金額換算すると?~リバースモーゲージにおける貸付限度額を例に~」基礎研レポート2010年7月、高岡和佳子「リバースモーゲージで老後の生活をまかなえるかー公正な貸出額試算から見えた制度の可能性と限界」ジェロントロジージャーナル2011年11月、矢嶋康次「リバースモーゲージという新たな金融市場の育成、長生きリスクへのリスクシェア」研究員の眼2015年1月などがあり、本稿でも参考にしている。
2  国土交通省住宅局による平成22年8月30日付けの国土交通省住宅局資料「住替え、リバースモーゲージについて」によると、日本のリバースモーゲージの契約実績は、武蔵野市、厚生労働省「不動産担保型生活資金貸付制度」、住宅金融支援機構、民間金融機関(住宅金融支援機構による融資保険利用)、民間信託銀行の累積合計で大まかに3,200件程度に過ぎない(当時調査時点)。
3  (公財)不動産流通推進センターからの委託調査によるもの。本稿の執筆は同センターのご了承による。ご理解に深謝申し上げる。

2――米国のリバースモーゲージ(HECM)の沿革と普及状況

2――米国のリバースモーゲージ(HECM)の沿革と普及状況

米国のHECMは、1988年に当時のレーガン大統領が署名し施行された「1987年住宅コミュニティ開発法」に基づいて、1989年10月のデモンストレーション・プログラムから制度実験が始められ、1998年に恒久化された4。1987年法には、貸付機関にとっては前述の3大リスクが、消費者にとっては(1)貸付機関の破綻リスクや(2)自ら退去するか死ぬまでの配偶者を含めた居住継続の保証、(3)長寿によって融資期間が延び、金利による融資限度額(MCA後述)以上の債務超過が生じても、担保とした住宅の売却収入以上の返済義務はないノンリコース条件融資であることなどが、同法と連邦住宅・都市開発省(HUD)の連邦住宅局(FHA)が運営する公的融資保険制度によって担保されることとなった。
 
図1 HECMの引受件数及び融資限度総額(MCA)の推移
実験期間の引受件数は調整されていたため伸びていないが、2000年代初頭からの住宅価格上昇に伴い、住宅資産価値を現金に転換しようという動きが出てきたため、徐々に引受件数は増加し、2009年のピーク時には約11.5万件に達した。同年度の融資限度総額(MCA)は約302億ドルなので、1件あたりの平均融資限度額は約26万ドルということになる(図1)。その後はサブプライムショックの影響により減少し、2012年の引受件数は約5.5万件まで落ち込んだが、2013年からHUD(FHA・ジニーメイ)などによる保守的な制度変更にも関わらず、住宅市場の回復が支えとなり、徐々に引受件数と融資限度総額は横ばいから回復基調に転じ、2015年は5.8万件及び161億ドルで、同年度の1件あたり平均融資限度は約28万ドルとなった。
金融危機以降、リーマンは破綻し、ウェルズ・ファーゴやバンク・オブ・アメリカ、メットライフなどの民間貸付機関が提供していた民間レーベルのリバースモーゲージ及び連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)が提供していたリバースモーゲージ(Home Keeper)は2012年4月までに市場から姿を消し、米国市場では、公的融資保険制度に基づくHECMが新規市場をほぼ占有している状況にある。
次に、実際にHECMを利用した場合、どの位の資金の借入が可能になるのかを市場全体の平均でみてみよう。HECMの対象となった住宅の平均市場価格を、平均初期元本限度額で除し、平均融資掛け値をみれば大まかに分かる(図2)。この方法だと、2009年のピーク時点では約65%、2014年及び2015年は後述する制度改革もあり、56%程度と低下している。
図2 HECM対象住宅の平均市場価格・平均初期元本限度額・融資掛け値の推移
 
4  より詳しい沿革は、本稿末尾に「(参考)米国リバースモーゲージの沿革」を参照。
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社会研究部   土地・住宅政策室長

篠原 二三夫 (しのはら ふみお)

研究・専門分野
土地・住宅政策、都市・地域計画、不動産市場

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